いたって普通
彼はきっと悪い男ではなかろう。人当たりも良く、挨拶を欠かすこともない。しかし彼はただ空気が読めない。その一つの欠点が、人を彼から遠ざけた。授業中に突然教室に響き渡るほどの大声であくびをしたり、これまた授業中に教室を出て行ったかと思えば手一杯の食べ物を持って帰ってきたりと、他人と順応するということが苦手であった。
そんな彼も、一度ペンを持てば留まることを知らなかった。つらつらと書きなぐれば、がしがしと消した。それを延々と繰り返すので彼が満足したころには紙はぼろぼろだった。けれど書かれた内容には何の穢れもなく、きっと彼の心の中も澄み切っているのだろうと思うほどだった。そのような非凡な才能がありながら、彼はそれに気づかない。ただ好きだからというだけで書き、人にも見せずに満足したら捨ててしまう。彼はそういう人であった。
そんな彼だからこそ、病気だとか障害だとかの名前は似合わなかった。彼の才能や魅力を語る上で、障害というレッテルはあまりに邪魔である。それどころかそのレッテルは、彼に限らず各人の個性を押さえつけてしまう。