第78話 全然まだ行けると思うんですよね
夕暮れの森は、木々に空を覆われているためほとんど闇に近かった。
陥没した地面や突き出した木の根がある中で、しかし夜目の利く茶色い毛並みの魔熊種の男の兵士を先頭にしてウルクロウ救援部隊は迷うことなく歩いていく。
「みなさん、休憩は──まだ要らないようですね?」
「うむ。問題ないよ」
当然のごとく、俺は返事を返す。
こういった軍事作戦にほとんど縁がなく体力面に難を抱える軍医の俺とスワンだが、しかしそれぞれゾンビ・ソルジャーとゾンビ・シーフに背負われているので何の問題もなかった。
「今はどの辺りまできているのだね?」
「本来であれば陣地構築をしている予定だったライン辺りまでです」
「では、すでに私たちは敵陣というわけだ。いつエルフに遭遇してもおかしくない」
「そうですね。用心に越したことはありません。ですが、」
魔熊種の兵士はスンと一度鼻を鳴らして、
「近くにエルフの新しいニオイはありません。ご安心を」
魔熊種は夜行性であり嗅覚も鋭敏。隠密での救援に関してはこれ以上ない選任だ。
「ちなみに、その嗅覚でウルクロウ殿の足取りを直接追うことはできないのかね?」
「ええ、実はすでにやっています。ですが……あの方の暴れっぷりは相当なものでして」
魔熊種の兵士は近くの大木を指さした。
そこには深い血痕付きの爪痕が刻まれている。
「これは明らかにウルクロウ様の爪痕なのですが、あのお方は最前線の広範囲を駆け回り暴れ続けていまして、恐らくはこの森の広範囲に同じものがあるでしょう」
「……ニオイがアチコチに点在してしまっていてわからないということか」
「その通りです。それでも大まかな位置は絞り込めますから、最大限ニオイは追うつもりですが──」
言いかけて、魔熊種は足を止めた。
その鼻を慌しくヒクつかせて宙を嗅ぎまわっている。
「みなさん、止まってください」
「エルフか?」
「いえ、風上から同胞のニオイが近づいてきます。ウルクロウ様のものではありませんが……どうやら手負いの様子」
つまり、血のニオイがするというわけらしいな?
「どうやって合流する?」
「合図を出します」
すると、魔熊種の背中へとずっと引っ付いていた黒いリュックサックのようなかたまりがモソリと動く。それは決して荷物などではなかった。小さな体躯が特徴である吸血獣種の兵士だ。
彼は大きな翼を広げて飛ぶと、魔熊種の頭上へと上る。
「そこの女性──スワン軍医殿。うるさかったら耳をお閉じなさいね」
「へっ?」
吸血獣種の男はおもむろに、鋭い牙の生える口を大きく開いた。
「────」
「ひゃっ……!?」
驚いたスワン、それに魔熊種の男も嫌そうな顔で耳を塞いでいた。
俺には何も聞こえないし、隣に立つシェスもまたその二魔の様子を見て首を傾げている。
……なるほど。
「超高音波を放っているというわけだな?」
「ええ、その通りです」
魔熊種の男は頭痛をこらえるような辟易とした表情でうなずいた。
「魔獣種に分類されるわれらは五感が発達しており……人類や亜人類が聞こえない音をキャッチできます。前線ではこれを応用して、魔獣種同士でおおまかな作戦のやり取りもしているのです」
「短距離の通信網か、素晴らしい」
そうこうしている内に、超高音波を聞き取ったのであろう魔獣種……魔鼠種の小さな兵士がヨタヨタと駆けてくる。その原因は聖術でえぐられた背中だろう。
さっそく俺はダークヒールをかける。治療を続けながら、魔熊種とその負傷兵の間で部隊確認のやり取りがおこなわれ……
「なんだとっ!? 救援中隊が三つとも、全滅っ!?」
魔熊種の兵士が渋い表情になるのも当然だろう。
今の話によれば、確認できたエルフの数は十二人。
それが意味することはつまり、魔族換算で二個旅団にも匹敵するだけの敵戦力が限定されたこの地点に集結しているということ。
「向こうとしてもそれだけ本気でウルクロウ殿を獲りにきているというワケか」
「……一度、撤退して次善策を練るべきです」
魔熊種の兵士は苦虫を噛み潰したような表情で言う。
「今のままでは……あまりに戦力差が大きすぎる」
それには吸血獣種と魔鼠種の二魔もうなずいて、
「今のままでは死ににいくようなものだよ」
「はい。隠密ではなく、総戦力でエルフたちへと当たった方がウルクロウ様へとたどり着くには早いかもしれません」
どうやら現状は引き返した方がいいという結論が形成されてしまうようだった。
おお、いったいどうしたということか。
「全然、まだ行けると思うんだが」
唯一の反論となるその俺の言葉は、場を静まり返らせてしまう。
数秒、異議もなにもない。
もう一声ほしいのだろうか。
「むしろ全然チャンスだと思うのだが」
今度はみな、ポカンと口を開けてしまった。
魔熊種と吸血獣種の二魔がそのまま互いに顔を見合わせる。
「あ、もしかして超高音波で会話してるのかい?」
「いっ、いえっ……そういうわけではっ」
魔熊種の男が小さく咳ばらいをして、
「……アラヤ様。そのチャンスとはいったいどういうことかをおうかがいしても?」
「簡単なことだよ。中隊が三つも失われるほどの大きな戦闘が起こったのだろう? であれば、それに気づかぬウルクロウ殿ではあるまい。彼女であれば……いや、あの魔狼種であるならば、きっと様子を見にくることだろう。違うかね?」
「っ!」
魔狼種……かなりレアな種族であり、その特性は破格である。
優れた嗅覚と聴覚はもちろんのこと、第六感とも呼べる野生の勘を兼ね備えており、さらに狩りの知性はピカイチでハイド&キルで右に出る種族は他にない。
……王国ではデビル・ウルフを飼っている貴族がいたから、オオカミについての知識はある程度ある。あの子たちは人に懐かない・警戒心が強い・姿を隠すのが上手いということで、医院で預かる時にはずいぶんと手を焼かされたものだ。
「ウルクロウ殿は自分への救援がきているだろうことは悟っているはず。であればリスクを取ってでも戦場となった場所の、エルフたちの近くに潜伏している可能性は高い」
「た、確かに……アラヤ様のおっしゃることには一理あります」
「ふむ。ということは異議があるのかね?」
「現状の分析をしてなおウルクロウ様の救援に向かうということは……われわれが自らエルフたちへと近づいていくということになります。つまり、エルフを避けて進んできたこれまでとは、危険度がケタ違いに跳ね上がるということです」
「ああ、わかっているさ」
要は一歩間違えればエルフの影を踏んでしまうかもしれないということだ。
「だが問題ない。地雷原ならこの前歩いてきたところなのでね。慣れてきたところだよ」
しかも、それほど分の悪い賭けというわけでもない。
日はもうそろそろ完全に落ちて、この森を支配するのは夜。
魔獣たちが闊歩する時間だ。
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次のエピソードは「第79話 あれ、見つかっちゃったね」です。
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