第58話 どうしてこうなった?
どうも、こんにちは。
キウイ・アラヤです。
異端のダークヒーラーとして王国から手ひどい扱いを受け、魔国オゥグロンへと亡命してきて約二カ月が経ちました。
当方をこころよく受け入れてくれた心温かな魔族の方たちの恩情に感謝をしつつ、心機一転、今度こそたくさんのお金といっそうの知識を追い求める生活を送れるよう、一介の町ヒーラーとして第二の人生を歩み出していこう……
当方はそのように考えていたのですが、
「アラヤ殿、こたびのエルデンでの活躍は大変見事であった。エルデン奪還戦に関わったアギトをはじめとする他多数の軍幹部たちから『ぜひキウイ・アラヤを " 魔国幹部 " に』という推薦がきているぞ」
ここは魔王城、玉座の間。
エルデン奪還戦の功労者として魔王直々の慰労とお褒めの言葉をいただけるとのことでお呼ばれされた俺は、魔王ルマク・オゥグロンの玉座から一段床の低くなっている広間の中心で片膝を着き、
『果たして今回の戦功に対する褒賞はなんだろうか? 作戦成功報酬で一億二千万ゴールドは貰えたし、希望制ならば魔国に顕微鏡をもたらすための開発チームの結成などを許してもらえまいか』
だなんて考えていたのだが、開口一番でルマクに告げられたのはまったくもって予想外の言葉だった。
……ええと、なんだって? 魔国幹部……?
それって確かアギトなど、今この場において魔王ルマクの左右に列をなす、明らかに別格な魔族たちが座する地位のはず。
いったいぜんたい、いち善良な魔国民として暮らしたい俺に魔王陛下は何をお求めなのだろうか……?
「あの、どういうことでしょう……?」
「まあ、戸惑うのも無理はなかろう。しかしだな、戦場に単身飛び込み味方を救うダークヒーラーなど前代未聞。その英雄的行動に胸を打たれた者は多い。さらなる活躍を期待してしまうというものだ」
「それで魔国幹部に、と?」
「うむ。魔国幹部になれば貴殿に与えられる裁量も大きくなる。今後、魔国オゥグロンのバックアップの元でより自由に動けるようになることは、アラヤ殿にとってもメリットが大きかろうと考えてな」
「国のバックアップで自由に……なるほど確かに、 " やりたいこと (研究) " に金銭を気にせず熱中できるというのは素晴らしいですな」
「フッ。アギトの申していた通りだな。やはり " やりたいこと (仲間の救護) " を目の前にしては抑えが利かぬ……貴殿はそういう人間だと」
「アギト殿が……」
魔国幹部の列を見ると、一番目立つ屈強な大男のアギトがこちらへと歯を見せ、邪悪にその表情を歪めていた。アギト特有の友好の笑みである。それにはきっと『ちゃんと話はつけておいたぞ!』みたいな意味が込められていそうだ。
「無論、他の幹部たちもこの件については了承済みだ」
ルマクが魔国幹部たちの顔を見やる。一番の美女のエメラルダは柔らかな笑みを浮かべ、その他のデュラハンやスケルトン系の魔族たちなどの面々も一様に賛同するようにうなずいて応えた。
そして、俺が亡命者認定を受けたとき、それに忌避感を抱いていたはずのサル顔── " ヒヒ爺 " と呼ばれていた老魔族も、
「フン……功績は功績。相応の報いはあるべきですじゃ。それに加え、対王国・対エルフにおける " 万能型ダークヒーラー育成方針 " にはワシも賛成というだけのこと。ただし、勘違いするでないぞキウイ・アラヤ! これは決して人間のおまえと仲良しこよしをするためではない!」
顔をしかめつつ、しかし魔国幹部という地位に俺を推薦する流れを止めようとする気配はない。
魔王ルマクはヒヒ爺のその言葉に苦笑して肩をすくめた。
「ひねくれ者の爺の言葉は気にするな。ともかくわれわれ一同、魔国の重要な一員として貴殿を改めて迎え入れて、大役を任せたいと考えているのだ」
「……そ、それはなんとも、身に余る光栄で恐縮ですが……」
「謙遜など今さらよいだろう。魔国幹部の増員について話し合われるのなど、それ自体が実に半世紀ぶりのことだ。大いに誇るがよい」
「いえ、誇るなどとんでもない。真に誇り高きはこたびの戦場で戦った兵士たちでしょう。私は彼らの一助となれたことを素直に喜び、そして改めて自分の立場を省みて、謙虚に、それはもういっそう謙虚に、これまで通り一介のダークヒーラーとしての職責を果たすことに努めたいと思います」
「……フム」
魔王ルマク、そして幹部たちは互いに意味深長な視線を交わし、うなずき合う。
まるでやはりわれわれの目に狂いはない、とでも言うように。
そして、
「その自らの職に対する厳格なまでの責任感、しかとこの耳で聞き届けた。やはり貴殿にであればこの重職を任せられる」
「え」
「キウイ・アラヤよ、改めて言おう。貴殿を魔国史上初のダークヒーラーの魔国幹部として任命したい。受けてくれるか?」
ニコリと朗らかな笑みとともに、ルマクが問う。
静寂が訪れた玉座の間、一同の期待の視線が俺へと一心に集まった。
みな、俺が断るだろうだなんて考えもしていない雰囲気だ。
俺はもはや、こう答えるほか道はなかった。
「──はっ! 魔王陛下のご期待に応えるべく邁進したいと思いますっ!」
良い心意気だ、キウイ・アラヤ!
よかったですね、キウイ・アラヤ!
最高の栄誉だぞ、キウイ・アラヤ!
そんな賛辞と祝福の声が玉座の間に響き渡る。
「ではアラヤ殿……いや、キウイ。今日からおまえは私の直属の部下である。今後ともよろしく頼むぞ」
魔王ルマクが玉座から降り、そして片膝を着く俺の前までやってきて俺の手を取り握る。「よろしくお願いいたします」と俺は応じる。魔国幹部たち……特にアギトは何とも嬉しそうにウンウンと首を縦にしていた。
「キウイよ、おまえに初めに任せたい仕事は " 万能型ダークヒーラー " の育成だ。実験段階ゆえ、ひとまずは十六名までの軍医を部下に持つことを許可する。詳細は別途、エメラルダより聞くように」
「はっ!」
「思うがままにやりたまえ。わが名の元にどのような研究をするのも、どの土地・施設を利用するのも、そして訓練する場所も内容も自由だ」
「おお、やりたい放題できてしまいますな」
「フハハ、やる気は充分のようだな。良いことだ。それと、アラヤ総合医院の経営については、もちろんこれまで通り続けてもらって構わない。こちらの仕事の都合で運営の手が足りなくなった際にも、全面的なバックアップを約束しよう」
「至れり尽くせりで恐縮です。誠心誠意、お任せいただいた仕事を果たしましょう」
魔王ルマクはにこやかに、鷹揚にうなずいてみせる。
……ああ、これはいったいどういうことだろう。
ルマクからも幹部たちからも善意しか感じない。
魔国幹部に任命されるということ……それこそがこの上ない名誉であり、そしてとんでもない褒賞であるというのが、きっとこの魔国オゥグロンに住む全魔族の共通認識なのだ。
誰かに問いたい。
どうしてこうなったのだ? と。
俺はただ一人、心穏やかにダークヒーラーとして利益と知識を追求する生活を送りたいだけだったのに。
──俺はいったい、なぜ幹部になんかなっているのだ?
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