第54話 砕ける正義
「この魔族がぁぁぁっ!」
自らの部下の末路を悟ったのだろう勇者アレスが、地面を強く蹴り出してアギトへと迫り、その聖剣を打ち下ろす。
アギトの至近距離で青い光が瞬き、幾重もの飛ぶ斬撃がアギトのその肌を斬り裂いた。
しかし、
「バハァァァッ!!!」
その鋭く硬質な爪でいくつかの斬撃をはじき返すと、勇者の肩をわし掴みにする。
「グッ……放せっ!」
「キサマの聖剣の技は見切ったぞ、勇者よ」
ニタリと、アギトは邪悪な笑みを向けた。
いまの斬撃と、これまでの戦いで負ったのであろう傷口から赤い血が滴り落ちているものの、アギトの力はいまだ十全。その屈強な肉体から放たれる気迫に減退のきざしはない。
「聖剣の放つ斬撃の威力はまばら。致命的なものだけ弾けば、後はこの身で受けようと大した問題はないっ!」
容赦なく、アギトはわし掴みにした勇者の体を、クレーターができるほどの勢いで地面へと叩きつける。
「グゥッ!」
「大した鎧だ。だがそろそろその護りも限界か?」
パキッ、と。
勇者の身を包む白銀の鎧にヒビが入り、その破片が舞って落ちていた。
鬼のような形相で歯を食いしばると、勇者アレスは聖剣を持つ手とは逆の手で、自らを掴むアギトのその手首を握りしめる。
「汝、わが主の怒りに身を焦がれよっ!」
「むっ!?」
肉が勢いよく焼ける音がした。アギトの手首から煙が上がる。
思わず手を離したアギトのその一瞬のスキを突いて、勇者はアギトの胴体を蹴り飛ばすようにして距離を取った。
……アギト殿の手首に、くっきりと手のひらの形の火傷の痕。おそらく聖術の一種だろうな。
「……フン。鎧に聖文を刻んでいたか。小癪な」
アギトは問題なさそうにしているものの、しかし無視できるほど軽い怪我でもない。
俺は欠け落ちた勇者の鎧の破片を拾って白衣のポケットへとしまいつつ (何かに使えるかもしれぬし)、そそくさとアギトの背後へと寄る。
「火傷は初期の処置を間違えれば痕になりますからな」
そして、その体へとすかさずダークヒール。
「感謝する、キウイ」
「いえ、この程度」
「それにしてもまったく……なぜおまえが戦場にいるのだ? 地雷除去のあとはすぐに退くはずだったろうに」
「本当にまったくなぜでしょうな。運命のいたずらか何かが働いたのか、この場に来るより他なかったのですよ」
「どの口が言うのだか」
アギトは俺の後ろへと控えるイナサら魔族たちに目を向けると、フッと苦笑する。
「捕虜となった一般魔族の解放、そして勇者部隊後方の陥落……いったいどこまで先を見越して動いていたのやら」
「は?」
「ともかく大変に助かったぞ、キウイ。おまえの活躍によって吾輩たちの勝利は目前である」
火傷を含め、体の全ての傷の癒えたアギトが不敵に微笑んだ。
「完治だな。相変わらず目を見張るほどの手際の良さだ」
「……!」
勇者は聖剣を構えたまま、顔を蒼白にさせた。
「クソッ……クソッ、クソッ! 傷が、どこにもっ……! クソッ! 魔族が束になって卑劣な……!」
「すまんな、キサマらの専売特許を奪うようで」
アギトは迫る。
その拳に紅蓮の魔力を宿らせて。
「絶望せよ。そして仲間の待つ元へとおまえも向かうがいい」
「神よ……! わが身を、人の世を守りたまえっ! 正義はっ、正義は俺にある! ならば負けない! 負けることなどないはずだっ!」
勇者アレスの聖剣が青く大きな光を輝かせる。
いま身にまとう全ての聖力をそこに集めたに違いない。
アギト、シェス、それにダークヒーラーの俺がいるこの場において長期戦はできないと判断し、最後の勝負に出たのだと俺にも理解できた。
「フン、正義か。吾輩には無いものだな。この背に負うはこの地で果てたわがエルデンの民たちの無念、ただそれのみよ……!」
「矮小な私怨で振るう悪の拳ごときが、人の未来を乗せるわが剣の重みに敵うものかっ! この聖撃の前に消え失せろぉぉぉ──っ!」
振るわれる魔の拳と、聖なる剣。
その交差は一瞬だった。
──青の光を弾き飛ばした紅蓮の拳が、白銀の鎧にめり込んだ。
「失せるのはキサマだ、小僧。われらが怨讐の彼方へと散るがいい……!」
「みと……みと、めぬっ!」
勇者アレスはアギトの腕を抱え込んだ。
直後、その身にまとう鎧がまばゆいばかりの白く強い輝きを放ち始める。
それは明らかに普通の聖術ではない。
「聖力の暴走……!? マズいっ、アギト殿っ! 今すぐ離れるんだ! その男、自爆するつもりだぞっ!」
「ヌッ!?」
アギトが腕を引こうとする。
だがしかし、
「死なば、もろとも……!」
勇者アレスは自らの胸へとめり込んだアギトの腕を離そうとしない。
そしてその鎧の輝きを最高潮へと高めたが、
「キサマにくれてやるほどこの命、安くはない」
スパッと。快刀乱麻を断つがごとく、アギトの右腕はその胴体を離れた。自ら腕を捨てたのだ。
アギトは支えを失った勇者アレスの体を遠くへと蹴飛ばして、言う。
「死ぬなら一人で死ね」
「このっ──クソ魔族がぁぁぁぁぁっ!!!」
鎧から光があふれ出し、そして勇者アレスを飲み込んだ。
轟音が響く。
白と青の光が、まるで花火のようにその場で咲いた。
その大きな衝撃波のあおりを受けた魔族たちが転び、俺はといえばあわや宙へと吹き飛ばされそうになっていたところをシェスに腕を捕まえてもらう。それはまるで強風にたなびく旗のような有様ではあったものの、なんとかその場にとどまっていられた。
──風の去った後、辺り一帯を静けさが包んだ。
「終わった……のか?」
ポツリ。
俺の後ろでイナサがつぶやく。
それに応じるようにアギトが残った太い左腕を真上へと掲げ、
「──ウオォォォォォォォォォォォォォォォ──ッ!!!」
その力強い咆哮とともに、街全体へとまがまがしい黒と紅蓮の魔力を広げた。
静寂が破られる。
すると、それに呼応するように街の至る所から魔族たちの雄たけびが、嘶きが響き、さらには炎や雷の魔術までもが空へと打ち上がり、街はまるでこの世の終わりを描いたような有様だ。
しかし、それはなんとも分かりやすい魔国軍の勝ち鬨であった。
「「「おっ……おぉぉぉ──っ!!!」」」
俺の後ろで、イナサたち三体の魔族からも歓声が上がった。
「アギト様とキウイ様たちの勝利だっ!」
「やった……勝ったんだ! これでようやくっ!」
「終わったんだな……!」
もはや、王国兵の武器による銃声や爆発音などはどこからも聞こえなくなっていた。おそらくはきっと魔国軍によるエルデン制圧が成功しつつあるのだろう。
そして気づけば、もう朝だ。
魔国領土特有の薄紫色の空と、太陽の青白い光がエルデンに差しつつある。
それはまるでスポットライトのように、戦場に立つアギトたちを照らし、対照的に倒れ伏す王国兵たちへと暗い影を落としていた。
「アギト殿、腕を」
俺はアギトの右腕に触れ、それを再生する。
すると、ガバッと。
アギトの小脇に胴を抱えられて、俺は空へと舞った。
「勇者部隊は、吾輩とキウイ・アラヤが打ち破ったりぃぃぃ──っ!!!」
「「「 Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh !!!」」」
アギトの大声がエルデンへと響き渡り、それに対してわき上がる歓声がさらに大きな声で返ってくる。
俺は借りられてきた猫のように、アギトの腕にぶら下がってその音波に肌を打たれ震わせていることしかできなかった。
──なおこの後、エルデンの解放と奪還は完全に成功することになる。しかし、爆発によって粉々にでもなったのか、勇者アレスの遺体と彼の聖剣はカケラも見つかることはなかった。
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次のエピソードは「第55話 【Side:シュワイゼン】運命が引き寄せる」です。
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