第42話 よし、戦場に行こう
「さあゾンビ・ソルジャーよ、肩車してくれたまえ」
魔国軍地上部隊が北門へと無事にたどり着いたのを見届けたので、さっそくキローセへの帰り道を急ぐことにする。
隠密よりも速度重視だ。
いち早くキローセ本部へと奇襲成功の知らせを持って帰れば、増援を呼ぶことができるし、その情報を持って帰ったという事実もまた俺の戦功の一つになるだろう。
……さすれば、この戦いの勝利のあかつきには、きっとさらなる恩賞も期待できる!
俺はゾンビたちに囲われて、地雷の敷設されていないだろうエルデンからキローセへと続く主要街道を走った。
「……ん?」
その道中で、また空の色が変わった。
見上げれば、俺の頭上には再び赤い花火。どうやらそれはエルデンの都市内からこちらに向けて上がっているようだ。
「花火……いや、違う。まさかとは思ったが、あれは救難信号弾か……?」
それはきっと王国軍のものだろう。
しかし、北門から上がっているのは、なぜ?
王国の他の都市は南側にあるのだぞ?
それを、なぜ魔国の町であるキローセの方角へと向けて撃つ……?
──ゾワリ。背筋にイヤな汗が流れる。
それとほとんど同時だった。
「おいおい、いやいや、待ちたまえよ」
キローセの町の方角、俺が進もうとしていた街道の先から光が迫ってくるのがわかる。それはかつてゾンビ・クイーンだったころのシェスも使っていた、魔族たちは見落としてしまうであろう大規模な目くらましの聖術が生み出す聖なる光。
その光の中へと固まるようにして、数十人の王国兵たちが馬を走らせている。その先頭で白馬に乗る一人が、恐らくはこちらの姿に気づいて背中の剣を抜いた。
「……聖剣!?」
遠目からでもわかるほど圧倒的な存在感を放つその剣を携えているのは恐らく……勇者。つまり、あれは " 勇者部隊 " というわけか?
……ああ、なんという偶然だね。
冷静に状況を整理すると、これは……
「魔国軍側のエルデン奪還作戦と、王国軍側のキローセ奇襲作戦……その日どりから時間まで、ほとんど完全に被っていたのか……!」
ならば、俺は今どういう状況に置かれているのか?
答えは簡単。
戦場となっているエルデンと、そのエルデンからの救難に応じてキローセ奇襲作戦から反転して戻ってきた(おそらくは)勇者部隊に挟まれる形になっている。
つまり、非常にマズいということだ。
……さて、どうすべきか。
「よし、戦場に行こう」
レッツ戦場ダイブだ!
現状、このまま一人で行動すれば勇者部隊に捕まる or 殺される可能性が高い。しかし、もみくちゃな戦場にまぎれることができればそのターゲットからも外れるだろう。
……あと、アギト殿の近くにいた方がゼッタイ安全だろうしっ!
「ゾンビ・ソルジャー、反転! いざっ、エルデンへっ!」
ゾンビ・ソルジャーが勇者部隊に背を向ける……しかし、それと同時。
「──キウイ・アラヤァァァッ!!!」
後ろから女の叫び声とともに、そのゾンビ・ソルジャーの体へと聖なる力のかたまり──聖術の一つ "神の言弾" が飛んできて当たる。その体は真っ白な炎に包まれた。しかし、肩車される俺にその熱さは感じない。
「これは……神の炎かっ」
俺は瞬時にダークヒールをかけて鎮火にあたる。神の炎の正体は悪の位相を持つ者へと継続的な回復聖術をかけた場合に生じる聖力の暴走……ゆえに、その聖力を打ち消す魔力を送り込んでやればいい!
「なんということもないな」
俺のダークヒールの紫の光がソルジャーを包み込んで全快させる。神の炎もたやすく消えた。
それもそのはず。"神の言弾" へと回復聖術効果を付与するのはなかなかの高等技術だが、しかし遠隔のヒールとなるだけその効果は薄い。
……以前戦った高位聖職者のように、魔を弾き飛ばす力を"神の言弾" へと付与しておけばせめて俺の体を地雷原に飛ばせたかもしれないものを。
向こうの戦場経験もだいぶ浅いようだ。助かったな。
ソルジャーは俺を肩車したまま、シェスとゾンビ・シーフを伴ってエルデン北門へ向けて駆け続けた。
「キウイ・アラヤァァァッ! 神の炎をよくもっ、キサマはまたっ、神を愚弄するかっ!」
女の声が追いかけてくる。芦毛の馬を走らせて、その上から俺のことを鋭く睨みつけているようだ。
……それにしても誰だ、あの聖職者の女は?
この遠目から瞬時に俺の顔と名前を一致させることができるということは、王国にいたころに俺の顔と名前を覚えた相手なのだろう(当たり前のことだが)。
だが、そうということは、俺も知っている相手の可能性があるということだ。
……俺が知っている聖職者である、ということはヒーラー協会に所属していた女性か?
もしや、幾多の心臓けいれん患者を救った妙技 " 心停止による除細動と復帰処置ヒール " を完成させた元ヒーラー協会会長マリア・エステルか……?
いや、違うか。彼女はもう七十歳近いはず。
では " 虫垂の自然融和ヒール " の論文の生みの親であるエリーゼ・ワッケロ?
いや、彼女も一線を退いているはず。
……うーん、興味深い論文の著者であれば覚えていられるんだが……。
「まあいいか。ともかく……」
俺たちは四人そろってエルデンの北門を越える。
出迎えたのは爆炎の赤に染められた街並みと、天に立ち込める黒煙の景色だ。
辺りのあちこちでライフルを構える王国兵と、それに構わず突撃を仕掛ける魔族たちの姿があった。
軽く作戦指揮の仕事をこなして帰るつもりが……まさか戦場の真っただ中にくるハメになろうとは。
「なんとも、ままならないね」
「逃げるなっ、キウイ・アラヤッ!」
「うっ……まだ追ってくるのか。私がいったい何をしたというのだ」
ひとまず、俺はまたゾンビ・ソルジャーたちを走らせる。
ゾンビたちと聖職者の相性は非常に悪い。追いつかれてしまえば圧倒的に俺たちの不利。
……とりあえず、まだ戦火の薄いであろう町の真ん中まで行ってみるか。さすがの勇者部隊も、この戦場を放置して俺一人を追ってくるなんて愚策は取るまいよ。
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次のエピソードは「第43話 【Side:王国】どうしてこうなった」です。
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