第262話 エメラルダと想定越えのキウイの成果報告
「──ややこしいことをしないでください、アラヤ様。朝からドッと疲れましたよ」
これまでの経緯を説明すると、ミルフォビアはため息交じりにそう答え、落ち着いてくれた。
「さて、朝食をご用意したいところなのですが……その前に、さっそく本日の業務についてですが、一点ございます」
「フム? さっそくかね?」
そう疑問に思ったのには理由がある。
なにせ本日は私にとってもミルフォビアにとっても休暇明けだ。
医院勤めについては明日から再開で、今日はまず休みの間に起こったことの整理をするところから始める必要がある。
ゆえに、新規のタスクは積まれないはずだ。
俺が首を傾げていると、
「お忘れですか? 今回の件について、エメラルダ様へとご報告しに行かなくてはいけないでしょう?」
「今回の件?」
「……まあ、アラヤ様ならお忘れで当然かとも思っておりましたが、アラヤ様のご休暇を利用しての黒の森へのご旅行は、ご出張も兼ねておりました」
「ご出張?」
「西方エルフ国家の三賢者が一人、黒の賢者モナルダ様との友好条約の締結をしに行っていただいたはずですよ」
「…………おおっ」
「『おおっ』じゃないですよ、やっぱり完全に忘れてたじゃないですか……。まあ、その件については昨晩アラヤ様が眠ってらっしゃった間に、ジラドさんから友好条約締結を示す書状を受け取っております」
「そうだったのか」
「そうだったのですよ」
ミルフォビアが腰に手を当てて冗談っぽく頬を膨らませた。
相変わらず私の至らぬ点に気の届く優秀な秘書である。
「こちらの成果について魔王代理のエメラルダ様にご報告をしに行くアポイントメントを取っております。朝食がお済みになりましたら、アラヤ様の執務室までお越しください。わたくしの方で提出物などをまとめておきますので」
「いつも助かるよ。世話ばかりかけてすまないね」
「いいえ、それがわたくしの仕事ですので」
「疲れたらいつでも言ってくれたまえ。ダークヒールならいつでもかけられる」
「……『いつでも』? そんなこと言ってよろしいのですか? それならお言葉に甘えちゃいますよ?」
「無論だとも」
ミルフォビアは「言いましたね?」とばかりにチロッと、いたずらっぽく、そして挑発的にその赤い舌で自らの唇を舐める。
「なら、ガッツリ甘えちゃうんですから。今夜にでも今季の新作のネグリジェ着ていっちゃいます。それで膝枕でもしてもらって、わたくしが寝付くまでのたっぷりのヨシヨシもねだっちゃいますからね? フフッ。そんなこと、果たしてアラヤ様にできるんでしょうか……?」
「うむ。よくやってるので大丈夫だ」
「よくやってるので大丈夫だッ!?!?!?」
素っ頓狂な声で叫ぶミルフォビア。
「よくやってるやってるって、えッ!? 膝枕ヨシヨシをッ!? いったい誰にッ!?」
「患者のプライバシーに関することは守秘義務があるので答えられない。すまないな」
「こんな時ばっかりしっかりしてるッ!!!」
それから朝食の準備をする間、ミルフォビアにそれとなく探られたりしたが、のらりくらりとかわした。
万が一にも秘密を漏らすわけにはいかない。
うっかり喋ってしまったら、今や魔王代理に収まるあの御仁に、その権力でもって左遷させられてしまうかもしれないので。
* * *
つつがなく朝食を済ませると、執務室に寄る。
するとすでにそこには玉座の間へと続く重たそうな黒い両開きの扉が現れていた。
俺はミルフォビアから資料を受け取ると、自動で開かれる扉を一人で潜り抜ける。
「──おかえりなさい、キウイ」
もはや見慣れた玉座の間は、相も変わらず一面が黒い大理石のように硬質で怪しげな光沢に満ちている。
その中心の空の玉座の横に立って俺を出迎えてくれたのは、もちろんこの部屋の主……の代理。
サファイアを砕いて散りばめたように美しく青い長髪を後ろに流す悪魔の女性──魔国幹部エメラルダだ。
「出張ご苦労様。悪かったわね、休暇中だったのに」
「いいえ、これ以上なく充実した日々を過ごせました。ありがとうございました」
「……? まあ、充実していたなら、よかったわね?」
エメラルダは「ん?」と不思議そうな顔を浮かべたものの、それ以上追及はしてこない。
「ところで、さっそく諸々の成果を聞きたいのだけれど、いいかしら?」
「はい。こちらをどうぞ」
ミルフォビアに用意してもらっていた友好条約の書状を手渡した。
しっかりとモナルダのサインが記されている。
「さすがね。魔国において黒の賢者とコンタクトを取れたのはあなたが初めてよ。素晴らしい成果だわ」
「お褒めに預かり恐縮です」
「黒の賢者は他に何か特別なことを言ってたりした? 何か希望があるとか、そういうことを」
「環境が整えば魔都に身を寄せたいと」
「そう……えっ? えっ!? いま、なんて?」
「環境が整えば魔都に身を寄せたいと。私の方で準備を進めようと思いますが構いませんか?」
「……く、黒の賢者がっ?」
「はい」
エメラルダは頭痛がするかのように顔をしかめつつ、指を頭に当てた。
俺が休暇を取っている間、働き詰めだったのだろうか?
だとすれば罪悪感を覚えてしまう。
「あの、ダークヒールをおかけしましょうか?」
「い、いえ、今は結構よ。それとごめんなさい。ちょっと想定を超えた事態よ」
エメラルダはどうしたものか、と言わんばかりに唸る。
「黒の賢者は現状、西方エルフ国家の現体制に属しているとは言えないエルフの中での最大戦力。それが、直接魔都に来ることの可否を決めるのは、魔王代理としての裁量権を越えている気がするわ……」
「そうですか……」
てっきり、二つ返事がもらえるかと思っていたので意外だ。
断られたら困ってしまうな。
モナルダに合わせる顔がない。
なんとかして魔王ルマクを説得せねば。
「とりあえず黒の賢者の件は置いておいて……オトガイはどうだったかしら? あなたの部下として使えた?」
「ええ。護衛は不慣れながらもよくやってくれましたよ。また、黒の賢者とのコミュニケーションの緩衝役として、円滑な議論の場を提供してくれていました」
「あれでいて、なかなかに頭の柔らかい娘だものね。それでは今後ともオトガイはキウイの配下につけることとします」
「よろしくお願いいたします」
「それと、ボグ・チェルノとの連携はどうだった? 上手くいったかしら?」
「ええ。意思疎通とまではいきませんでしたが、それでも必要に応じて動いてもらえました」
「そう。いちおう、成果を見せてもらえるかしら」
エメラルダが指をパチンと弾く。
すると、玉座の間の奥に、俺が入ってきたのとは別の扉が出現する。
「呼んでみてくれる?」
「はい」
なるほど、どうやらその扉の向こうはボグの待機場所に通じているらしい。
俺は例のボグ寄せ魔術を発動する。
エメラルダは顔をしかめた。
まあそれもそうだろう。
目の前に、黒く濁る汚泥に真新しいヒカリ苔が混ざって発光し始めたドブ水みたいな色の魔力のカタマリが突如現れたら、誰でも腰が引けるというものだ。
しかし、それに前のめりになる者が一人。
「──ズゴゴゴゴゴッ」
勢いよく扉を開け放ち、ズシンズシンと大股で歩み寄ってくるのはボグ・チェルノ。
彼は私の手のひらの上の魔力を美味しそうに吸い上げていく。
「御覧の通りです。アチチ……」
「そう、意のままに操れているならよかった……アッツ」
俺とエメラルダは一歩ずつ、ボグから距離を取った。
「で、キウイ。聞きたいんだけど」
「はい」
「なんでボグ・チェルノは絶えず赤紫色に燃えているの……?」
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは『第263話 キウイ「メロン暗躍?記憶にありませんね」』です。
次回は3/2更新予定です。
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