第260話 キウイ・アラヤの帰還
「──キウイ様、キウイ様……」
「ん……?」
「お目覚めください、キウイ様……」
「んん……」
肩を揺すられて、水底にあった意識が泡のようにして次第に表層へと浮かび上がっていく。
重たいまぶたを開けると、そこには忠臣ジラド・シェイドの顔。
細身の長身を屈めて、俺の顔を覗き込んでいるらしかった。
「ここは……?」
「モナルダ様の研究室です。昨晩も遅くまでお二人で研究に没頭なされており、キウイ様はその途中で寝落ちなされたのかと」
「そうだったか……まだ不死の研究は途上だ。早く起きねば……」
「あ、今体を動かされてはっ」
ジラドの制止は、しかし少し遅かった。
俺がノソリと上体を起こしかけたところ、ズルッ。
太ももから水晶玉のような丸いモノが落ちる感覚がする。
そして、ゴチンッ! と。
「~~~!」
衝突音とともに、言葉にならぬ悲鳴が足元で聞こえた。
視線を向ければ、そこには頭を押さえながら、身悶えするように床をゴロゴロと転がるダークエルフの姿が。
「い、痛いですぅ……敵襲? 敵襲ですかぁ……!?」
涙目と寝ぼけまなこが半々な調子でウンウンと唸る黒の賢者モナルダだ。
どうやら彼女も俺と同様、寝落ちしていたらしい……俺の足を枕がわりにして。
「おはようモナルダ。どうやらわれわれは共に睡魔に打ち負けていたらしいぞ」
「キ、キウイ? ……そうでした。キウイがダイイングメッセージでも残した死体のように紙に何かを書き殴りながら寝落ちしているのを見つけて……」
「起こしてくれればよいものを。どうして私の足を枕にしようとしたのだね? ご覧よ、足の血流が圧迫されたことで、痺れてゴムのようになってしまっているではないか」
ブニブニ。
感覚が戻らず、どれだけ力を込めても動きそうにない。
「な、なんとなく……ひ、膝枕って、どんなものかなと、思ってしまって……」
「心地よかったかね?」
「せ、千年ぶりの温もりでした……あったかポカポカ……」
「それは何よりだ……イテテ」
こういうとき、自分にヒールが使えないのがもどかしい。
私が魔族であったなら、ダークヒールで治せるものを。
……まあいい。足など動かずとも手は動かせる。
ズリズリズリ。
俺はほふく前進でもするかのように床を這う。
「さあモナルダよ、朝の研究の時間だぞ、研究再開だ……!」
「キウイ様、畏れながら、本日で休暇は終わりとなります。魔国へと戻るための便が昼頃にはやってくるかと」
「……なん、だと……!? ここに来てからどれくらい経った……!?」
「五日経っております。本日で六日目です。明日より魔都でのお勤めを再開するご予定となっていたかと」
「まだ私は二回くらいしか寝てないのに!」
「キウイ様、お休みの意味を理解なさってください。過労で倒れてしまいますよ……?」
ジラドは呆れたように肩をすくめた。
それからまとめる荷物があれば指示してくれとも言われたが、正直なところ、今はこの場に留まりたい気持ちに整理がつかない。
そこへと、タッタッタッと。
「キウイっち、起きた~!? もう森の外にメリっちが来て待ってるかもよっ?」
小気味良い足音と共に研究室へと駆けこんできたのは、オトガイ。
その額や首筋から、爽やかな汗を流しており、息も荒い。
「む、まさか黒の森の外に出てまで様子を確認してきたのかね?」
「えっ? ああ、汗? これは違う違う。ボグっちに戦闘訓練付き合って貰ってたんだ! ホラ、ボグっちって、こっちから殴り掛かると反撃してくれるからさぁ!」
なんとも物騒な話である。
まあ、ボグ・チェルノは剣技の力量もまたそれなりのものがあるらしいし、完全なアンデッド種なため身体的・精神的な疲労も溜まらない。
練習相手にはちょうどいいのだろう。
「さ、キウイっち、支度して! 魔都に帰るんだからさぁ」
オトガイが俺の前にしゃがみ込んで急かす。
とはいえ……あと一日、いや、せめてこれまでの研究成果をまとめるまであと一晩だけでもいいからここにいたい。
「あーーー……ゴホゴホゴホ」
わざとらしく、咳き込んでみせる。
すると、オトガイが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「どしたの、キウイっち、まさかまた風邪っ?」
「うーむ、そうかなぁ? そうかもしれないなぁ? 研究のし過ぎで、ちょっと具合が悪くなってしまったようだ」
「えー! 大変じゃんっ! お熱は? んーーー、わかんないっ!」
慌てたように俺の額に手を当てて熱を測ってくれるオトガイの様子に、仮病を使ったことに少しばかり罪悪感を覚えてしまう。
後で埋め合わせはしよう。
だが今は、悪魔に魂を売ってでも一晩稼ぎたい!
「ま、まあ、一晩安静にしていれば治る程度だ。なので、帰るのは明日の早朝ということに──」
「キウイっちを寝室に運ばなきゃ! ゼッタイアンセー? 的なヤツにしないと!」
そう言うなり、ガシリ。
オトガイが掴んだのは──こともあろうに、私の痺れた足だった。
「~~~@@%*※#ッッッ!!!」
思わず私の口から、私でも聞いた事のない、言葉にならない叫びが放たれた。
「キ、キウイっち!? 大変ッ! ヨーダイキューヘン的なヤツだッ!!!」
オトガイが俺の足をいっそうギュッと抱きしめる。
それがまた痺れを脳天に直撃させ、プツン。
休暇中に溜まりに溜まった寝不足も相まってか、張り詰めた糸が切れたかのように意識が途絶えた。
* * *
「キ、キウイっちが死んじゃった──!?」
白目を剥いてグッタリとしたキウイを見て、オトガイが慌てる。
しかしその一方でジラドは努めて冷静にキウイの様子をうかがった。
「……いえ、失神してるだけですね。今は、深い睡眠状態にあるのかと」
「ま、まあそうでしょうね……ヒトの身でありながら、何千年も研究を続けている私と、ほとんど変わらない集中力を発揮し続けていましたから……無理をしてたんだと思います……」
「そ、そうなのっ!? でもまあ、よかったー。あーしがキウイっちを殺っちゃったって思ったよ、も~~~」
ホッとした様子のオトガイに、モナルダはクスリと小さく笑う。
「で、でも、ここに缶詰めになってしまっていたら、過労で本当にキウイの命を縮めかねません……今のうちに帰った方が、彼の身のためでしょう」
「そうかなぁ? でも、それじゃあモナっち寂しいじゃんねぇ?」
「そ、それはそうかもしれませんが……でも、キウイから提案してもらったんです」
モナルダはキウイの安らかとはいえない寝顔を見つつ、柔らかに微笑んだ。
「魔都でいっしょに研究しないか、と。私、とっさに返事はできませんでした。だって、黒の森から出るのは怖いから……」
「え~~~!? 怖いの!? だったらあーしがいっしょにいるよ! それなら怖くないっしょ?」
「ふふ。ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。私も、久しぶりにこうして誰かと研究をしてみて、その楽しさを思い出しました。外の恐ろしさより、楽しさが今は勝っています」
「じゃあっ?」
オトガイのキラキラとしたまなざしに、モナルダはコクリと頷いて返す。
「キ、キウイが起きたらお伝えください。もし、私が蟲ちゃんたちと暮らせるような場所に心当たりができたら、教えてほしい、と。い、移住を検討しますので」
「あ、蟲ちゃんたちは連れてくるんだね……」
オトガイは蟲というワードに少し腰が引けつつも、わかったと快く了承した。
ジラドはモナルダから <キウイへのお土産>を受け取ると、荷物をまとめる。
「では、行きましょう──」
キウイを背負ったジラドは、ボグ・チェルノを率いるとモナルダの先導の元で黒の森を後にした。
──そうして、次にキウイが目覚めたのはいつもの部屋、魔王城の客室だった。
「お目覚めですか、アラヤ様」
「……ミルフォビアくん?」
「そうですよ。おはようございます、そしておかえりなさいませ。向こうでも寝る間を惜しんでの研究三昧だったそうですね、まったくもう」
「ここは……いつの間に」
キウイはどうやら、ベッドサイドに当たり前のようにいるミルフォビアを見て目を白黒とさせているようだった。
少しばかりお小言を言わせてもらおうと思っていたミルフォビアだったが、しかし今はまだ日付が変わる前の深夜。
まだ休暇中の範囲内だ。
それ以上はあまりうるさくしないようにしようと決めた。
「どうでしたか? 充実したお時間を過ごせましたか?」
「う、うむ……それはもう、特別に充実していたとも」
「それならよかったです。目的のダークエルフの診察はできたのですね」
「………………あっ」
ガバリッ!
キウイは跳ね起きる。
「忘れてた、不死に夢中で、診察を……!」
「五・七・五ですか?」
「ミルフォビアくん! 休暇の再申請だッ! 私はもう一回、黒の森へ行かねばッ!!!」
カチリ。
ちょうど時は刻み、時計の針がその天辺で重なった。
日付は変わり、休暇は終わる。
「アラヤ様、ダーメーですっ!」
ミルフォビアはあえての満面の笑みでキウイを再び、今度は無理やり寝かしつける。
しばらくは彼に規則正しい生活を強制しようと、その心に誓って。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第261話 留守番への労いダークヒール・マッサージ」です。
次回は2/25更新予定です。
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