第259話 【Side:北の魔女】「えっ?全滅?」
北の魔女ディーナ。
彼女が魔王城の貴賓室で目覚めたのは、もう正午も近い時間だった。
「んんっ……寒くない。良い朝ね……」
とはいえ、普段の起床時刻が軒並み午後なディーナにとっては早起きだ。
思い切り伸びをすると、ようやくフカフカの掛け布団から出る。
彼女が治める地、エヴァーフロストは永久凍土のため、毎朝の起床のタイミングが一番辛いのだが、魔都においてはそれも気にならない。
従者の魔女に手伝ってもらいつつ、テキパキと服を着替え、顔を洗い、髪を梳く。
そうしているうちに、コンコンコン、と。
寝室の戸を叩く音。
「ディーナ様、貴賓室内の走査と結界の張り直しについて完了いたしました。虫一匹おりません」
「ご苦労」
ディーナは満足げに頷くと寝室から出た。
この場合の『虫』とは、別に『侵入者』や『スパイ』などの隠語を表すわけではなく、直接そのままの意味での虫である。
「魔都はソレがいけないわね。ヤツらさえいなければ、永住してもいいくらいなのに」
ディーナは虫が嫌いだ。
どれくらい嫌いかといえば、その嫌いさがゆえに数百年前、寒さや雪などの様々な弊害に目をつむってでも、北の大地を自らの地として治めるに至ったくらいには。
「ご安心ください。玄関マットの裏からサッシの溝まで、全てを徹底的に調べました。どこにもディーナ様を脅かす者はおりません」
従者はそう言葉をかけつつディーナをテーブルへと案内する。
用意周到なことに、そこにはすでにティーカップが湯気を立てており、クッキーやケーキなどの軽食も揃っていた。
ディーナはそれを当たり前のように受け入れると椅子に腰かけて、香り豊かな紅茶に口をつけた。
「……ピリッとした味わいがなかなかにいいわね。どこの茶葉?」
「日当たりが極端に少ないドクキノコ農園で育てられたヘルポイズンダージリンのファーストフラッシュです」
「これ気に入ったわ。買って帰りましょう」
クッキーをつまみつつ、従者と会話を楽しみつつ、とても優雅な朝──。
──そのはずだった。
「ディーナ様ッ!!!」
穏やかな時間の流れるそのモーニング・ティーの場には相応しくない騒々しさとともに、顔色を真っ青にして駆けこんできたのはディーナの側近の一人であるクセ毛魔女のコクヨウだった。
「なによなんなの? 朝っぱらからそんなに急いで」
「た、大変、大変なことが──げほっげほっ」
「まったくもう、咽てるじゃない、慣れない運動なんてするから……白湯でも飲んで落ち着きなさい」
ディーナが顔をしかめつつ指示を出すと、従者により温かなカップがコクヨウへと手渡される。
コクヨウはぬるめのそれをゴクゴクとひと息で飲み干した。
「大変なんです、ディーナ様っ!」
「それはさっき聞いたわ」
ディーナは深くため息を吐いた。
どうやらコクヨウはまた、気が動転しているらしい。
元より落ち着きのない子ではあった。
魔女として成熟して、そんな気性も薄れてきたと思ったが……やはり三つ子の魂百までといったところだろうか。
「いいこと? コクヨウ、あなたが今どれだけショッキングな出来事に見舞われていようが、その感情が共有できてない時点で勝手に動転されていては、私の気持ちは冷めるだけよ……このカップの紅茶のようにね」
「は、はい! で、ですがっ!」
「いいから最後までお聞きなさい」
せっかく早起きしていい気分だったのに、それが台無しだ。
ディーナは傍らの従者へとぬるくなった紅茶を下げさせると、再び温かなものを淹れさせる。
「コクヨウは昔からなんでも大袈裟よ。以前、大雪崩によって領地が分断されたときもあなたは大慌てで、右と左に同時に動こうとしている有様だったわ。でも結局は、冷静に被害状況を分析したら、数週間ほどで復旧ができるものだったでしょう? そのときのことを思い出しなさい」
「は、はあ……」
「感情任せに動いてはダメ。まずは何が起こったのか。次に被害状況はどうなのか。最後にリカバリーが可能なのかどうか。その三点を主観を抜きにして、一つ一つゆっくりと口に出してご覧なさい。そうすれば、少しは頭に上った血も下がるでしょう」
コクヨウは言われたことを混乱した頭で整理しつつ、
「わ、わかりました、それでは──」
言われた通りゆっくり、三つ立てた指を一つ一つ折りながら話し始める。
「え、えっと、まず、昨日の午後過ぎ、氷眠の姉妹たちが、壊滅した模様です」
「……えっ?」
「被害状況ですが、カラスを含めた魔女たち二十名全員が行方不明。拠点としていた廃ホテルの最上階ホールが全焼、そしてなぜか二階の使用不可にしていたトイレが全損し、今は建物自体が魔都警察によって封鎖されています」
「はっ?」
「リカバリーについてですが、これは不可能と思われます」
「……???」
ディーナの前に、淹れたての紅茶がソッと置かれる。
呆然とした頭でティーカップを口につける。
「アッツッ!!!」
触れた唇に伝わるあまりの熱さに、ディーナはカップを落とした。
ガシャンと。
中身がテーブルにぶちまけられる。
その音でようやくディーナはわれに返った。
「なによなんなのっ、いったいどういうことっ!? フリージアズが壊滅!? 魔女たちが行方不明ッ!? ハァァァァァァァッ!?」
「ディ、ディーナ様っ、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるもんですかっ!」
憤然として立ち上がるディーナに、コクヨウはおののきつつ、
「ど、どうにも、裏社会ではこれが『マスク・ザ・メロン』の仕業と叫ばれているようでして」
「なっ……私たちはただ、ヤツについて秘密裏に探りを入れていただけのハズよっ? それだけで、長年秘密結社という立場を堅持してきたフリージアズが全滅させられるほどの報復を受けたというのっ!?」
「あくまで、風のウワサに過ぎません……ですが、巷ではすでに、『マスク・ザ・メロンは触れてはいけない存在』、『名前を読んだら仮面の女たちが裁きにやってくる』と騒がれるしまつです。昨日の今日にしては、伝達のスピードが速すぎます」
「……なんだというの? つまり裏社会には、それだけ醸成されたマスク・ザ・メロンについての暗黙の了解がある、ということ……?」
「今となっては、何もわかりません。調べた者は全て消えてしまいました……」
一夜にして組織が丸々一つ滅びる。
それだけの禁忌に自分たちが触れてしまったのかもしれないという思いに、エヴァーフロストでも感じたことのない寒気が背筋を上った。
だが、それと同時に、
「このままじゃ、済ませないわよ」
ディーナの瞳に、闘志が宿る。
「この魔国随一の大貴族であり、北の大地の支配者であるディーナの所有物を踏みつけにしてくれた落とし前は、必ずつけてやるのだからっ!」
「ディーナ様……!」
「マスク・ザ・メロンの武力はなかなかのものだと見たわ。戦力が要るわね。エヴァーフロストから増援を呼ぶか、あるいは……」
この魔都で新しく調達するか。
幸い、まだ魔王ルマクは出張で、魔王城の警備は緩い。
間隙を突き、現魔国の戦力を削ぎつつ自分のものとするならば今だろう。
「そういえばそろそろ、魔国幹部キウイ・アラヤが長期休暇を終えて帰ってくる日だったかしら」
バケモノじみた逸話を持つ魔国幹部だが、しかし所詮は人間。
人を騙すことがなりわいの魔女である自分にとっては与しやすい相手のはず。
「粉をかけてみるのもいいかもね……」
キウイ・アラヤだけで大戦力になる。
マスク・ザ・メロンを倒す程度余裕だろう。
ディーナは不敵に微笑み指を鳴らして、床にこぼした紅茶もティーカップもきれいさっぱり消してしまった。
……覚えておきなさい、マスク・ザ・メロン! 屈辱は、それを受けた相手を消してしまえば帳消しになるのよ……!
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次のエピソードは「第260話 キウイ・アラヤの帰還」です。
次回は2/23更新予定です。
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