第258話 焼きメロンはふんわり風に乗って
シェスは駆ける。
黒魔術で召喚された敵の正体は、恐らく精霊か神の力を地上へと降ろし一時的に顕現させたものだろう。
炎に由来したナニカであること以外、情報はそろっていない。
だが、構わない。
「セェェェイッ!」
シェスがまず狙いをつけるのは黒魔術を構築している魔女たちだ。
しかし、
「グモォォォォォ──ッ!」
魔法陣の中心の炎の怪物は、火だるまの大きな手のひらでそれを防ごうとした。
だが、シェスの聖剣は魔の者に対して格別な力を発揮する。
まともにぶつかり合えば、不死の相手とて切り裂けるはず。
その目論見はしかし、破られた。
「ッ!」
聖剣と炎の手は、まるでつばぜり合いでもするかのように火花を散らし、拮抗する。
いや、厳密には違う。
シェスの聖剣は確かに魔の炎を切り裂き続けている。
しかし、切り裂いたその直後に、新たな炎の肉が再生しているのだ。
「……キンセンカ殿の言っていた、魔力供給というヤツか!」
魔法陣を囲む魔女たちは総勢六人ほど。
彼女らのその掲げた手から、力の流れが炎の怪物へと集まっているのが見て取れた。
「グモッ──グモモモモモォォォッ!」
くぐもった、苦悶に満ちたような声で怪物が咆哮する。
不完全だったその体が次第に輪郭をハッキリとさせていった。
背中から四本の腕が勢いよく突き出して、最上階ホールの天井に穴を空ける。
そして、炎のガレキが降り注いだ。
「チッ!」
シェスは後ろへと飛び下がった。
風に舞う木の葉のステップでガレキを避けつつ、冷静に状況を分析する。
……今の攻撃で、最上階は完全に炎に飲まれつつある。魔女は……逃げるつもりはないようだな?
炎に巻かれて無事で済むとは思えない。
そこまでして死守したい何かがここにあるというのだろうか?
魔女たちはまるで殉教者の面持ちで、炎の怪物に力を与え続けていた。
「……ますます、嫌な気分だ」
させるものか。
シェスはその聖剣の構え方を変える。
体を、エモノに狙いを定める肉食獣のように低くし、右手に持った聖剣を視線と同じ高さまで持ち上げた。
その切っ先は、まっすぐ炎の怪物へと向けられている。
それは帝国剣技の一つである、フェンシングの構えにも似たものだ。
しかし、そこから繰り出されるのは、普段の繊細な技巧ではなかった。
「全員、生け捕りだ──ッ!」
シェスが地面を蹴り出した、それと同時、周囲へと吹き荒れる風。
元よりその剣技の速さに並ぶ者のなかったシェスティン・セイクリッドは、さらに魔人として生まれ変わったことで、文字通り人間を超えた速力を獲得していた。
──超人的・猪突猛進。
それは熟練の戦士ですら、目で追うことの困難なスピード。
当然のごとく、魔女や炎の怪物がそれを防ぐことは不可能だった。
シェスはその体ごと、炎の怪物の顔面を貫いてその背面に着地する。
するといなや、反転。
「まだまだァァァ──ッ!」
ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!
まるで銃弾が天井や壁に当たって勢いよく跳ね返るように、シェスの突貫は前後左右から続いた。
……敵が剣士ならば精細な剣技をもってして。そして敵が武技のたぐいを知らぬ野蛮であるならば、それなりの歓迎をするまで!
シェスは炎の怪物の無限にも思える再生力に対し、真っ向から力と速さに任せて、再生の隙を許さない。
怪物の体のそこかしこに致命的な風穴を空け続ける。
「グモァァァ──ッ!」
響いたソレは悲鳴であり、そして崩落音でもあった。
いくつもの風穴によってその体を支えられなくなった炎の怪物が、くずおれ、その形を保てず炎の波となって周囲を襲う。
巻きぞえにするのはシェスだけではない。
魔女たちもまた同じだった。
「聖なる加護よ、私を守りたまえ」
だが、ただの炎の波であれば、かつて聖騎士として鍛え抜かれたシェスには大した問題ではない。
騎士として必要最低限修めていた聖術によって、清涼な空気と炎耐性を獲得する。
……炎の怪物に復活の兆しはない。どうやら倒したようだな?
それを確認するやシェスは聖剣を仕舞い、そして魔法陣の周囲で力尽きて倒れる魔女たちへと駆け寄った。
彼女らは黒魔術へと魔力を注ぎ込み過ぎたからか、あるいは先ほどの炎の波にのまれたショックでか、気を失っているらしい。
ローブの魔術的防護が体を守っているようで、火傷などによって命が脅かされている様子はないようだ。
「魔女、生け捕り完了」
ガシッ、と。
魔女六人を次々に最上階ホールから連れ出していく。
──ギュォォォオオオッ!
今やホール中を飲みこむ炎のせいか、天井に空き、外へと通じているその大穴へと向けて、火の粉を舞い上げる激しい上昇気流が発生していた。
炎にくべられる可燃材となっていたらしい紙の資料が渦をまき、その中心点へと吸い込まれていく。
その一枚がちょうどシェスの元へと飛んできたのでキャッチ。
『
手配書
マスク・ザ・メロン
懸賞金:一億ゴールド
』
「これは、以前新聞にも載ったものか」
手配書にかかっていた火の粉を払いつつ、懐へ仕舞う。
ともかく、報復任務は完了だ。
だがまだ考えることはある。
……魔女たちの死をも恐れぬ抵抗ぶり、そして召喚の黒魔術、すべて見覚えがある。
どうにもこの魔女たちの背後に因縁の相手のシルエットが浮かんでしまうのだ。
かつてシェスの身が置かれていた帝国を──今は亡国となりし旧帝国を、たった一人で傾かせた悪女、 <北の魔女>のその姿が。
「……まあ、後で考えることにしよう」
昔から私に考え事は向かないし、今はそれでいいとも思っている。
なにせ、わが主は知恵に富んだ御方なのだから。
全て、キウイ様が帰ってきたときにご報告差し上げよう。
「今は与えられし任務を達成できた……それでいいのだ。うん」
生け捕り魔女もなかなかの大漁だ。
もしかしたらお褒めに預かるかもしれない。
腰の辺りで縛り上げ、一本の縄でつないだ魔女たちを引きずりつつ、シェスは少し鼻歌交じりにもなって、階下へと急ぐのだった。
* * *
──その日、一部の魔都の裏の住人たちに激震が走る。
天から、火の粉と共にマスク・ザ・メロンの手配書が大量に舞い落ちてきたのだ。
「おっ、お怒りじゃあああっ! 裏社会の王がお怒りじゃあああっ!」
魔都の路地裏でその道二十年、プロの物乞いとして活躍する老夫のホブゴブリン、ソレク・レヤーは、燃え残った手配書を掲げて、混乱する裏社会の魔族たちに向けて叫んだ。
「突如としてこの魔都に現れ、巨大麻薬組織を潰したともささやかれるこのお方の怒りに、何者かが触れてしまったのじゃ! あぁっ! なんと恐ろしきことッ! ワシにはわかる! その火の粉はわれわれにも降りかかっておると……大いなる不幸が、訪れようとしておることを……」
ソレクの、まるで天啓でも得たかのような占い師顔負けの演技力によって、聴衆の恐怖心は掻き立てられ、にわかに騒がしくなる。
「オイ! 俺たちゃ何もしてねーぞ!」
「なんで巻き込まれなきゃならねーんだ!」
「どうすりゃいいっ!? どうすりゃ俺たちはその不幸から逃れられるんだ!?」
立て続けにかけられるそれら不安の声に、ソレクはしばらく耳を傾けていたかと思うと、
「ひとつだけ、ある。我が一族に古くより伝わる簡単で確実な方法がな……だが、それを伝授する、その前に」
ソレクは、目の前の木の器を掲げる。
するとたちまちに貨幣が投げ込まれた。
ニヤリ、と。
ほくそ笑みそうになる表情を、何とかしてこらえる。
……いつだって、恐怖を煽る予言ほどボロい商売はないものだ。
物乞いとは、決して『恵まれない私にお金を』なんて一芸だけでやっていける世界ではない。
時に自らの境遇に関する人情噺を。
時に堕ちた自らを嘲笑う滑稽噺を。
時に自らを破滅に導いた怪談噺を。
それがフィクションであれノンフィクションであれ、聴衆の興味を引くように話して聞かせることで『コイツには金を出すだけの価値がある』と思わせることが肝要。
その場の雰囲気や流行などを敏感に察知し、自らの内にある多種多様な抽斗からベストマッチする噺や語り口調を選択する必要がある、非常にプロフェッショナルな職業なのだ。
そして勤勉なるプロ物乞いソレクは知っていた。
今この裏社会は、壮絶な転換期を迎えているということを。
それこそがマスク・ザ・メロンという人物の台頭であり、それは同時に、裏に身を置く人々の恐怖の象徴になりつつあることを。
「では、そなたらに、訪れし不幸を退ける唯一の方法を授けよう……」
ソレクは厳かに言葉を紡ぎ、それからカッ! と。
その目を見開いて叫ぶ。
「それは、二度とこのお方の名を口にせぬということだッ! 名を呼ぶとはつまり、自らの元へとその者を誘うことなり! よいか、そなたらよ! このお方の名前を決して呼んではならぬぞッ!」
その後、その話は口づてに裏社会へと広がって、彼の名を呼ぶ者はなくなった。
それと同時期に彼のことを探っていたというウワサの流れた裏社会の魔女たちが、突如としてその姿を消したことで、話の信憑性は増していく。
──そして彼、マスク・ザ・メロンは禁断の果実と呼ばれることとなったのだった。
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次のエピソードは『第259話 【Side:北の魔女】「……えっ?全滅?」』です。
次回は2/20更新予定です。
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