第257話 シェスと因縁の気配
──アネモネの研究対象は、西の賢者メリッサの使用する神術 <引き寄せ>である。
それはある種の車輪の再発明に過ぎないのかもしれない。
だが、アネモネはそれでも神術といわれるその神秘に触れたかった。
特に、
『なぜ、メリッサは数ある聖術の中で引き寄せを極めようと思ったのか?』
ずっと、それを知りたくて研究していた。
神術まで昇華させる聖術が引き寄せである必然性がわからなかったから。
でも、考えてみればメリッサはキウイ配下になったわけで、その理由を聞ける機会はいくらでもある。
だからアネモネは聞いてみることにしたのだ。
以前、聖力的ポーション製造の研究器材を引き渡す際に、メリッサ本人へと。
結果として理解できたのは、何百年と抱えていたその疑問は……愚問だったということだ。
なにせ、メリッサの答えはたった一言。
『ソレが一番研究するに困らないからに決まってる』
それだけだった。
そりゃそうだと、アネモネはストンと腑に落ちた気分だった。
今までが難しく考えすぎていたのだ。
だって、そもそも私たちにとって研究とは、楽しむためにやるものなのだから。
『飽きないでずっと楽しめるから結果的に極めることになった』という、それ以外の答えがメリッサにあるはずがない。
そして、メリッサの言葉通りなら彼女はまだ研究に困っていない。
つまり、引き寄せの聖術には、まだまだ研究の余地があるということ。
その研究は神術に至ってなお、未完なのだ。
何千年という時を過ごしたメリッサでも、開けたことのない扉がある。
そう理解した瞬間、アネモネの頭の中には火花が散った。
それは新しい思考回路が生まれた合図だった。
──じゃあ、私も開けちゃえ。新しいその扉を。
そうしてメリッサの後追い研究から離れ、新たな扉を開いた先でたどりついた一つの答えが、<引き寄せ・負の式>だ。
仮に、誰かの手を引いてグイッと自分側に引き寄せる力を1と定義した場合、同じ力で相手側に押し出す力を−1と定義可能である。
アネモネは前者を <正の式>、後者を <負の式>として術式として聖典に落とし込んだ。
「100の力で体を押し出された直後、100の力で引き寄せられると、いったいどうなると思う?」
その答えは、周囲の魔女たちが身をもって解答してくれていた。
「「「「「──ゲロォッ!?」」」」」
五人の魔女たちはみな、胃の内容物をぶちまけて、その場にくずおれた。
「さて、それじゃあ、あと三十秒ほど待っててね」
アネモネはその場へと腰を下ろし、排泄を再開する。
「ぐっ……う、うぅ……」
再び聞こえ始めた水音に、カラスが辛うじて目を覚ます。
だが、激しい脳震とう、各関節のムチ打ち、加えて三半規管がやられたらしく立てはしない。
当然だろう。
魔女たちを襲った衝撃……それは体感的には、さながら時速200キロの車でかけられた急ブレーキ。
しかも、速度は車のように摩擦によって徐々に落ちるわけでなく、即座にゼロになるものだから、一瞬の内に体にかかる圧力は計り知れない。
たぶん、防御魔術の施されたローブがなければ内臓が潰れて即死だっただろう。
「あ、誰か、紙持ってない?」
「……し、死ね……」
そう言い残して意識を手放すカラスに、拭くものを入手できずにシュンとするアネモネ。
座面から動けぬ情けない姿ではあるが、しかし。
一つのブレイクスルーを経て、彼女のその実力は今や、魔国幹部に比肩するほどになりつつあった。
「……あとで洗って返すね。引き寄せー」
カラスの魔女帽子が、フワリとアネモネの手に吸い寄せられる──。
* * *
「──生け捕り! 殺! 生け捕り! 殺!」
シェスティン・セイクリッドが暴れている。
廃ホテルの中を光が差すような速さで、聖力をみなぎらせ圧倒的な物理攻撃力をまき散らし、彼女は上へ上へと登っていく。
「とっ、止まれっ! さもないと──」
魔女たちは魔術を展開しつつ立ちふさがろうとするも、相手が悪い。
「生け捕りッ!」
「ゲフゥッ!?」
魔術が形を成すよりも早く、間合いを詰めたシェスのボディーブローが魔女たちの腹部に突き刺さり、その意識を刈り取っていく。
自分たちを守ってくれる前衛のいない魔術師が、卓越した戦士に対し、逃げ場の限られる室内戦闘で敵うはずもないのだ。
「わが召喚の儀に応じよ、使い魔よっ!」
「殺!」
「私のゴーレムがぁっ!?」
「生け捕りッ!」
「ガハァッ!?」
邪魔立てするモノは聖剣で斬り捨てて、魔女だけを正確無比に拳で襲う。
魔女たちも、もはやシェスが単騎で敵う相手ではないと骨身に染みていた。
ゆえに、最終手段に打って出る。
「……?」
ある階層から、シェスの足止めをする魔女の姿がサッパリ消えた。
廃ホテルなので隠れる場所はいくらでもある。
念のため、各部屋のドアを斬り裂いて中を確かめるが、人影もない。
そうしてとうとう、たどり着いた先は最上階。
そこはかつて宴会でもおこなう場所だったのか、広いホールとなっていた。
その中心で、煌々と炎が燃え盛っている。
「……なんだ?」
ホールの中から聞こえてくるのは、重なり合った、低い魔女たちの声だった。
「「「
灰よ舞え 灰よ落ちろ
火よ眠れ 火よ応えろ
結ばれる赤の轍
とこしえの円環
踏み越え来たれ
血潮を焦がす
焔の主よ
」」」
魔女たちは輪になって炎を囲んでいる。
そして床に描かれているのは魔法陣。
繰り返されているのは呪詛か?
いや、違う。
これをシェスは──三百年前から知っていた。
「黒魔術……!」
それはシェスに、かつて彼女が帝国から追放されるキッカケとなった事件を彷彿とさせたが──今はそんな場合ではない。
「召喚の儀式ッ! なにを呼ぶつもりだッ!」
聖剣を携え、その儀式場へと突っ込んだ。
それとほとんど同時のことだった。
「「「
生まれよ
地獄の炎をまといし
焔の主よ!!!
」」」
魔法陣の内側から巨大な炎の片翼が突き出して、崩れかけの人の顔が覗く。
ソレに皮膚はなく、筋肉はむき出しで、片目もない。
徐々に這い出してくるソレは、明らかに不完全な姿をしていた。
詠唱か生贄か魔力か、あるいはその全てが、召喚するモノに対して不足していたのだろう。
だが、不完全であって、なお脅威なことに変わりはしない。
──黒魔術で召喚、または降臨させられた生命体は、人や魔族、エルフなどとは根本的に生物としての構造が異なる。
いわゆる不死である。
だが永遠の存在ではない。
魔力が続く限りは生きながらえるが、魔力が切れれば消滅する。
その他、召喚されたモノに応じ、特定条件を満たせば消せることもあるが──
「斬って、斬って、斬りまくるッ!!!」
シェスは三百年前から変わらぬ愚直なその選択で聖剣を振りかぶるのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第258話 焼きメロンはふんわり風に乗って」です。
次回は2/18更新予定です。
それでは次のエピソードもなにとぞよろしくお願いいたします。




