第252話 【Side:魔女結社】メロンがキウイなワケがない(確信)
魔都デルモンドの中心地はどこも人が多く賑やかな場所ではあるが、通りによって自然と集まる店の種類も偏って、またそれに応じて客層も異なってくる。
たとえば住宅街近くには青果店や飲食店などが置かれて、当然、一般魔都民たちが集まることが多い。
一方で、種族ごとに需要のある生活器具や薬などを売っているような専門店は、やはり同じような店が多く固まった場所に存在している。
ただ、一般魔都民の姿は少ない。
表通りに位置する割にはどこか退廃的な、寂れた雰囲気が漂っていた。
──そんな専門店の一つに、魔女たちの秘密結社 <氷眠の姉妹たち>のアジトは置かれていた。
「ハァ、ハァ……。あのクセ毛エルフの姿は……無い、な?」
そうつぶやきつつ周囲を確認するのは、目深にフードを被った一人の魔女。
名をカラスといった。
つい先ほど、エルフと交戦した三人の魔女の内の一人だ。
尾行される可能性を極力低くするため、バラバラに別れ、ここへと訪れるのは彼女だけという手はずだった。
「……よし」
周囲に人影がないことを確認し、カラスが入るのは人型魔族専門の小さな調剤薬局店。
その薬局内は左右に棚が並べられている他は、偏屈そうな老婆の座するカウンターが置かれているのみ。スペースは狭く、四、五人入ればすれ違うのにも一苦労といったものだった。
しかし、
「われ、氷面下にて冬の到来を待ち望む者なり」
「ん。通れ」
カウンターへと合言葉を告げると、老婆がその後ろの部屋に通じる戸を開けた。
数多くの薬箱が積み重ねられた棚が立ち並び、中央の調剤に使うテーブルにはすり鉢やらペーパーナイフなど雑多に散らばっている。
カラスは慣れた様子でそれらには目もくれず歩き、その奥、さらに存在した戸を開いた。
その先に広がっていたのは、まるで大型倉庫のように開けた空間。
表の小さな薬局店が、その裏手で封鎖されている廃ホテルのロビーに繋がっているのだ。
そのロビーのカウンターに座っている仲間の元へと向かう。
「当たりを引いた。散らばっている仲間たちを呼び戻してくれ」
「っ! カラスおまえ、その傷は……」
「あとでまとめて話す。治療もその後でいい」
「……わかった」
交わす言葉は少ないが、それで事足りる。
そして、三十分もしない内にロビーへと集まったのは、二十人を超す魔女たちだった。
「マスク・ザ・メロンの有力な手掛かりが見つかったぞ。私たちが追っていた元麻薬組織ドローガ。ヤツらがエルフと繋がっていた。魔国軍と関与しているに違いない」
カラスの言葉に、魔女たちがまさかといった様子でざわつくが、
「これを見ろ」
フードを脱いだカラスの顔に、みな一様にその目を見張った。
カラスの顔の半分が、まるで日に焼けた跡のように赤い。
それは魔の位相の者が聖力を受けた反応……火傷痕だ。
「防御術式を編み込んだローブの上から食らってこのザマだ」
「じゃ、じゃあ……本当にエルフが出てきたのかっ?」
「ああ。私たちは三人がかりで逃げるのがやっとだった。想像以上だったぞ、エルフは」
魔女たちは顔を見合わせ、息を呑んだ。
これまで北の厳しい地で、どれだけの修練を積んできたかは互いによくわかっている。
特に、この目の前のカラスという魔女はその中でも特別優秀で、普段は北の魔女ディーナの側近の一人に選ばれているほど。
その彼女をして想像以上と言わしめる上位種の存在に、戦慄するのも無理はなかった。
「……エルフめ。いったいどれほどのバケモノだというんだ」
「おそらくはその者が、この前の王国との戦闘において、戦闘機を地上に引きずり墜としたとかいう逸話を持つ最強のエルフだろう。瞬間移動に似た術式を用いていたよ。気づいた時には私たち三人は背後を取られ、たったの一撃で壊滅だ」
「なに……!?」
ざわざわ。
ロビーは先ほどまでの静寂が嘘かのようににわかに騒がしくなる。
瞬間移動を実現するなんてとんでもないバケモノだという感想に対し、いやいや、それは物理的にも実現は不可能に近い技術だ、きっと何かタネがあるはずだ、という主張が飛ぶ。
魔女たちは生来の研究者精神を発露させ、その術式に関する検討をし始めて……しかし、
「議論は待て、諸君」
カラスがそれを止めた。
「興味深いのは確かだが、今はそんなことをしている場合ではない。いかにしてヤツらを捕らえるかを考えるべきだ。ディーナ様の求めるマスク・ザ・メロンの正体と、その手中にいるだろうポーションの製造者へと迫る大きなチャンスなのだから」
「確かにそうだが……しかし、敵にエルフがいるとなれば、簡単に手出しはできないのでは?」
「……いや」
魔女の一人の消極的・慎重な意見に、しかしカラスは首を横に振る。
「われわれがマスク・ザ・メロンを探っていることは、すでに知られてしまっている」
「……なるほど。時間が立てば、ヤツらは頭を引っ込めてしまうわけか」
「そうだ。手をこまねいてもいられない。早々に決着させなければ……たとえ、少なからぬ犠牲を伴っても」
「何人必要だ?」
「少なくとも、五人」
カラスの言葉に、魔女たちの間に緊張が走った。
しかし、誰もそれに対してノーと言いはしない。
元より大義──北の魔女ディーナのためであれば、皆、その命を捧げることに躊躇などはないがゆえに。
「もちろん、エルフとの戦いには私も参加する。多少は手の内もわかっているからな」
「……わかった。だが、他にもエルフやそれに匹敵するような強者が待ち構えている可能性はないか?」
「不明だ。しかし、さすがにあれほどの実力者が、他に何人もあの組織の護衛についているハズがない」
それについては、カラスには確信があった。
これまでの念入りな情報収集の結果によれば、エルフは絶対数の限られる貴重な戦力のはず。ついこの間の対王国戦で導入されたエルフはたったの数人だけだったという。
「今の魔国は、戦争に勝利したとはいえ非常に不安定な情勢下だ。加えて現在の魔都には魔王を始めとして、魔国幹部の多くも不在ときた。そんな戦力不足の中で、たかだかポーション製造を担っている程度の組織に、エルフ並みの護衛を二人も三人も付けると思うか?」
「……確かにその通りだな」
この秘密結社によって集められた情報を元に、理路整然と語られたカラスの言葉に、もはや異論を挟む声はない。
カラスは改めて、ロビーの魔女たちを見渡した。
「明朝、ドローガの各拠点と思しき場所に強襲を仕掛けるぞ。幹部連中を根こそぎ攫い、マスク・ザ・メロンについて尋問する。各々準備を怠るな」
「「「了解」」」
一糸乱れることのない返答に、カラスは一つ深く頷くと、そこでようやく自身の火傷の治療をし始める。
体に満ちるダークヒール。
煙のようにたゆたう、その怪しげな紫の光に、ふとカラスの脳裏に思い浮かんだのはとある魔国幹部の名前だった。
「そういえばあの新参魔国幹部も、果実と同じ名前をしていたか……」
その者の名は、キウイ・アラヤ。
あらゆる魔族を治すポーションと、あらゆる魔族を治すダークヒールを使うキウイ・アラヤ。
マスク・ザ・メロンと同様に、果物的な名前をしたキウイ・アラヤ。
それに加え、確かエルフたちが所属する部隊は、キウイ・アラヤの直属部隊ではなかっただろうか……?
──あまりにも、連想がしやすすぎる。
「……いや、まさかな」
今さら『マスク・ザ・メロンはキウイ・アラヤなのでは?』だなんて疑問に至るなど、ひらめきを一周して愚の骨頂だ。
「そうだとしたら、マスク・ザ・メロンに懸賞金がかけられてるはずもないだろうに」
まったくの矛盾である。
仮にそんな矛盾が成立するとしたら、それはいったいどんな状況なのだろう?
たとえば『麻薬組織を乗っ取ったとき、魔国幹部の名前を使いたくなく、とりあえずその場しのぎで偽名を用いたら、それを魔都警察に見咎められて懸賞金をかけられてしまった』みたいなアホ丸出しな状況か?
そんなの、およそ現実的ではない。
「キウイ・アラヤは魔国幹部の中でも一目置かれた知恵者だという話だ……ならばなおさら、そんな自ら疑われるようなことをするはずもないか……」
カラスは、今しがたの妄想を全て脳から追い出すと、また自らの治療に専念し始めるのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第253話 さる果実を失いし日」です。
次回は2/6(金)更新予定です。
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