第251話 キウイ欠乏症の女騎士、使命に燃える
魔都デルモンド郊外。
そこには様々な工場や倉庫などの建物が広い間隔を置いて並んでおり、その場所にアラヤ研究所もまた存在していた。
外見上は他の工場などと変わりはしない。
だが、一つその門を越えたなら、勘の良い者は気づくはずだ。
巧みに気配を殺しているがゆえにわずかに漂う、強者たちの気配に。
「ハァ……」
だが、現在。
その強者たちの中でも、まぎれもない最強の一角に座する女騎士は、研究所の中庭で独り、鏡のように磨かれた聖剣の刀身を見つつ、大きなため息を吐いていた。
彼女の名は、シェスティン・セイクリッド。
シェスの愛称でおなじみの、言わずとも知れた魔国幹部キウイ・アラヤの懐刀である。
魔王城前で門番顔負けの仁王立ち姿でキウイを待つその姿は今や一種の魔都名物となっており、その常なる凛々しさ・勇ましさから、魔都民や魔王城関係者の人気も実は高い。
そんな彼女のはずが、しかし。
「キウイ様……お帰りはまだなのですか……」
今や心ここにあらずといった様子で、虚無に向かってそう呟いては、深く深くその肩を落としている。
その目の下にはクマ。
頬も心なしかこけて、やつれていた。
「ご無事でしょうか……シェスは、貴方様の安否が気がかりで、何も手につきません……」
「……あの、シェス殿? そのお言葉はいささか、傷つくのですが……」
「え?」
シェスの虚ろなまなざしが正面へと向く。
中庭に独りかと思っていたが、違った。
彼女の正面で膝をついていたのは、厳めしい全身鎧を傷だらけにした一人の魔族の剣士だった。
「……えっと、誰です?」
「いえ、あの、今しがた模擬試合で貴女様にボコボコにされていた者ですけど……」
「……はて? 模擬試合……?」
「俺ですよ、元八大獄門番ナンバー3のフィンです。無意識状態で軽くあしらわれていたのですね……さすがにへこみます……」
キウイ欠乏症の女騎士が首を傾げたことに、剣士はガクリと大きくうなだれた。
──八大獄門番。それは裏社会では名の通った武闘派組織である。
その中でもフィンは、相手が首が落ちたことにも気づかない『終の剣』……抜剣術の天才として有名な強者だった。
実際、裏社会に身を置いて数十年、一度も敗けたことがない。
本気を出せばナンバー1の座も奪えると思っていた。
自分こそが魔都で最強の剣士であると、かつては信じて疑わなかったのだ──。
──だが、そんなプライドはズタズタに切り刻まれて久しい。
それは、運命のあの日。
マスク・ザ・メロンが……いや、魔国幹部キウイ・アラヤがやってきたあの日のことだ。
このシェスへと一度も抜剣を当てられず空ぶって、その後のたった一振りの反撃で死の淵に追いやられては、キウイに、
『おっ、君の種族は診察したことがなかったなぁ。シェスよ、まだ歯向かってくるようなら今度は縦に斬ってはくれまいか? 縦方向の断面図を診てみたい』
などと言われ斬られてはダークヒールをかけられ、また斬られてはダークヒールをかけられる、という非人道的ローテーションを三回も繰り返されるという屈辱に、すっかり身も心もへし折られてしまった。
もはや、自分が強者であるなどという驕りはどこにもない……はずだったのだが。
「これも鍛錬の一環として、全力をもって挑んだつもりだったのですが、まさかここまで力及ばずな結果になるとは……イテテテ……」
フィンは傷だらけになった体をなんとか起こすと、庭の隅へ行き、そしてまた倒れるようにして座り込む。
「所長……治療してくれぇ……」
「あ、はいっ……!」
中庭のベンチに待機していたのは先端の鋭い魔女帽を被った少女、ムコムゥ・ミルミハート。ポーション研究の第一人者であり、この研究所の実質的な所長だった。
「それでは、今度はこちらの試薬Dを試してください」
「おう」
フィンは、ムコムゥの差し出した怪しげな紫色の液体に満たされた瓶を受け取ると一気飲みする。
口いっぱいに薬っぽい味が広がり、強い日差しにジリジリと肌を焼かれるような感覚が喉から胃袋まで伝わっていく。
そして、
「おおっ?」
次第にフィンの傷口は紫色のダークヒールの光を放って塞がっていく。
「今回のは効きがいいな?」
「そうみたいですね。これは一番安価な素材で代用してみたヤツなんですけど……意外な結果です。メモしなきゃ……」
ムコムゥは手元のノートに書きつける。
『臨床試験その28。試薬Dの効果大の模様。』
そしてさらに、傷口に発生したダークヒールの様子について事細かに記していく。
フィンはチラリとその内容を覗き見るが、ウッと軽くのけぞってしまう。
なにせムコムゥの早書きした字はミミズの這った跡のようにヨレヨレだ。
しかも複雑な薬草の名前や機材の名前など、専門用語がたくさん登場しており、とてもじゃないが読んでいられない。
フィンがしばらく目を逸らして待っていると、ノートを閉じる音がする。
続いて、カラン、カラン、と。
ムコムゥが、腰かけるベンチの上へと次々に瓶を並べていく。
その液体の色は様々だったが、共通して全て禍々しいネオン系であり、絶えずコポコポと謎の気泡を発している。
「では、フィンさん……あと試薬がEからJまであるので……」
「あと六回ケガしてこい、ということか。まあそれが俺に与えられた仕事なんだから、別にいいんだがよぅ……いい加減、心が折れるぞ?」
「お、応援していますっ!」
ギュッと両拳を握っての声援で送り出され、フィンは渋々立ち上がる。
「またボコボコにされなきゃなのかぁ……せめて、一回でいいから抜剣を当てたいんだが……」
さて、中庭で立ったままのシェスはいまだにうわの空だ。
また先ほどと同様、こちらから仕掛けるしかあるまい。
そう思っていたフィンだったが、しかし。
「ただいまぁ~」
帰還を告げる、間延びした言葉が研究所の正門の方から聞こえた。
その声は……この研究所で聖術の研究をするエルフの一人、キンセンカのものだ。
彼女のいつもの朝のルーティンである早朝二度寝散歩を終えてきたらしい。
「……えっ? どうした、その恰好は……!?」
フィンが振り返ったその先、キンセンカの後ろにいる元八大獄門番の同僚たち、ティガーとフリージアはアチコチが傷ついていた。
「ああ、実はよ、魔女たちに襲われてな」
「魔女……それってまさか、あの秘密結社のっ?」
「話が早いな。その通りだ。恥ずかしい話、オレもフリージアも手も足もでなかったぜ」
「大丈夫だったのかよ?」
「まあ、なんとかな」
ティガーが、惨たらしく折れた爪で頬をかく。
「ちょうどいいところで二度寝していたキンセンカさんに命からがら助けてもらったワケさ」
「しかしまた、いったいなんで魔女たちがおまえらを?」
「どうやら、マスク・ザ・メロン様について探りを入れてるらしい」
──ザッ。
フィンの後ろで足音がする。
「マスク・ザ・メロン……キウイ様を探る者、だと……?」
これまで茫然自失として、生きる屍と化していたシェス。
黒の森へと発つ直前、キウイから授けられた使命がその瞳に光を戻した。
「──ヨシ。全員、生け捕りにしなくては……!」
「いや、ちょっ、待って待って、待ってくださいぃぃぃ!」
「ダ、ダメダメッ! ダメっすダメっす!」
「落ち着いてシェスさん! 落ち着いてっ!」
足早に研究所を後にしようとしたシェスを、フィンやティガー、フリージアらが総出で押し留める。
「なぜ止めるのだ……貴様らは傷を治しておけ。あとは委細、私が片をつけてくる」
「ひぃっ!? 表情がすでに鬼気迫ってる!」
「当然だ。私はキウイ様に『敵が現れたなら世界の果てまで追い詰めてでも生け捕りにする』と約束したのだから」
「落ち着いて! そして剣を下ろしてぇっ! まずは情報共有が先っすよ!」
「…………。まあ、それは一理ある、か……」
一理どころか十理はある。
と、誰もが思ったが口にはしない。
シェスは聖剣を収めると、キンセンカへと視線を向ける。
「敵は魔女という話だったが、どれほどの強さなのだろう?」
「えーと、んー……そうだなぁ」
そう聞かれたキンセンカは、ちょっと悩むように斜め上を見上げつつ、
「まあ強い方だとは思うよ。でも……『一番弱い』僕でも勝てそうなレベルだから、ローズたちやシェスなら苦労しないんじゃない?」
「そうか。ありがとう」
シェスはそれから、全員を見渡した。
「組織の同胞が襲われたのだ。キウイ様の留守を預かる身として看過はできん。対応策を考えよう。報復と敵の生け捕りを前提とした策をな」
そうして研究所内のアネモネ、ローズらも招集され、マスク・ザ・メロン一派の報復作戦がその幕を上げることになるのだった。
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次回は2/4(水)更新予定です。
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