第248話 【Side:北の魔女】マスク・ザ・メロン、いったい何者…?
魔都デルモンド、その中央にそびえる魔王城は、建国三百年を通じて場所を移したことはない。
増改築・修繕自体は繰り返されているものの、その外観もほとんど変わってはいなかった。
「相変わらず、古臭くて陰気な場所だこと……」
カツカツカツ、と。
高いヒールで石畳を打ち鳴らしながら、その正門をくぐったのは北の魔女ディーナ、そしてその一行だった。
見事な白のコートを肩にかけ颯爽と歩みを進めるその姿に、魔王城の警備や、訪問しにきていた他領の魔族、王国の使者も圧倒されて、自然と通路の脇へと体を避けた。
そうしてできた道を当然のような表情で通り抜けていく彼女たちの前に、突如として一人の黒い翼を広げた淑女が降り立った。
「お久しぶりですね、ディーナ様。本日はどのようなご用件でしょう?」
その者、魔国幹部のエメラルダ。
ディーナと同等か、あるいはそれ以上の神秘的な美を備えたその青髪の悪魔の登場に、魔女たちは警戒したように身を固めるが、
「あら、久しぶりね。エメラルダ」
一人、ディーナだけはその登場を予期していたと言わんばかりに、余裕然とした笑みを浮かべる。
「変わりないかしら?」
「ご無沙汰しておりました。おかげさまで、変わりなく」
「それはよかったわ」
エメラルダの最初の問いにはあえて答えぬまま、ディーナはただニコニコとしていた。
そうしていれば痺れを切らすことになるのは、魔王代理という公務に追われつつ、現在のこの魔王城で唯一ディーナを出迎えることのできる立場にあるエメラルダの方だから。
「……そ、それで本日は、」
「『どのようなご用件か』って?」
案の定、痺れを切らしたエメラルダをさえぎるようにしてディーナは言葉を被せる。
「用がなければいけないかしら。私たちの仲じゃない」
「はあ。ですが、あいにくなのですが、今は──」
「──陛下の留守を守るために魔王代理をしているのよね、ご苦労様」
「……恐れ入ります」
エメラルダは苦笑しつつ、
「前もって御来訪くださる旨をお伝えくだされば、歓迎のための準備もできたのですが……」
「ああ、急に来るなよ、ってコト?」
「っ」
息を呑むエメラルダに、ディーナは重たくため息を吐く。
「……そうね、確かによくなかったわ」
「ディ、ディーナ様……?」
「せっかくの戦争明けなんだもの。みんなゆっくりして休んでいるところに、ズケズケと踏み入ってくるなんて自分勝手でよくないわ……私ったらダメね。反省する……」
ディーナはゆっくり、未練がましそうに踵を返すと、
「北の魔女らしく、私も大人しく北に引っ込んで休むべきかしら。この際だから、魔都に食糧や鉱物を供給している農場や鉱山も丸ごと一緒にね。さすがにこの前の戦争の援助のためにと、働かせ過ぎたもの……」
「……!!! そ、それはっ……」
「……なぁーんて、ウフフフ、冗談よぉ!」
クルリ。
ディーナは機敏にターンすると、エメラルダの頬を指で軽くつついて言う。
「休まない休まない。相変わらず困った顔もカワイイわねぇ、エメラルダ?」
「……お戯れを、ディーナ様」
引きつった笑みで応えるエメラルダ。
その様子を見て、ディーナの気が少しだけ緩んだ。
どうやら、エメラルダにこちらの策は悟られていないらしい、と内心でホッとして。
主導権も当初の予定通り自分たちにある。
再び威厳を醸し出すようにその背筋をピンと張ったディーナは、いまだ困り顔のエメラルダへと微笑みかける。
「ねぇ、お茶でも一緒にどうかしら? 数年ぶりだもの、あなたと話したいことが山積みだわ」
「……ぜひ、ご一緒させていただきたく存じますわ」
それ以外に、エメラルダに答えはなかった。
* * *
「──ひゃあっ!?」
エメラルダとディーナが執務室でお茶をしているのと同時刻。
魔王城別館の地下において、そう悲鳴を上げたのは『幻影ではない本物の』北の魔女ディーナだった。
そこは暗く、埃っぽい資料室だった。
「く、蜘蛛……!? もう、これだから古臭い魔王城は嫌なのよ!」
ブランと目の前にぶら下がる蜘蛛を海老反りになりつつ回避しながら、ディーナは悪態を吐いた。
その周囲には他に誰もいない。
「ああ、お茶を飲んでいたかったわ、私も……」
まあまだ、エメラルダの目は欺いていられるだろうけど。
ため息を吐きつつ、ディーナは懐中時計に目をやった。
──この世には幻影魔術というものがある。
今、執務室でエメラルダの接待を受けているディーナは、それによって作られたティーナの幻の姿だった。
幻とはいっても、当然茶を飲むのだから実体はある。
ディーナの側近であり一番の実力者である部下へと、彼女の幻を重ねているのだ。
……とはいえ、もう三十分も気づかれなければいいところだろう。
ディーナは決して、エメラルダを侮っているわけではなかった。
ささいな違和感でも覚えたのなら、化けの皮を剥がそうとしてくるはずだ。
「厄介よねぇ。有能な働き者って」
鼻歌交じりに、指を振るう。
すると、棚の一角に仕舞われていた資料が一斉に浮かび上がるや、一枚一枚宙に舞い始めて、そして要る情報と要らない情報に分別されていった。
ディーナが求めている情報は二つ。
そのうちの一つはポーションに関する記載のある資料だ。
「表にいた資料室番の子に尋問した感触からして、おそらくはこの辺りの棚にあるはずなんだけど……」
尋問とはいっても、もちろん縄で縛りつけて情報を引き出すような荒事を仕掛けたわけではない。それもまた魔術によって行われたものである。
ディーナがその魔術を宿した手を相手の頭に添えてやれば、相手はまるで彼女のことを昔からの親友のように感じ、尋ねた情報を吐き出してくれるのだ。
彼女の前で隠し事を貫ける魔族など、この魔国には両手で数えるほどもいない。
そして、最後に極めつけに行うのは記憶操作魔術。
こちらはそれほど多くのことができるわけではないが、しかし直近の一、二分の記憶くらいは簡単に消せてしまう。
あらゆる魔術に精通するディーナにとって、自分の痕跡を残すことなく情報を集めることなどは、特別な技術でもなんでもなかった。
とはいえ、よほどのことがない限り、自分で動くつもりもなかったが……。
「……フフ。やはり、これはよほどのことみたいね?」
目当ての資料のいくつかを並べたディーナはほくそ笑む。
それらに書かれている内、気にかかったのはそれぞれ以下の一文。
『マスク・ザ・メロンの指名手配について』
──魔都警察承認印あり。
『マスク・ザ・メロンによるポーション開発提案』
──エメラルダ承認印あり。
『マスク・ザ・メロンへのポーション製造委任』
──エメラルダ承認印あり。
「マスク・ザ・メロン……? おかしな名前。いったい何者かしら?」
魔都警察から指名手配を受けながらも、エメラルダの承認によってポーション開発に携わっているらしい。
しかもその製造物を軍に卸しているところを見るに……魔国軍とも深い関係にある。
エメラルダの性格上、独断専行はしないだろうから魔王ルマクとも強いつながりを持っていると考えて間違いない。
「もしも、ポーション開発者のみならず、このマスク・ザ・メロンから丸ごと私たちの陣営に引き抜けるのだとすれば……」
それは痛烈なダメージを現魔国へともたらすことだろう。
ほくそ笑みつつ、ディーナは次の資料を宙へと横並びにさせる。
そちらはポーションの情報とはまた別。
「ふぅん、これが新参魔国幹部、キウイ・アラヤ、ね……」
並べられた資料の中身、それが示すキウイ・アラヤの功績は赫々たるものだった。
『王国軍から捕虜の奪還(アギト並びに他二名)。魔王城地下ダンジョンの発見、ジャームの撃破』
『エルデン奪還作戦:浸透作戦指揮。聖女撃破。勇者撃破補助』
『西方エルフ戦線:万能型ダークヒーラー部隊育成。エルフ撃破数二十オーバー。ウルクロウ救出作戦成功。メリッサ撃破』
『王国戦線:王国革命指揮。勇者撃破。王国軍本部平定、終戦』
「……バケモノか何か? これで人間だという話だけど、戦果だけで見たら歩く災害じゃない……」
特に、二十を超すエルフを撃破しているという実績がヤバい。
魔族の弱点である聖術を、魔族以上の永い年月をかけて研ぎ澄ましているエルフは、魔国幹部であろうとも数で押されれば危ない相手だ。
ディーナ自身も、多様な術式を操って戦うエルフと同じ戦闘スタイルの魔術師であるからこそ、エルフを何名も相手にして無事で済むイメージはしにくい。
……奥の手を使わない限りは。
「もっと情報と戦力が集まるまでは、なるべく敵に回さないようにしないと。今は、マスク・ザ・メロンの方に集中ね……」
そろそろ時間だ。
これ以上はエメラルダに怪しまれるだろう。
それに、マスク・ザ・メロンの素性に関する情報は資料化されていないようだ。
よほど隠したい存在らしい。
……あとは、部下たちに探らせるとしましょう。
幸いなことに指名手配はされているのだ。
手当たり次第に魔都の反社会組織を小突いていれば、どこかで情報を拾えるだろう。
ディーナは資料を全て元の位置に戻すと資料室を後にした。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第249話 マスク・ザ・メロンを探る者たち」です。
次回は1/28(水)更新予定です。
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