第247話 絶対死の神術を極めた理由
シアン化水素。
それは極めて強い猛毒ガスだ。
一息でも吸えば急性の中毒症状を引き起こし、中枢神経・呼吸器・心臓障害などによって数分で死に至る。
アーモンドを思わせる刺激臭が特徴的であり、その特性を利用して、人類国家においては農薬や殺鼠剤として活用されつつもあった。
そのような有用性はあるものの、その加工は非常に危険である。
その理由は有毒性があるからだけではない。
──シアン化水素は、非常に強い爆発性ガスでもあるのだ。
「……ああ、引火してしまったか。あれではモンスターも生きてはいまいな」
黒の森の木々を盛大に吹き飛ばした地上の花火を眺めつつ、思わず盛大なため息を吐いてしまう。
とても残念だ。
きっと新種のモンスターだっただろうに。
「それにしてもすまないね、モナルダ。黒の森の一部を焼いてしまった」
「そ、それは大丈夫です……そもそも黒の森に、決まった場所もないので」
「どういうことだ?」
「む、蟲ちゃんたちを連れて行った場所が黒の森になるだけですから」
なるほど、まあ確かに黒の森の黒部分は森を覆い尽くす蟲たちがその正体なわけだから、そう考えれば当然か。
「大きな迷惑をかけていないのであればよかった。それではぜひ、さっそく絶対死の魔術とやらを見せてはくれまいか?」
「え、え? あの、ボグさんは……?」
「じきに戻ってくるだろう。それに、今こちらから爆発地点に向かうのはよすべきだ。周囲には神経ガスが蔓延しているだろうからね」
今は無風だが、今後の風向き次第でこちらに流れてくる可能性もあるので、早々に屋内に引っ込みたいところだ。
「そ、そういうことでしたら……」
モナルダはさっそく、ジラドとオトガイらが手分けして気絶させてくれていたクマ型モンスターたちの元へと向かう。
そして、
「では、安らかに──」
その指先に灰色の魔力を宿らせて、一頭一頭へと絶対死をかけていく。
かけられたモンスターはスモッグのような灰色の霧に包まれるや、何の痛痒を感じた様子もなく、静かに息を引き取っていった。
まるで不自然なところがなく、それがかえって不自然なほど。
その神術の効果にいっさいの例外はなかった。
十頭は十頭とも、まったく同じ無反応で、一瞬でその命をその肉体から消失させた。
「……フム」
アゴをなでる。
なるほどね?
俺は最後の一頭に至るまでジッとその様子を観察し続け、とある結論に至る。
「ど、どうでしたか……? なにか、参考になりましたか……?」
「いや、ただわからないということだけがわかった」
メリッサの言っていた通りだ。
死因など何もない。
死の間際に呼吸が止まり苦しむ様子もなく、心機能が麻痺する様子もなかった。
もしかしたら脳への血流を止める魔術なのかと、絶対死の魔術がかけられた後、数頭のモンスターの脳状態を診察してみたが……血液供給が止まっていた様子もない。
モンスターたちは住み慣れた場所で眠るように死んだのだ。
極めて不思議、と表現する他はない。
「だが、それゆえに、この神術の目的はわかった気がする」
「え?」
「これは生者を殺すための術ではない。苦しませないための術だ。違うか?」
「……はい」
俺の問いに、モナルダは素直に深く頷いた。
……やはりな。
死を与える目的ならば、直接的な死因を与えるだけでいいはずなのだ。
極端な話、それはたとえばかつての東の賢者マロウが用いていた <万物を貫く聖術>で頭を撃ち抜くといった手段でもいい。
しかし、この <絶対死の魔術>においては明確な死因を与えないという回りくどい方法をあえて採用している。
「死とは、総じて痛みや苦しみを伴うものだ。例外はない。だが、君はそれに例外を作りたかったのでは? その目的をもとに実現したのだとすれば、これは絶対死というよりはむしろ、<無苦無痛の死>を与える神術といえよう……ただ、しかし」
まだわからない点がある。
いろいろ思案を巡らせてみたが、しっくりこない。
「その理由はいったいなんだ? どうしてそのような魔術を作る必要があったのだ?」
「そ、それは、私たちが、エルフだからです」
モナルダは、今しがた死を与えたモンスターたちを慈しむように見つつ、
「死は一つの救いにもなります。死があるからこそ、生の瞬間がかけがえなくなるものです……しかしながら、私たちは半永久的に生きるエルフ。死が、あまりにも遠すぎる種族」
「まさか……」
「そ、そうです。この神術は、いずれ私が、私自身に使うために編み出したモノです」
微笑みながら、モナルダはそう言った。
「い、いつかは私も死にたいです。研究したいことをし尽くしたその日には。で、でも、苦しみたくはないから……」
「それでか。しかしいったいなぜ、それを絶対死の魔術などと呼ばれることに?」
「そ、それは……」
モナルダは大きなため息を吐く。
「わ、私と同じ考えの上の世代のエルフから、死なせてくれと頼まれることが何度かありまして……この神術を使っているところを、マロウやメリッサに目撃されてしまい……」
「ほう」
「その中のお一人が、あまりにもエルフの中で高名な方でしたので……私の神術が、実力差をも覆すほどの絶対的な魔術であると勘違いを……」
「なるほどな」
その結果が、メリッサに追い回される日々になったというわけか。
苦労人である。
「しかし、それにしても『いつかは死にたい』か。そんなことを考えずとも、勝手に死の方から歩いてやってくる身の上の私は、存外恵まれているのかもしれないな」
「キウイ……」
「だが、私もやりたいことをやり尽くせぬ中で死に追いつかれたくはないのでね」
俺は踵を返し、再びラボへと向かう。
「さあ、さっそく共に取り組もうじゃないか、不死の研究に。私が死ぬ前までには完成させたいものだ」
「そ、そうですね……! 私も、キウイとはまだまだ、語り合い足りませんから……!」
限りあるバカンスの時間、一秒たりとも無駄にはできない。
しかしそこへと、
「──ズンゴゴゴゴゴ」
どうやらその前にボグが帰ってきたらしい。
激しくエネルギーをすする音が響き渡っていた。
振り返るとそこに立っていたのは、予想通りボグ・チェルノ……だったのだが、
「……えぇ?」
煌々と、その体は輝いていた。
その体の内側から青い光を放っているのは過剰なまでの生命力。
「ズンゴゴゴゴゴ」
「体から漏れ出した生命力を吸い続けてる……まさか取り込んだ生命力が莫大すぎて、内部で魔力に変換できていないのか?」
「ズンゴゴゴゴゴ」
ボグの骨の体の内側を覗き込んでみる。
そこに満たされている生命力は、これまでに見たこともないほどの量と濃密さである。
魔力へと精製すれば、俺の使うダークヒール数百回……いや千を超す回数をも余裕で補えるほどになるんじゃなかろうか?
「これほどの生命力を持つモンスターだったとは。この森のヌシだったのかもしれないな。ますます惜しい。診察したかった……」
「ズゴッ……ズンゴゴゴゴゴ」
「しかし、ボグ殿にも驚きだ。まさかその量のエネルギーを体に留めておけるとはね」
まるで蓄電池だ。
そうして溜めた力を全てガスに変えて放出できるというのだから凄まじい。
だが、使い方は今や、決してそれだけということもないだろう。
「フフ……ちょうど魔力量子テレポーテーションの理論も学んだところだ。あとはもし、魔力供給の術式を開発できたなら──」
この過剰なエネルギーを不足している者へと届けることができるようになる。
そうすれば、魔王ルマク・オゥグロンの完全復活もそう遠くない。
またまた恩賞をもらえたりするのではあるまいか?
……ああ、やりたいことが山積みだ!
やっぱり俺は、まだまだ死んでるヒマなどないらしい。
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次のエピソードは「第248話 【Side:北の魔女】マスク・ザ・メロン、いったい何者…?」です。
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