第245話 【Side:人形】また貴様か!ダークヒーラー!
……喋るクマ型愚物が十頭、それだけいれば十分だ。
マロウが侵入を命じると、モンスターたちは躊躇なく黒の森へと足を進めた。
気味の悪い蟲が蠢くその森を、クマたちは横一列になって、その巨体に物を言わせて踏み荒していく。
ただし当然、マロウはそれらと一緒になって蟲たちを踏んだりすることはせず、その戦列に並ぶこともない。
後方へと控えさせたクマの一頭の背に乗って、一人、周囲一帯へと感覚を研ぎ澄ましていた。
……絶対死の神術、それが使用されたスキを逃すわけにはいかん。
過去に一度だけ見たことがあるモナルダのその神術を思い返す。
目撃したのは、千年以上前のことだ。
まだこの大陸に人類国家と呼べるような大規模共同体が誕生しておらず、この西方エルフ国家もその形を成していない頃。
当時で五千年の時を生きたといわれ、エルフたちのまとめ役でもあった最強の大聖術使い・オレガノが殺された瞬間を、マロウとメリッサは共に目撃したのだ。
モナルダの放ったスモッグのような魔術は、反撃を許すヒマもなく、オレガノの体を包み込むやいなや一瞬でその命を奪い去ってしまった。
二人の間に何があったのかはわからない。
しかし、当時のマロウやメリッサですら敵わなかっただろうその存在を、当時のモナルダはたった一つのその魔術で葬り去った……それだけがマロウたちの目にも明らかな唯一の事実だった。
……衝撃的だった。ゆえに、俺は忘れてはいないぞ……?
マロウは内心でほくそ笑む。
絶対死の神術……
それを放つ瞬間のモナルダの手の先には、過剰なほどの魔力が集中していた。
体を覆う魔力が、その瞬間に極端に薄くなるほどに。
つまり、
──絶対死の神術を放つ瞬間、モナルダは無防備になる。
……モンスターどもの命はくれてやる。だが代わりにその体をもらうぞ、モナルダ……!
絶対死の効かないこの人形の体には、回避も防御も必要ない。
モンスターへと絶対死をぶつけるその瞬間に、真正面から襲い掛かり、力技でその意識を刈り取らせてもらう。
そうすれば後は、気絶したモナルダの体を憑依によって乗っ取るだけだ。
モンスターたちが踏み入った周囲から、潮が引くように蟲たちが去っていく。
おそらくはモナルダへと侵入者の存在を告げるためだろう。
マロウたちはそれを追っていく。
堂々と、隠れることもなく。
……さあ、どこにいるモナルダ? 俺たちはここにいるぞっ?
マロウの心を、久方ぶりの全能感が満たしていく。
本来であれば『後の先』を取らなければ敗北は必至だったであろう絶対死の神術も、命なきこの木製の体であれば恐れる必要がないから。
そして、しばらく蟲を追い続けたマロウたちがたどり着いたのは、崖に囲われた場所。
地面も崖壁も蟲たちで覆い尽くされており、またところどころでは蟻塚を築くかのように蟲たちがうごめいている。
内心で生理的嫌悪感を覚えるが、しかし人形の体に鳥肌が立つことはない。
それは数少ない人形の利点の一つだった。
……さて、と。
付近をじっくりと観察しつつ、待つ。
モナルダがモンスターというエサにかかるのを。
すると、さして時間もかからずに動きがあった。
──ゾゾゾッ。
崖壁を覆い尽くしていた蟲たちが、カーテンを開くようにして左右にはける。
そうして姿を現したのは大きな洞窟だ。
その奥から、
「さ、さっさと終わらせて、研究に戻りましょう……」
千年以上ぶりに聞く、モナルダの声が響いてきた。
マロウは息を殺す。
人形だから当然呼吸などはしていないが、それでもなお、自身の生命力を限りなく押し殺すようにして、モンスターの背中の上で身動きもせず、手ぐすねを引く気持ちでモナルダがその姿を現すのを待った。
そしてとうとう、その姿が──
「──いやはや、不死の研究ほどではないが、実に興味深いね。絶対死がどんなものか、とくとこの目で見物させてもらおうじゃあないか」
ユラリ。
洞窟の奥に揺らめくのは、白装束。
ポケットに手を突っ込みながら機嫌良さそうに、先頭に立って大股で歩き出てきたその人物は、モナルダではない。
百合の花を思わせるような細く、猫背な立ち姿。
月光に照らされているかのごとく、暗中に浮かぶ白い肌。
そして何よりも不健康そうなその顔は、忘れもしない──
……ダーク、ヒーラー……!?!?!?
マロウがその姿を認識するやいなやの出来事だった。
「「「グルォォォオオオ──ッ!!!」」」
モンスターたちが一斉に後ろ脚で立ち上がると、咆哮した。
マロウを乗せている一頭も例に漏れることはない。
あまりにも唐突なその行動に、マロウの人形の体は地面へと転げ落ちて蟲たちにまみれる。
……なっ、なんだっ!?
マロウが慌てて起き上がると、その時にはすでに、モンスターたちはマロウの号令も待たず、ダークヒーラー目がけて飛び掛かろうと走り出していた。
それもまるで、強い感情に思考が焼き尽くされているかのように、一目散にだ。
……モンスターどもが、怒り狂っている、だとっ!?
まったくもって状況が整理できていない。
──なぜ、モンスターたちが暴走をっ!?
──なぜ、声がしたはずのモナルダが出てこないっ!?
──そして何よりも、いったいどうして、ダークヒーラーがここにいるっ!?
様々な疑問が交錯する中で、しかし。
スギャンッ! と。
けたたましい破壊音が響き渡ってマロウは我に返る。
モンスターたちがその体をひしゃげさせ、宙を舞っていた。
「キウイっち、このモンスターたちを一匹残らず動けなくすればオーケーな感じ?」
「ああ、頼んだよ。オトガイくん、それにジラド」
ダークヒーラーを守るようにして立ちはだかっていたのは、オトガイと呼ばれた赤い肌をした鬼人種の女と、無口な長身の男であるジラドだった。
その二人がことごとくモンスターたちを蹴散らすその後ろで、キウイは余裕然とほくそ笑む。
「フフフ……せっかく絶対死の神術を見学させてもらうのだ。一匹ずつ落ち着いた状況下でジックリと観察したい。最初の被検体はどれかな?」
「あ、あの……そんなにジックリ観察するようなものでもないと思いますよ……?」
モルモットの品定めでもするかのように顎をさするキウイの背後へと、ひょっこり。
そこにようやく姿を現したのがモナルダだった。
「ただ等しく死を与えるだけの神術です。そこに劇的なものは何も……」
「私も以前まではそう思っていたのだがね、心変わりした。君の絶対死の神術もまた、不死の研究と同様に君独自の魔術理論が下敷きになっているのだろう? それに奇しくも、二つとも死に関わる内容だ。深く観察しておくに越したことはない」
キウイはいかにも楽しげに、嬉々としてモナルダに話す。
その姿を見て、
……また、また貴様なのかっ、ダークヒーラーッ!!!
怒りが、マロウの人形の胸の中で煮えたぎる。
なぜ貴様が、あのモナルダと対等に話しているっ?
なぜ貴様が、モナルダの魔術理論を熟知しているかのような口ぶりで話しているっ?
モナルダは、俺の体だぞ……ッ!!!
──ギギギッ、と。
歯軋りのような音を立てて、マロウの球体関節が戦慄いた。
しかし。
……クソッ!
その怒りを辛うじて飲み込んで、マロウは蟲の地面を這うと、地表に蟻塚のように丸く突き出していた蟲の群れの陰に隠れる。
……なんという予定外の出来事かッ!
ダークヒーラーに、その従者と見受けられる者たちが二人もいるとは。
モナルダ一人であれば不意打ちも容易かったろう。
だが、あの三人の間隙を突くことは難しいに違いない。
……ああ、チクショウ。ダークヒーラーをここで八つ裂きにできたならどれだけ溜飲が下がることか。
湧き上がる復讐心を自覚しつつ、しかしマロウは冷静にその気持ちに蓋をする。
……堪えろ。ここは撤退だ。
自身の感情を憑依させたモンスターたちが続々とキウイの取り巻きに打ち倒されていくのを覗き見つつ、マロウは自分に言い聞かせる。
……幸い、ヤツらが俺の存在に勘付いている様子はない。ヤツらは別に、俺を待ち伏せにしていたわけではないのだ。
それがわかっただけヨシとすべきだろう。
キウイたちが去った後に、新たに不意打ちの機会を探ればいいだけのこと。
そうと決まれば、自分の存在が露呈する前にこの場を後にしなければならない。
……大丈夫だ、まだ何とかなる。慎重に、慎重に黒の森を脱出だ……。
ソロリ、と。
マロウが体を動かし始めた、そのとき。
「──ズゴゴゴ」
どこかで聞いた気がするその音が、マロウの上から鳴り響く。
……えっ?
マロウがその身を隠していた『地表に蟻塚のように丸く突き出していた蟲の群れ』の中から、ヌッと手が伸びて、ガシリ。
人形の体を鷲掴みにする。
そして、蟲は頂上から崩れて、その中にいた黒いスケルトンの姿をあらわにした。
──ここは敵地、黒の森。
楽観も安寧も、望むべくもないのだ。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第246話 【Side:人形】意思なき死人形 VS 意思ある生人形」です。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
と思ったら
この画面の下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
次回は1/21更新予定です。
よろしくお願いいたします!




