第243話 風呂キャン天才が行きつく先…
「ジェリー……ワーム浴……?」
「は、はい。ジェリーワーム浴です」
モナルダへと聞き返すと、同じ言葉が返って来た。
聞き間違いというわけではなかったらしい。
しかし、俺は一向にそれがいったいどんなものなのかを想像することもできやしない。
自身の想像力の欠如を恥じるべきだろうか?
「で、では、さっそくコチラへどうぞ……」
俺は別にやると言ったわけではないのだが、しかしモナルダはそそくさと動いて (蟲たちに運ばれて)実験室のさらに奥の部屋へと入っていく。
俺もそれに続いて足を踏み入れたその部屋は、ラボや実験室と打って変わって整理が行き届いた場所だった。
というよりも、極端に物が少ない。
家具はほとんどなく、普段モナルダが使っているのだろう寝具があるばかりだ。
「ここは寝室かね?」
「は、はい。でも、普段はラボか実験室で寝落ちするのがほとんどなので、寝る用途としてはあまり使っていませんが」
「では、何のために?」
「ジェリーワーム浴です」
また出た。
ジェリーワーム浴という謎の用語が。
「いったい何なのだね、ジェリーワーム浴とは」
前後の文脈を鑑みれば、リラクゼーションを目的として行われることはわかったが……あまりにも実態が知れなさ過ぎる。
「ひゃ、百聞は一見にしかず……ですので、」
モナルダはそう言うと、次第にその体へと、自らを運んでいた蟲を服のようにまとい出す。
それからしばらくぶりに立ち上がる。
その体から蟲が落ちていき現れたのは──一糸まとわぬ姿となったモナルダだ。
「……なぜ服を?」
「え、えっと、ジェリーワーム浴をしますので」
先ほどまでその体を包んでいた服は、蟲たちが綺麗に折り畳んでいるところだった。
モナルダは体の手前を隠すこともせず、そしてそれを気にした様子もなく、俺へとその手のひらを差し出してみせる。
そこに乗っていたのは茶色い一匹の虫。
「その虫が、もしかして……」
「そ、そうです。ジェリーワームです。私が、研究を繰り返し繁殖を成功させた、魔蟲です」
モナルダは少し成果を誇るように微笑むと、その手のひらに魔力を集中させた。
すると、ジェリーワームが次第に大きくなっていき、その手のひらから床の上に滑り落ちる。
ヌチャリ、と重い音が響いた。
「こ、このジェリーワームは、与える魔力によってその体の大きさを変えるんです」
モナルダが説明を続ける間にもジェリーワームは巨大化を続け、そしてしまいには俺やモナルダの身長をも遥かに超える大きさとなった。
肉眼でもハッキリと見えるようになったその虫は、体中が粘液に包まれており、ヌラヌラテカテカと光沢を放っている。
「この子たちは、人の余分な皮脂やヨゴレを分解して吸収してくれます」
そう言ったモナルダはジェリーワームの側に屈み、その頭に手を添える。
すると、パカリ。
ジェリーワームのその頭が縦半分に割れるようにして開く。
その奥にあるのは、人一人を軽々と呑み込めそうな穴。
穴の内側は外側と同じく粘液でヌラヌラとした光沢を放つピンク色の肉壁で、そこからは繊毛のように細かなヒダがビッシリと生えており、その一本一本が意思を持ったように蠢いている。
どうやらそこが、ジェリーワームの口らしい。
そして、
「で、では先に失礼しますね……」
ヌポリ。
モナルダは躊躇することなく、足先から、ジェリーワームのその口の中へと脚を挿し込んでいく。
「……えっ?」
俺の戸惑いの声にも構わず、モナルダの体は呑み込まれていく。
そして、頭だけを外に残してその全身をスッポリとジェリーワームの中に入れたモナルダは、
「──ハァァァァァ~~~!」
満足げに、大きな息を吐き出した。
「コレコレ、結局コレが、一番良いんですよぉ~~~」
モナルダのその表情はまるで熱い湯に浸かるか、あるいは指圧を受ける者のごとく。
まるで心の底からリラックスした様子だ。
「私の方からは、捕食される寸前にしか見えないのだが……いったい中で、何が……?」
「い、今は体を洗われながら全身マッサージも受けている途中です。足つぼを、的確に……ンッ!!!」
ビクン、と。
モナルダがその頭を震わせた。
「き、効く……痛いけど、気持ちが良い……あ、ソコソコ……ふわぁぁぁ~~~」
「体を洗われながら、マッサージまで……!?」
しばらく待っていると、ジェリーワームの動きが止まる。
そして、ペッ! と。
粘液にまみれたモナルダは床へと吐き捨てられるようにして投げ出された。
「あ、ああ……気持ち、よかった……」
床へとうつ伏せに倒れるモナルダは、しかし満足げだ。
「ち、ちなみに、この粘液は外気をほとんど通さないため冬でも寒さを感じにくく、また保湿成分があるほか、数分で乾きますので、タオルが不要なんです……」
「なんと……!」
「今回は、実況が必要かと思ったので、頭を出していましたが……必要があれば髪も洗えます」
「ということはまさか、ジェリーワーム浴とは──風呂の全自動化ということかっ?」
「は、はい。しかもリラクゼーション付きという面で考えれば、その上位互換でしょうね」
そう言って、モナルダはフッと笑ってみせる。
「水浴び、洗い、乾燥の手間がなくなるほか、体の凝りの解消も可能……この子を開発してからというものの、生活水準がだいぶ向上しました……」
「それはなんとも……素晴らしいな」
「え、ええ。ぜひ体感してみてください……お次をどうぞ……」
「フム」
どうやら害はないらしいし、それなら断る理由もないか。
ヨシ。
「試してみるか」
「わが君っ!?」
服に手をかけ始めた俺の肩を、ジラドが強く掴んだ。
「本気ですかっ!? あ、あんな無体な姿になるのですよっ!?」
ジラドが指した先にあるのは、ベトベトの姿で床に横たわるモナルダの姿。
「あんな尊厳のカケラもない姿になり果てるくらいなら、単純に風呂に入った方が絶対によいでしょう! マッサージが足りないと仰るのであれば、命じてくだされば私がしますから!」
「……いや、そうとも言い切れない」
「ど、どうしてですかっ?」
「風呂とはな、論理的に考えて思考の無駄になる場所なのだよ」
「思考の無駄……?」
「人々はいかにも簡単そうに『風呂に入る』と一言で言い表しているが、その実態はどうだ? 湯を沸かし、服を脱ぎ、全身を濡らし、石けんを泡立て、髪を洗い、体を洗い、時には湯に浸かり、全身を拭き、服を着る……これだけの工程があるんだぞ? その他、どこから洗うなどの選択肢まで発生してしまう……思考疲れの原因になるとは思わないか?」
「か、考えたこともなかったですが……」
「純粋に時間もかかるし、タイムパフォーマンスも良くない。だが、一方でこのジェリーワーム浴はどうだ……服を脱ぐ、ジェリーワーム浴する、服を着る、というたったの三つの工程じゃないか。なんと効率的だろうか」
「で、ですが、その末路があのような姿なのですよっ!?」
普段は従順をそのまま体現したかのような彼は、なおも床に投げ出されたままの格好で微動だにしない賢者を指さして言う。
「尊厳と多少の面倒は、天秤にかけるほどのことですかっ!?」
「フッ……ああ、そうだな。天秤にかけるまでもない」
そうだろう? と。
俺と同じ思考傾向にある研究者に視線をやれば、やはり彼女も当然と言わんばかりにコクリと頷き返してくれる。
「この程度の尊厳、いくらでもくれてやる。研究の時間が増えるのならな」
「わが君ぃっ!!!」
服を脱ぎ始めた俺を見て、ジラドの痛ましげな悲鳴が響き渡った。
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次のエピソードは「第244話 おッ、おぉぉぉ──ッ!」です。
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