第241話 仲良し大作戦~診察に至るために~
「わ、私の体の隅々を、診察……?」
モナルダは怯えたように後ずさりしてしまう。
相変わらずその体を寝そべらせながら。
……む、しまったな。警戒させてしまったか?
ラボ内の刺激的な論文を読ませてもらったせいか、知的好奇心が先行してしまったようだ。
どうしたものか……。
「ゴメンねモナっち、キウイっちが変なこと言って」
俺がどう言い繕おうかと思っていると、先んじて口を挟んできたのはオトガイ。
「あんま気にしないであげて? キウイっち、たまに変なスイッチ入っちゃうんだよね」
「は、はあ」
「きっとモナっちのこのラボが気に入ってテンション上がっちゃっただけだから」
「そう、なんですか……」
「それに、無理やり何かしてくるようなタイプでもないからさ。安心安心! あーしもついてるし、ねっ?」
「わ、わかりました……」
ポンポンと、オトガイがモナルダの背を叩く。
それに励まされたようにして、モナルダは少しホッとしたようにした。
……オトガイの絶妙なフォローにより、ドン引きされるには至らずに済んだようだ。助かった。
「キウイっち、それでさ、魔国とモナっちをどういう関係にしたいんだっけ?」
「ん? ……ああ。それについては確か、エメラルダ殿に詳しく書面へとまとめてもらっているものがある」
俺は懐にしまっていた正式な魔国の書状をモナルダへと渡した。
そこには、
・魔国とモナルダが互いに対等であること
・互いに敵対しないこと
・魔国を仮想敵国とする第三国への援助をしないこと
などを条件として友好関係を築きたい、という魔国からのメッセージがしたためられている。
モナルダはその文書に何度か目を通し、
「も、問題ありません……これに署名すればいいのでしょうか……? そうすれば、もう誰にも、メリッサにも関与されないということですよね……?」
「ああ。もちろん……ところで、やたらとメリッサのことを警戒しているようだが、いったい過去に何が?」
「………………言わなきゃ、ダメでしょうかぁ……」
「いや、問題ない」
質問しただけで、ドッと疲れたように地面に頬をつけるモナルダ。
その様はまるで溶けかけの氷か雪のようだ。
メリッサ本人によれば、モナルダのことを追いかけ回していたと話していたし、無理もないか。
「で、では、こちらサインしましたので……」
サラサラっと。
モナルダは蟲たちに運んできてもらったペンを握り、寝そべりながら書状へと自分の名前、そして赤のインクに浸した親指で拇印を押して、それを俺に返してくれる。
「ありがとう。確かに受け取らせてもらった」
これにて、俺の黒の森の出張……建前編は完了ということになる。
だが、まだまだ俺の目的は果たせていない。
俺にはエルフの身体構造を明らかにしなければいけないという大いなる使命があるのだから。
……とはいえ、問題がある。
「あ、あの、私の顔に何かついてますか……?」
ほら、コレだ。
俺はただエルフの肉体に興味があるゆえにモナルダの顔を凝視しているだけなのに、彼女はこうもオドオドとしてしまう。
この様子じゃ、俺が真正面から頼んだとて、きっとまた先ほどと同じような結果になってしまうに違いない。
「そ、そんなに見られると、落ち着かないのですが……」
葉の上から落ちた芋虫のごとく、モナルダは今なお居心地悪そうにその身をよじらせている。
……そうだ。神話級ダークヒールの論文に関して、より詳細な情報を提示する代わりに診察を受けてくれと打診してみるのはどうだろう?
「……うーむ」
いや、危ないぞ?
それは早計だ。
果たしてそんな条件付きの診察を、怪しみもせずに受けてくれるものだろうか?
余計に警戒するだけに終わるのでは?
「むぅ、困ったな……」
「あ、ああ、なぜ……困っているのは、私の方なのに……」
モジモジと、繭にこもろうとするかのごとく、どこからか蟲たちに運ばせてきた薄茶色のシーツをその身に被りつつあるモナルダ。
ああ、引っ込んでしまう。
早く手段を打たなくては……。
腕組みしつつ熟考していた俺の、その肩へとガシリ。
「キウイっち、ガン見し過ぎ」
赤色の腕を回してきたのはオトガイだった。
その顔を近づけてくると、そう耳打ちしてくる。
「いくら診察したいからってさぁ、がっつくのはよくないよ?」
「しかしだな……診察にはどうしたって本人の許可がいるもので……」
「でも無理に迫っても断られちゃうじゃん」
「ではどうすればいいというのだ?」
戦場であればケガ人はたやすく調達できる。
医院にいれば向こうから病人がやってくる。
だが、どこも悪くない者を相手に、どう診察を勧めたらいいというのだろう?
「そんなん──仲良くなっちゃえばイイんじゃね?」
オトガイは、当たり前とでも言うかのように俺の肩を叩いて言った。
「仲良くなって、まずはキウイっちの人となりをわかってもらわないことにはさぁ……そうそう自分の体を任せたりはできないっしょ?」
「まあ、確かにそうだが……人となり、か。どうやってわかってもらえばいい?」
「共通の話題とか趣味とか探してたらさ、自然と話も弾むじゃん? そんな会話の中で、その人がどういう話し方をするのかとか、何に夢中になるのかとか、そういった一つ一つを互いに知っていくことで、自然にわかり合えてくるものだと思うよ」
「なるほど……そういったモノか」
「そーゆーモンだよ」
パチンとウインクをしてオトガイが俺の背中を押してくる。
「そうと決まればレッツトーク! テーマは『二人が好きなモノ』ね! どーせ二人ともなんかの研究が大好きなんだろうけどっ!」
「「……研究が大好き???」」
俺とモナルダの声が重なった。
「いいや、それは違うぞオトガイくん。私の趣味は <知るということ>それ自体にある。なので得意とする診察やそれに伴う医療分野の研究『も』好きというのが正しいかな。社会や政治、物理や生物、天文学……非科学的現象にも興味は尽きないからね。ゆえに、研究を通じず、その分野の知識を読書や講演などの受動的な手段によって得ることも多いよ。まあ、そのために医療分野ほどは知識を深められてはいないけれども」
「べ、別に私は、研究そのものが好きなわけでは……。研究が目的となる研究に、形而上学的以外の意味があるとは思いませんので。研究とは、その結果を得るための手段に過ぎませんから……まあもっとも、一人で研究に没頭しているその時間を心地よく思うからには、研究それ自体を好きだと言うこともできるかもしれませんが、しかし、それでは <果てなき研究>の時間が好きかと問われると……」
「えぇ!? なんかすでにめちゃくちゃ息が合ってそう! 二人ともこれまでにないくらいの早口と長文なんですケドッ!?」
驚いたように俺とモナルダを交互に見やるオトガイ。
確かに、モナルダの発言は先ほどから何というか、非常に追求者に近い。
気は合いそうだ。
それと、今しがたサラリと、気にかかる発言が出たな?
「モナルダ、君は今 <果てなき研究>と言ったね? なんとも興味をそそられるワードだ。何か直近で果ての見えない研究でもしているのかね?」
「は、はい…… <生きながら不死に至る魔術>についての研究を、数百年少々……」
「おおっ! 不死っ!? それは実に面白い!」
「い、今は少し行き詰っていて……でも、」
モナルダが今にも頭まですっぽりと包み込もうとしていたシーツを少し下げる。
そしてその間から取り出したのは、俺の神話級ダークヒールに関する論文だ。
「こ、この理論のいくつかがカギになる気がしていまして……もう少しあなたに、聞いてみたい内容がチラホラと……」
「……なるほど。もちろん質疑は受け付けるとも。ただし、一つ条件がある」
「じょ、条件……? ま、まさか、また、体の隅々を診察──」
「私もその研究に混ぜてくれたまえ」
不死──それは歴史上、古今東西で数多の権力者がすがってきた魅惑の現象だ。
しかし、聖術でも魔術でも錬金術でも、これまで実現された例はない。
エルフや魔女などの長命種を除けば、死にながらに生きるアンデッドになる他なかった。
もはや昨今では一笑に伏される、神話かおとぎ話の中の出来事……
……それを、この黒の賢者は研究しているという。しかも、数百年も。
なんと素晴らしい。
だって、もはや誰も触れなくなって久しいその分野に、賢者の数百年分の知識が積み重なっているんだぞ?
まるで誰も手つかずなままの鉱山を目の前に置かれたようなワクワク感だ。
「共同研究をしないか、モナルダ」
「きょ、共同研究……!?」
「私からは神話級ダークヒールの技術を余すところなく提供しよう。その代わり、私は君が不死の研究で培った知識がほしい」
「で、でも……私は、研究を進めるにあたって、独自の魔術理論や魔力学を基礎に置いてるんです……あなたが、ついてこられるか……」
「問題ない。どれだけ時間がかかろうが、理解して追いつくとも。そうして二人で研究に取り掛かることができたなら、 <果て>も見えてくるかもしれないぞ?」
「……!」
「どうだね?」
いまだ横たわるモナルダへと、俺は手を差し伸べる。
モナルダは少し迷っていたようだったが、やがてその瞳に決意をたたえ、
「……よ、よろしく、お願いします」
そう言って、俺の手を取ってくれた。
その体をグッと引っ張って起きるのを助けつつ、
「私のことはキウイでいい。気兼ねなく呼び捨てにしてくれたまえよ。私もそうさせてもらっているからね」
「は、はい。キウイ……」
モナルダはオズオズと俺を見上げてそう答えると、
「こうして、人に触れてもらったのは……千年以上ぶり、です」
ようやくそのこわばった表情を、柔らかく綻ばせたのだった。
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次のエピソードは「第242話 わかり合ってしまう天才たち」です。
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