第239話 【Side:人形】激おこ賢者の完璧復讐プラン?
──ステテテテッ……ズチャアッ!
西方エルフ国家の西の果て。
その暗い森の中を一目散に走り抜けていた一体の人形──マロウが、木の根に足をとられて派手に転がった。
……くっ! マズい! このままではあのスケルトンに追いつかれて……!
急ぎ立ち上がりつつ後ろを振り返るマロウ。
しかしその視線の先に、今までマロウを追い続けていた黒いスケルトンの姿はなくなっていた。
……逃げ、切ったのか……?
実感もないままに、しかしマロウは堪え切れずその場に座り込んだ。
足の球体関節が悲鳴を上げている。
足先は石や硬い地面に削られて黒ずんで、先ほど転んだ拍子に衣装も泥まみれになっていた。
……クソ……クソクソクソッ!!!
なんでこの俺が、こんな目に!
と、声が張り上げられたのなら小一時間叫びまくり、腹立ちまぎれにこの森一帯を平地に変えていたところだろう。
しかし人形の体じゃ、そんな余力もない。
地団太を踏んでもマロウの体に伝わる感触は鈍く、まるで硬い木の棒で地面を殴りつけているような虚しさがあるだけだった。
……クソクソクソクソクソクソなんで俺がなんで俺がクソクソクソクソクソクソ……!
溜まる。
フラストレーションは溜まり続けていく。
発散する方法が、何もない。
……クソクソクソクソクソクソ誰が悪い誰が悪い誰が悪い……!?
そして削れていくのは、体だけではない。
精神もまた同じ。
いやむしろ、ストレス耐性がゼロな分、精神が摩耗する方が早かった。
……そうだ、アイツが悪い! アイツらが悪い……! 魔王ルマク、ウルクロウ、ダークヒーラー! アイツらだ! 全て、何もかも全部、アイツらが悪い……!
健常な思考はもはや、色濃い憤怒に塗り潰されて見る影もなかった。
そこへと、
「グルル……ナニモノダ……!」
唐突に響く、低い声。
茂みをかき分けるようにしてマロウのもとにやってきたのは、人語を操るクマ型モンスターの群れだった。
その数はおよそ十数頭。
「木ノバケモノカ……? フンッ」
マロウの姿を見て鼻を鳴らすのは、群れの先頭の一体。
周囲の仲間たちに比べて、ひと回り体の大きなボスらしきモンスターだ。
ボスモンスターは、その全長三メートルを優に超すだろうその巨体を揺らし、マロウの前で立ち上がる。
「今日ハ、変ナヤツ、イッパイダ……! ウゼェ……!」
そして、その鋼のように硬質で鋭い爪の生えた腕を、マロウ目がけて振るった。
が、しかし。
──ザシュッ!
ほんの一瞬の出来事だった。
そのボスモンスターの首と四肢が、鋭いギロチンを落とされたかのように一瞬で泣き別れになったのは。
……ああ。気が晴れん……!
マロウが、青い生命力の宿ったその人形の手を下から上へと振るう。
すると、放たれるのはワイヤーのように細く研ぎ澄まされた生命力による斬撃。
ボスモンスターの体はさらに縦に両断された。
……ああ、こんなもんじゃ何も満たされない。もっと八つ裂きにしたい。もっと平伏させたい。俺にこんな惨めさを味わわせてくれたヤツらを、苦しみ悶えさせて、生まれたことを後悔させてやりたい!
激情を宿す人形の目が向けられて、モンスターの群れがゾッと震えあがる。
そしてとっさに踵を返そうとした。
だが、マロウはそれを許さない。
──神術・取り憑き。
人形の指から放たれたのは、いくつもの光の粒。
それがモンスターたちに触れるやいなや、
「グッ──グルォォォォ──ッ!?」
大きな悲鳴が上がった。
モンスターたちをそれぞれ包み込んでいるのは大きな光の柱だ。
……ひれ伏せ、愚物ども。
マロウの取り憑きは、相手の思考力が単純なほどにその効力を発揮する。
たとえばそれは、マロウが一からその精神を漂白して育て上げた依り代となるエルフたちや、大きな恐怖や混乱に直面する者たち、あるいは物理的に意識を失った者たちなどである。
ボスを一瞬で屠られて恐慌状態に陥っていたクマ型モンスターたちは、その点であまりにも憑依がしやすかった。
とはいえ、全員にマロウの人格を与えることはできない。
技術的な限界はもちろん、今はそのマロウの人形に宿している生命力も足りなかった。
ゆえに、憑依させるのは人格ではない。
「グルルルル……」
光の柱が消え、そしてモンスターたちの目に宿ったのは知性ではなく……激情。
マロウが憑依させたのは、自らの胸の内で真っ赤に燃え上がる憤怒の感情だった。
「「「グルォォォォォ──ッ!」」」
モンスターたちはマロウの圧倒的な憤怒の感情に支配され、そのあまりの強さに雄叫びを上げ続けた。
明瞭な怒りのイメージが、モンスターたちの脳に走り続ける。
魔王ルマク、ウルクロウ、そしてダークヒーラー……。
「「「グルォグルォォォォ──ッ!」」」
復讐すべき対象の映像に、苦しげに呻くモンスターたち。
その目は血走って、その他の考えなどはもはや微塵も感じさせない。
……ヤツらを殺し尽くす。そのために、すべきことをせよ!
そのマロウの思考は、声に出さずともモンスターたちに伝播した。
すると、今度は軍隊のように規律のある呼応の雄叫びが返ってくる。
もはやモンスターたちに自己同一性はない。
彼らはマロウの憤怒に忠実な、復讐の <代行者>と化したのだ。
……さあおまえたち、黒の森を蹂躙しに行け! 事態の対応のためにモナルダが姿を見せたなら、その時がヤツの最期だ!
「「「グルォォォォォ──ッ!」」」
マロウの思考に呼応し、代行者たちが動き始める。
憤怒一色の行動原理をもってして。
──そう、憤怒一色なのである。
代行者たちはマロウの憤怒しか持たない。
ただでさえそんな状況なのに……もしも。
これはもしもの話ではあるのだが。
──仮にその怨敵の一人だけでも、今のマロウや代行者たちの目の前に現れたらどうなるか?
おそらく、その炎はまたたく間にあらゆる本能や論理的思考を燃やし尽くすだろう。
本来の目的も、マロウからの指示も忘れ、彼らはただ怨敵を屠るための殺戮人形と化すに違いない。
しかし、
……待っていろ、モナルダァ……!
そんなリスクを見出せるような思考力が、今の精神状態のマロウにあるはずもなく。
……その希少な体は、この俺、マロウにこそ相応しい……!
謎の黒いスケルトンという、魔国を示唆するコンテクスト。
それをまるで読まず考えずに踏み倒し、マロウは怒りに任せて歩き出した。
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