第238話 自分の足で歩いたら負けかなと思っている
黒の賢者モナルダ。
彼女の向けるその指先から放出される灰色の魔力に、訳も分からずゾッとする。
恐らくそれがモナルダの持つ神術── <絶対死の魔術>なのだろう。
「ああ、わかった。これ以上近づくのはよそう。だから君もその指を下げたまえ」
「……」
俺の言葉に、しかしモナルダはオドオドとした様子のまま警戒を解こうとはしない。
「わが君、私の後ろへ」
「キウイっち、ちょい下がってて」
ズイッと。
ジラドが俺の腕を引っ張ると、オトガイと共に前に出る。
「へ、変な人が、増えた……!?」
俺たち三人を見渡してアワアワとするモナルダ。
そこへとさらに追い打ちのように、
──ズシンズシンズシン!
その幅広の肩で風を切るようにして前進するのは、ボグ・チェルノ。
その目がとらえているのはモナルダの指先に灯る魔術の光だ。
……あ、マズい。
そう思うヒマもなく、ボグは俺が踏み越えてはならないと悟ったラインを容易く踏破して、モナルダへと迫り行く。
「え、えぇ~! こ、殺します!」
灰色の魔力が、その指先から放たれてボグを包み込む。
さながら煙幕に巻かれるようだった。
しかし、
「ズゴゴゴゴ」
ボグの周りに満ちていた灰色の魔力はその口元へと吸引される。
それはまるで、栓を抜かれた浴槽のごとく。
「えっ、えぇっ? 効かないっ!?」
「ズゴゴゴ!」
「ひぃっ、こっち、来ないで……!」
モナルダが続けて指を振るう。
すると、
──ザザザッ。
それに応じたように黒の森全体が脈動した。
木々の枝葉、幹、地面。
至る所で蠢いていた黒いワームたちが這い寄り、ボグ・チェルノの足元から胴体に向けてまとわりつき始め、その動きを止めた。
……ヨシ。ボグの暴走を収めるチャンスだ。
「ボグ殿! こちらに来なさい!」
俺は右手を掲げると、ボグ寄せ魔術を発動。
ブルーチーズのチーズと青カビの割合を反転させた物質を煮立たせ、さらに腐敗を推し進めたかのごときビリジアンな魔力をその手に宿した。
「ズゴッ……」
ボグの、モナルダに向けての前進が止まる。
その顔をズゴゴと俺へと向けた。
どうやらその興味が俺へと移ったようだ。
そして、ついでに。
「なっ、なんて気色の悪い魔力……何をどうしたらそんな魔術になるんですっ……?」
モナルダもまたその目を丸くして、まじまじと俺の魔術を観察していた。
どうやら論文だけではなく、こちらのエサにもかかってくれたらしいね?
「これについても説明しよう。だからいったん、落ち着いてこちらの話に耳を傾けてくれると助かるのだが」
俺の言葉に、モナルダはキョトンとした表情のまま、コクリと一つ頷きを返した。
* * *
「──えっと、それでは……この論文の著者が、あなた?」
「そう。私、キウイ・アラヤだ」
「この、神話級ダークヒールの発動者も?」
「そうとも」
「わあ……!」
モナルダは感激でもするかのように両手の指を組んで、その表情を明るくする。
俺たちによる諸々の説明──魔国と西方エルフ国家の戦争の結果と、俺たちがモナルダと友好を結びにきた魔国からの使者であることについては、意外にもスンナリと信じてもらえた。
なんでも、
『あのメリッサが、そうすんなりと誰かを、それも魔力を持つ者を私に接触させるわけがないと思っていましたので……』
とのことだった。
どうやらモナルダの中でメリッサは大層信頼されていたらしい。
悪い方の意味で。
「そ、それにしても、素晴らしい論文でした……実験後の後遺症のレポート、魂の在処についての考察レポートも気になるところです……」
「賢者のお墨付きをもらえるとは光栄だ」
「い、いえ、賢者だなんて……私は、他の賢者のメリッサやらマロウやらに執着されていたから、オマケでそう呼ばれていただけで……実際は名前負けも甚だしいんです……」
モナルダは大きくため息を一つ。
「私なんて、生者相手に特化した私の絶対死の神術を除けば、他に彼らに対抗する術もない弱者ですから……」
「ふむ? メリッサから執着されていたとは聞いていたが、マロウからもだったのか」
東の賢者マロウ。
かつての西方エルフ国家をまとめ上げていた賢者であり、あの魔王ルマクをして万全以上を期さねばならなかった、恐らくはこの世で最強の聖術使いだったエルフだ。
「……はい。彼、マロウは、昔からヘイラグルエルフに対して並々ならぬ執念を燃やしていましたから。そのせいでしょう」
「ヘイラグルエルフ?」
初めて聞くその単語に首を傾げていると、モナルダは再び大きなため息。
もしや、あまりの無知に呆れられたのだろうか?
なんて思ったのだが、どうやら違うようだ。
「数百年ぶりに蟲ちゃんたち以外と、一方通行的ではない対話をしたからか……少し疲れました……」
モナルダはグッタリとしたように地面に横たわると、そのままの姿勢でヒスイの目だけをこちらへと向けて、
「……あの、よかったらラボへ、どうぞ。そこでなら、気兼ねなく寝そべりながらお話できるので」
「ラボ? もしや、この黒の森の中にあるのか?」
「ええ。ご興味あります?」
「ある!」
「では、どうぞ」
モナルダの体が動く。
モナルダが自分で動いているわけではない。
彼女が横たわるその地面──黒い蟲たちが波打って、彼女の体を黒の森の奥へと運んで行くのだ。
「もしや、歩けないのか?」
「ち、違います……歩かないのです」
そこが大事な部分だと強調するように、モナルダは言う。
「エネルギーは、有限です。ならば、有効活用されるべきです。私は思考力に特化したエルフなのですから、エネルギーはそのために使わないと」
「なるほど」
「じ、自分の足で歩いたら負けかな、と思ってます」
どうやら譲れない信念があるらしい。
まったくもって変わり者だな。
追求者というのはどのような分野であれ、その分野で優秀なほど変人に傾倒すると相場が決まっているものだが、ここまで極端な例はなかなか見ない。
つまり、モナルダは相当に優秀な魔術研究者というわけだ。
……実に面白いじゃないか。
俺は黒の森の奥へと運ばれていくモナルダの後を追い、歩き出──
「む?」
──歩き出そうとして、しかし。
足元、黒の森の地面を埋め尽くす蟲らを見て首を傾げる。
「私はどこを踏んで歩けばいいのだ……?」
後ろでは「ここを進めってっ!? ムリムリムリィッ!」と叫ぶオトガイの悲鳴が聞こえた。
今年は本作をお読みいただきありがとうございました。
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次のエピソードは「第239話 【Side:人形】激おこ賢者の完璧復讐プラン?」です。
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