第236話 キウイの考える最強のトラップ
ズシンズシンズシンと。
ボグを先頭とし、黒の森を進む俺たちの道を阻む者はいない。
道中ではたびたびモンスターたちと遭遇もしたが……まるで問題にはならなかった。
──ガサッ!
またもや、エモノを待ち伏せしていたのだろうモンスターたちが、樹上から飛び降りてきて強襲を仕掛けてくる。
だが、それに対してそもそも『驚く』という感情を持たないボグ・チェルノは揺らがない。
ブオンッ、と。
機械的なまでに的確に、手にするその大剣を横なぎにする。
その大きな動作をモンスターたちは颯爽と避けた。
そのはずだったが、しかし。
「グギャッ……!?」
短いその悲鳴と共に、モンスターたちは苦しみもがいて地に落ちる。
あまりにも不自然な光景だった。
まるで、大剣によって目に見えない魂を斬りつけられたかのようだ。
まあ、もちろんその実態としては『ボグの能力によってまき散らされたシアン化水素をモンスターたちが吸い込んだ』ことによる、化学的に当然な現象が起こっただけのことなのだが。
「ズゴゴゴゴ……!」
白目を剥いて酸欠に喘ぎ死んでいくそのモンスターたちの中央で、ボグはただ一人、生命力を吸い尽くしていた。
「なんとも、惚れ惚れする初見殺しだな」
直接的な攻撃が当たろうが当たるまいが関係ないのだ。
相手がする呼吸、それが勝手に相手に対して牙を剥いてくれるから。
しかも、一撃必殺である。
それゆえにボグと対峙した者はこれまで全て死に至り、その手の内が暴かれることはなかった。
あまりにも完璧すぎる。
数百年も昔から現在に至るまで、彼が伝説であり続ける理由もわかるというものだ。
「いやぁ~、マジで命拾いだったねぇ、あーし」
オトガイは俺の隣で腕を組みつつ、ボグを見る。
「もしさっき殴り掛かってたときに反撃されてたら……あーし死んでたよねぇ?」
「命に関わってはいただろうな」
とはいえ、俺もボグの能力に対して無策のまま来たわけではない。
初期の中毒症状くらいであれば治せるように、ダークヒールの理論を組んできてはいる。
もっとも、まだ生体での試験はできていないのだが。
「まあ、むやみに戦闘中のボグ殿には近寄らないことだ」
「息したら勝てないんだもんねぇ。どーやったら勝てるかなぁ……?」
「いや……なぜ戦う前提なのだね? 味方だぞ?」
もしや俺のダークヒールの実験体に立候補してるわけではあるまいな?
それならば……うん。
いちおう歓迎はするけれども。
「まー戦うつもりはないんだけどさ。クセ? みたいな?」
オトガイは舌を出しつつ笑って言う。
「ついつい妄想しちゃわない? 『もしもあの人が敵に回ったら』みたいなシチュ」
「ふむ?」
「えっ? しないっ? あーしは結構するけどなぁ。例えば『パパが突然誰かに操られてあーしに攻撃してきたら、どうしよう』とかさ」
「……ああ、そういう妄想か」
「するっしょ? もしパパが相手だったらねぇ……きっとパパはクセで最初は絶対大振りのフックをしてくるからぁ、それをサッと屈んで避けて、その後に全力の肘でアゴを打ち上げて、間髪入れずに棍棒で頭をグシャリッ! って感じかなぁ」
「グシャリ、って……それアギト殿死んでないか……?」
「死なない死なない! そんくらいじゃ全然死なないって! パパマジ不死身だし。だから妄想の中でもいつも倒せなくてガチ困るー」
ケラケラと笑いつつ話すオトガイ。
まあ、妄想の方向性はともかくとして、そういうあり得ない仮定をしてしまう心理はわかる。
俺も王都にいた頃はモンスターや魔族の生態に関する本を片手に、王都ではとうてい出会えるハズもないだろう彼らの脳内仮想診療をして楽しんでいたものだ。
「──わが君、前方に何やら不審な気配が」
「む?」
オトガイと話しつつ森を進んでいると、ジラドがそう耳打ちをしてきた。
「無数の蛆虫が寄り集まって蠢いているかのような魔力を感じます。もしかすると……」
「黒の森か」
コクリと。
ジラドは無言で頷いた。
俺はボグのことをダークヒールの魔力で引き寄せると、口を閉ざし、極力気配を消して歩き始める。
そしてそこから数百メートルほど先に、その場所はあった。
「な、なにこれ……」
思わず、といったふうにオトガイが言葉を漏らした。
俺たちの目の前に広がるのは、まるで木炭を集めて作られたかのような森──まさに、黒の森。
それは風が吹いているわけでもないのに、独りでにザワザワとさざめいていた。
近くに寄って、その理由がわかった。
──黒い、無数の、蟲。
その森の土を、木々を。
無数の黒い線虫が覆い尽くし、這いずり回っているのだ。
「ほう……実に興味深いね」
黒の森の端から、俺は一匹掬い上げてみる。
すると、俺の手のひらの上でソレは、土の中から掘り返されたミミズのようにのたうち回った。
ちょっとくすぐったい。
「ヒィッ……! ムリッ! ムリムリムリィッ! 生理的にムリィッ!」
後ろから、オトガイの悲鳴にも似たか細い声。
「キウイっち何平気な顔で触ってんの!?」
「案ずるな。害はないようだ」
「そういう問題じゃないってぇッ!」
ふむ。
虫が苦手なのだろうか?
よくここまで森を歩いて来られたものだ。
まあ、そんなことはどうだっていい。
「とりあえず診察だ」
俺はその黒い虫の生態を調べてみる……
……ホウ。
「生きていない。死んでいるのか」
つまり、アンデッドだ。
ということはもしかすると、この森を覆うすべての虫がそうなのかもしれない。
これもモナルダによる仕掛けなのだろうか?
早く本人に会って聞いてみたいものだ。
「ヨシ。それではさっそく、黒の賢者モナルダを呼び寄せることにしようか」
「どのような手段を用いるのですか?」
「フッ、これだよ」
俺は懐に大事にしまっていたその秘密兵器を取り出した。
それを見たジラドはその首を傾げる。
「……紙の束……?」
「よく見たまえ。ただの紙ではないとも」
先頭の一ページ目、そこに書いてあるタイトルを見せると、ジラドは目を丸くする。
「『ダークヒールによる蘇生術』──これはまさか、神話級ダークヒールについての論文ですかっ!?」
「ああ。そうだとも。そして私はこの論文を──こうしてしまう」
俺はそっと、その論文を黒の森の地面へと置いた。
そう。
これこそが俺の勝算。
「こんな面白い論文が落ちていたら……読みたくないワケがない! モナルダは自然とここに引き寄せられてくるはずだ!」
俺だったら絶対読みに来る。
だって、謎の文章が羅列された紙だぞ?
気にならないわけがない。
その中身が論理的なものだとわかったらなおのことだろう。
……さあ、後はこのエサにエモノがかかるのを待つだけだ!
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次のエピソードは「第237話 そういう生き物だから」です。
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