第233話 屈辱は忘れていないぞ、ダークヒーラー!
──ヘイラグルエルフ、という概念がある。
それは聖と魔、二つの力を一つの体に宿すエルフのこと。
とはいえそれはあくまで神話上の話であり、実現は不可能……エルフの誰もがそう考えていた。
が、しかし。
『いいや、可能だ』
ある一人の男のエルフだけは違った。
『聖力と魔力……その二つを同時に体に宿したらいいのだろう? ならば憑依させればいいではないか。この俺の人格と聖力を、聖の位相を持ちながら魔力を宿す異常個体の体へとな』
そして、その男はその理想の実現のために動き出した。
約数千年も前の話である。
彼の聖術はそのためだけに研ぎ澄まされ、そしてとうとう賢者と呼ばれるまでに至った。
そして、現在。
……ああ、腹立たしい。ヘイラグルエルフ化計画が千年単位で後ろにズレこんだ!
西方エルフ国家の西の果て、黒の森の近辺にて。
木の根元に体を預けて胸の内でその怒りを嚙み殺していたのは、とある一つの人形だった。
面長なエルフを模したその人形は、世界樹を削ってできたモノ。
表情が変わることもなければ、声を発することもない。
だが、その内に宿す多大な生命力は、感情によって波を打つかのように揺れ動く。
……もしあの戦争に勝っていれば。もしあの魔国領土ウェストウッドを勝ち取れていたならば! 今ごろ俺は位相違いの異常個体の量産に励めていたものをっ!
当然ながら、人形に心や感情だなんて宿りはしない。
つまり、その人形に宿っているのはある一人の男の人格そのものだった。
……この屈辱は決して忘れんぞ、魔国オゥグロンッ! いずれヘイラグルエルフに至るこの俺──マロウが、根こそぎ滅ぼしてくれる……!
その正体は東の賢者マロウ。
かつてのウェストウッドでの戦いにおいて魔王ルマクに敗れたその男は、生きていた。
──いや、生きていたと言えば語弊がある。
あの地でマロウ自身は死んだのだ。
間違いない。
魔王ルマクの電撃により、塵一つ残すことなくこの世から姿を消した。
だから、ここに存在するのはあくまでバックアップ。
それは『億が一にもあり得ない話ではあるが、それでも仮に、マロウが他のエルフに憑依する間もなく死を迎えてしまう最悪の事態に備えるべきではないか?』という元部下の問題提起を受け、念のために一体だけ用意しておいた『一時的に記憶と人格を移行できる人形』だ。
(※もちろん、そんな不敬な問題提起をする部下はその後すぐに処刑した)
その備えが今、活きていた。
……はぁ? 『活きていた』だと? ふざけるな。何が『活きていた』だ!
思い返すのも不快な過去に、マロウは舌打ちをしたい気持ちだった。
だが、この体では舌打ちもできなければ、叫ぶこともできなければ、何かを食べることも、寝ることも叶わない。
それだから、なおのこと不快なのだ。
……この俺をこんな檻のような体に閉じ込めるとは、クソめがっ!
しかも、この世界樹でできた体の位相は中庸。
ゆえに聖力を生み出すことはできない。
ゆえに聖術を使うことはできず、神術として極めている〈取り憑き〉以外にまともに使える術式はない。
そんなの、檻の中でさらに手枷足枷をはめられているようなものだ。
だが、そんな中でも不幸中の幸いはあった。
……黒の賢者モナルダ。この機にヤツの体をいただく!
マロウは急ぐ。
西方エルフ国家の西の果てにある、黒の森へと。
理由は簡単。
今のマロウの木の体は生きている範疇にない。
不幸中の幸いにも、モナルダの持つ <絶対死の神術>の効き目がなく、黒の森に気配を探知されることもないのだ。
だからこそ、今ならば不意を打つことができる。そうすればこれまでは容易には手出しのできなかったモナルダの体を手に入れることができるのだ。
……モナルダの体を手に入れたら、覚えていろよ魔国のカス共め!
マロウはニヤリと、内心でほくそ笑んだ。
受けた屈辱は片時も忘れてはいない。
卑怯にもこちらを消耗させてから戦いを挑んできた魔王ルマク。
その消耗のために散々挑発を繰り返してきたウルクロウ。
そして、何よりも。
……何の力も持たない最弱種族のクセに、散々この俺のことを嘲り尽くしてくれた、あのクソッタレなダークヒーラー!
必ず億倍返しにしてやる。
腸が煮えくり返るほどの憎悪を糧にして、マロウは再び歩き出す。
世界樹からここまでおよそ数百キロに渡る道のりを歩いた木の足は、すでに削れ初めていた。
一時しのぎのこの体に限界が来るのも近い。
その前に、何としてでもモナルダの体を──
──ガサリ。
背後で、茂みをかき分ける物音がする。
……なんだ? 獣か?
万が一に備えて攻撃用の生命力を右手に蓄えつつ、マロウは後ろを振り返った。
そこにいたのは、
「ズゴゴゴゴッ」
物々しい装備に身を包んだ戦士。
その甲冑の内側に肌や肉はない。
それは、まるで死を体現したかのような黒いスケルトンだった。
……な、なんだ……?
あぜんとする他ないマロウの目の前でそのスケルトンは、
「ズゴゴゴゴッ」
その手で森で捕まえたのだろうモンスターを捻り殺しながら、生命力を吸い取っている。
そして、そうしながらも、そのドクロの目はマロウにくぎ付けになっていた。
……いや、少し違う。
正しくは、マロウが手に宿していた莫大な生命力に、だ。
マロウは慌ててその生命力を引っ込めた。
が、しかし。
時すでに遅し。
──ポイッ。
スケルトンは生命力を吸い尽くしたモンスターを放り捨てると、
──ズシンッズシンッズシンッ!
一目散。
大きく腕を振り、マロウ目掛けて走り出す。
……なっ、なんだコイツゥ──ッ!?
マロウもまた、とっさに駆け出した。
本能が逃げろと体に命じていた。
おそらくだが、捕まったら……それが最期。
しかしそれにしても意味がわからない。
なぜ、こんなところでスケルトンに追われなくてはならないのか。
……もしかして、見間違えではないか?
マロウは駆けつつも、冷静を取り戻そうとする。
度重なるストレスと精神的疲労により、ありもしない幻覚が視えている可能性……
……大いにあり得る。
マロウは後ろを振り返ってみることにした。
──ズシンズシンズシンッ!
死は、間違いなくマロウの背を追いかけてやってくる。
すべて現実だった。
……どうして俺がこんな目にぃぃぃっ!?
悲鳴にならないその悲鳴は、胸の内に木霊のようにして鳴り響いた。
助けは来ない。
深い森の中、マロウは黒の森への道筋も外れて駆けていく。
耐用年数低めのその世界樹の体を酷使して。
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次のエピソードは「第234話 ボグ寄せ魔術のせいでなんか色々集まってきた」です。
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