第231話 好奇心ネコを殺すと言うが好奇心もネコも悪くないと思う
──ズシンズシンズシンッ!
ボグ・チェルノの猛進は止まらない。
そのドクロの目を俺の右手──様々な術式を組み合わせたせいで深緑色に濁った魔力へと釘づけにして、大きく手を振り駆けてくる。
思わず俺はそれから逃げようと走り出したわけだが……。
「わが君、キウイ様。どうか落ち着いてくださいませ」
俺の影からニュッと飛び出してきたのは、黒いフードマントに身を包んだジラド。
「その魔術を消してしまえば、かの骨の者も止まるのではっ?」
「フッ。それを考え付かない私とでも思ったかね?」
俺は右手の気色悪い混合術式を見つつ、
「消し方がわからんのだよ。だってこれがなんの魔術なのか、私にすらわからんのだから」
「な、なんですと……!? よくもそんな危ないことをなさるっ!」
せめて時間をかければ消せると思うのだが。
残念ながらそんなヒマはない。
なにせ、そうこう話している内にもボグ・チェルノが俺へと迫りきているのだ。
いや、それどころか、
──ボワッ! と。
ボグ・チェルノは全身へ薄い炎をまとい始めていた。
「なんだそれはっ!?!?!?」
思わず叫ぶ。
だって、そんな情報はエメラルダからもらっていない。
ボグ・チェルノって……燃えるのかっ?
──ズシンズシンズシンッ!
赤紫色の炎だった。
本人はそれをいたって気にした様子も無く走り続けてやってくる。
「あれに捕まったら焼け死んでしまうっ!」
「わが君、わが影の中へとご退避を!」
トプンッ、と。
ジラドが俺の手を引いて、影の中へと引きずり込んでくれた。
目標を見失ったボグ・チェルノは次第に走る速度を緩め、そして完全停止。
──メラメラメラ。
その体はいまだ、燃えている。
「何なのでしょうね、あの炎は……? まさか、キウイ様に攻撃をしようと……?」
「いや、エメラルダ殿の情報によれば、敵と味方の区別はついているハズだ」
それに俺がやったことといえば、ボグ・チェルノの好みであろう新しい魔術を目の前にぶら下げただけなのだ。
歓迎されこそすれ、襲われるようなことではない。
……となれば、別の要因があるはずだ。
「キウイ様、ボグ・チェルノの炎が止んだようです」
「む、そうか……」
俺は思案を巡らせつつ、いまだ自身の右手に宿っていた気色悪い魔術を何とか消し去った。
この術式のことは、とりあえず <ボグ寄せ魔術>と呼称することにしよう。
「では、いったん影の外に出てみよう」
「ハッ。お気をつけください」
ジラドの心配の声を背中に受けつつも、俺は影の中から出た。
ボグはこちらに一瞥もくれはしない。
やはり、目当ては俺自身ではなく、完全に魔力だったようだ。
「であればやはり、先ほどの行動はあの魔力を欲するゆえか」
ならば問題はない。
俺はボグ・チェルノのすぐ側まで近づくと、再びボグ寄せ魔術を発動する。
すると、
「ズンゴゴゴゴゴ……!」
各関節に火花を散らす勢いでこちらを振り向いたボグは、ご飯を待ちわびたペットの犬のように俺の手へと吸い付いた。
「……ダークヒールは吸いたくならないか?」
俺はそう問いかけつつ、もう片方の手で万能型ダークヒールを発動してみる。
しかしボグは目もくれない。
どうやら、ボグ寄せ魔術の効果は絶大のようだった。
「……フム。これなら黒の森でも、ボグ殿の操作はなんとかなりそうだな」
西方エルフ国家との戦争や王国との戦争でのボグの扱いは、まるで魚を誘導するようなものだったらしい。
ボグのことを魔力で釣って戦場という名の生簀へと入れる。やることといえばそれだけだ。
後はボグが、ひたすら敵の生者を求めて暴れ回る。生物が死ぬ間際に発する微量な生命力を求めて虐殺するのだ。
だが今回、普通の魔力とダークヒール、そしてボグ寄せ魔術の間にもそれぞれ優先順位があることがわかった。
簡単に示せば、
ボグ寄せ魔術
〉ダークヒール
〉普通の魔力
〉敵の生命力
の順でボグ・チェルノは興味を示す。
これらを状況に応じて使い分け、魔の言弾などで飛ばしてやることで、こちらの思い通りの方向へとボグを歩かせること、そして自分の元へと呼び戻すことが可能になるはずだ。
「さて……それはそれとして、だ。ようやく診察もできるね?」
相変わらずズゴゴとボグ寄せ魔術が吸われる中、俺は手早く診察用ダークヒールをボグの体へと流し込み始める。
そしてその骨の体をくまなく調べ上げていき……。
「……そういうことだったのか」
たった数分で、完全に理解してしまった。
その体の性質を通じて、ボグ・チェルノの力の本質が。
彼が人類国家において『南より来たる死神』と語り継がれていた理由も、魔国や西方エルフ国家において比類なき実力者として君臨し続けた理由も、その体から炎が生じる理由も。
「……わが君? いったい、ボグ殿の診察から何がわかったので?」
「ボグ殿が引き起こす死の理由がわかった。ガスだ」
「……ガス?」
「うむ」
俺はダークヒールの診察をやめ、手で扇ぐようにしながらボグ・チェルノのニオイを嗅ぐ。
クンクンクン。
ほのかなアーモンド臭。
そして、ボグの被害にあったであろう遺体の様子を思い返してみる。
確か、顔色は紫がかっていたはず。
「うん。やっぱりシアン化合物だな。しかし地表近くに滞留する様子はなかった。軽い気体であることを鑑みるならば、シアン化水素だろう」
「しあんかすいそ……? それはいったい……」
「濃度によっては一呼吸で人を殺せる有毒ガスだよ」
「わが君ぃっ!」
ジラドがグイッと。
俺の体を抱えたかと思うとボグから距離を取る。
「ご乱心はおやめください!」
「はて?」
「有毒ガスを嗅ぐなんてっ!」
「いやいや、さすがに大丈夫だよ。これまでもボグ殿の近くに立っていたことはあったんだから。濃度的に問題ない……ハズ」
「『ハズ』とは……」
ジラドは深いため息を吐きつつ、
「好奇心ネコを殺すという言葉がございます。憶測で命を懸けるのはおやめください」
「好奇心もネコも飼いならせるものではないさ。この世界が刺激的すぎるのが悪いのだ」
俺はジラドから降りると、再びボグのもとへ。
当然ではあるが、やはり近くに立っても目まいなどの症状は現れなかった。
「ボグ殿はね、骨髄内を走る魔力回路でシアン化水素を生成し、高濃度で周囲一帯へと広めることができるようだよ」
それは一種の絶対死の空間。
まだシアン化合物なんて概念もない間は、そこに足を踏み入れた者がパタリパタリと倒れて死んでいくのだから、呪いや急性の伝染病なのではと恐れて当然だろう。
「ちなみにこのガスは可燃性でもある。先ほどボグ殿の体が燃えたのは、突然激しく動いたことによって起こった骨と骨の摩擦による引火現象に違いないだろうね」
「なるほど……それで先ほどは燃えていたのですか」
俺は頷きつつ、
「正体がわかってしまえばどうということもないな」
今度、防毒マスクを作ろうと決意する。
王国ではすでに青酸ガスという概念があり、それを防ぐ手立てもあるはず。
その技術力があれば実現可能だろう。
さっそくシュワイゼンに手配するように指示書を出しておかなければ。
「しかし、そうか。今の人間の知識であればこれほどまでに解明も対応も簡単、か」
それは少々懸念すべき点でもある。
もしも帝国や第三国が、ボグのこの力による被害者の遺体を回収していた場合……やはり早々にシアン化合物による中毒死という結論に至るだろう。
すると、ボグ・チェルノに対する底知れなさや恐怖心も薄れることになる。
……こうして人類がいつか、魔国幹部の一人一人を攻略できてしまう日が来るのだとしたら、それがきっと魔国が人類に敗北する日なのだろう。
そんなXデーを迎えないためにも。
魔国はより長所である魔術・聖術という神秘を磨く必要がある。
ゆえに──やはり俺がこれから向かうべき場所は黒の森。
そこにいるというダークエルフを隅々まで診察し、エルフの生体への理解を深めるのだ!
「フフフ……腕が鳴るではないか。そうだろう? ボグ殿」
「ズンゴゴゴゴゴ……」
ボグは俺の問いかけに頷くでもなく、ただただ魔力を吸い取っていた。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第232話 まともなヤツがいない!」です。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
と思ったら
この画面の下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
次回は12/19更新予定です。
よろしくお願いいたします!




