第222話 魔王代理エメラルダの胃痛
「──極秘事項よ。陛下が、東の隣国である <巨人の国>へと出張することになったの……」
人払いのされた診察室にて。
開口一番、エメラルダは大きなため息交じりにそう言った。
「出張ですか? 巨人の国とは言いますが……あそこは国なのですか?」
東の地、広大で厳しい渓谷の大地に住まうのは山巨人と呼ばれる種族の巨人たち。
魔国で暮らす巨人種とは違って、その体は文字通り山のようで、およそ四階から五階建ての建物に匹敵するほどの大きさを誇る。
彼らの生態はよくわかってはいないが、その東の渓谷から出ることは稀であり、巨大モンスターたちを狩猟することで暮らしている……という情報だけは俺も知っていた。
「まあ確かに、一般的な国の概念とは異なるかもしれないわ。普段は色んな部族に分かれて自治されているようだし……でもいちおう、王が治めている場所ではあるの。私たち魔国とはずいぶん前に不戦の誓いを立てているわ」
「そうだったのですね。それで、どうしてそこへ?」
「今回の魔国と人類国家との争いに関与しないよう、念押しに行くんだそうよ」
エメラルダの話によれば山巨人たちは『力こそ全て』という考えを持っている種族。
人間たちの交渉如何によっては、そちらへと力を貸してしまうこともあるかもしれないのだとか。
「本当は私かヒヒ爺が行ければよかったんだけどね」
エメラルダは苦笑いする。
「山巨人の王はプライドが高いの。陛下自らが赴かなければ話も聞いてはくれないから、仕方なくね」
「陛下は大丈夫なのですか? まだ力も万全ではないでしょう?」
「そこは問題ないわ。ガン・ケンと飛龍部隊がついているから……そう、ソチラは問題ないのよ。問題なのは、私の方……」
そう言って、再びの深いため息。
「ひとまず王国とも終戦して業務がグッと楽になったとはいえ……魔王代理なんてっ、とうてい私にはこなせないわよっ」
「はあ」
「どうしましょう? ねぇキウイ? あなたが魔王代理にならないっ!?」
「いや、それは普通にダメでは?」
だって俺、人間だし。
まあ、もしかしたら魔王になるのに『魔族のみ』だなんて資格はないのかもしれないけど……それにしたって嫌である。
一介のダークヒーラーとして生きる理想の暮らしからどんどんと離れてしまうではないか。
「うぅ……なら、私がやるしかないの? 魔王代理なんて、私にできるのかしら……」
唇を噛みしめてうつむいてしまうエメラルダ。
そんなに魔王代理って難しいことなのだろうか?
というか、そもそもの話なんだけれども、
「魔王って、普段どういった公務があるのですか?」
俺の知ってる魔王ルマクは、魔王城から動いている気配はなかった。
それは書類仕事が主だからかとも思っていたが、それらは普段ほとんどエメラルダが片付けているようだったし、となると魔王の役割は? と少し疑問に思う。
「政策の最終決定者ということもあるけれど、やはり一番は……貴族派の魔族たちへとにらみを利かせることにあるかしら」
「貴族……」
「ええ。その筆頭が魔国北部エヴァーフロストを治める <北の魔女>ディーナ。かつての魔国統一戦争において、魔女の大群を率いて陛下に対峙した忌々しき相手よ」
北の魔女……どこかで聞いた二つ名だと思い、ハッとする。
確か、この地にシェスがやってきた理由が、その北の魔女の討伐のためだったはずではなかっただろうか?
「最終的には陛下が勝利を収めたけど、ディーナの魔国北部への影響力は計り知れず……今の魔国においてもエヴァーフロストの自治は彼女に許されているわ」
「強大な魔女のようですな」
「ええ、そうよ。力も性根もその頃から全く変わっていない大悪女よ! この戦争中もことあるごとにちょっかいをかけてきて……ああ、私一人で対応できるのかしら!? ヤツのことを考えるだけでもう……胃が!」
ガシリ、と。
エメラルダが体をくの字に折りながら、俺の肩を掴んでくる。
「お願い、この胃痛を治して! 昨日陛下が魔都を発ってから、夜も眠れないのよぅ……!」
「ああ、なるほど。いちおうちゃんと、ここへは診察を受けに来たんですね?」
よかった。
このまま延々と愚痴を吐かれ続けたらどうしようと思っていたのだ。
俺の領分は相づち係ではない。
治す専門だ。
「では、診ますのでお腹を出してください」
「……えっ?」
キョトンと。
エメラルダが目を丸くする。
「お、お腹を……出すの?」
「はい」
「どうして?」
「お腹を治すからですね」
まあ、十中八九ストレスによる神経性の痛みだろう。
ただ気になるのは、エメラルダの『傷つかない』という体質上、胃炎などが果たして起こり得るのか? ということだ。
もしかすると幻痛かもしれない。
とにかく、そういった原因も含めてしっかりと調べなければ。
「ふ、服の上からは診られないの?」
「まあできないことはないですが……より正確にダークヒールを行うためには、その人の体に直接触るに越したこともないので」
「え、えぇ……」
エメラルダはどうしてか体をモジモジとさせつつ、視線を逸らす。
「で、でも……私、男の人に素肌を見られたことないし……ちょっと恥ずかしいというか」
「はあ」
「キッ、キウイだって気まずくならないっ? そんな、身近な人の素肌を見るだなんて!」
「サキュバスのミルフォビアくんが大体いつもお腹を出す恰好をしていますので、特別な感情は無いですね」
「そういえばそうだったわ!」
何故か追い詰められたように顔をしかめたエメラルダ。
だが、とうとう意を決してか、
「わ、わかったわ……ならもう、存分に見てちょうだいっ!」
そう言って、静かにその着ていたワンピースドレスの背中のボタンを外し、一糸まとわぬ上半身を露わにした。
あぜんとしてしばらくその姿を見つめて、
……あ、そっか。
そこで初めて俺は思い至った。
エメラルダは服装がワンピースだから、シャツのようにお腹だけめくり上げるってことができないのか。
「ど、どう、かしら……!? ふ、太ってないわよね!?」
胸の前を両腕で隠しつつ、エメラルダはお腹を見せつけてくる。
「これは……失礼いたしました」
「えっ!? 太ってる!?」
そんなこと一言も言ってないし、そういうことを言いたかったわけでもない。
俺は立ち上がると、毛布を持ってきてエメラルダの上半身に掛けた。
「気づかずすみません。こちらで手前を隠してください」
「え……でも、それじゃあ素肌が」
「お腹に直接触れられさえすればいいだけなので。毛布の手前を少し上げてくださればいいのですよ」
別に俺は上裸になれとなんて一言も言っていないのだから。
「唐突に脱ぎ始めたのでビックリしました」
「……ッ!!!!!!!!」
エメラルダの顔が、今にも燃え始めそうなくらい真っ赤になっていた。
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次のエピソードは「第223話 思いがけぬバカンスの提案」です。
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