第219話 【Side:帝国】第一王子オルフェウスの処遇は
~帝国にて~
──ヨヘンハイム帝国、その首都であるセイクリッドには、皇室・政府・帝国軍以外にもう一つ、 <円卓>と呼ばれる独立機関が置かれている。
それは中世以降、国の形や時代の流れが変われども続いてきた騎士たちによる自治機関。
その使命は『人類の守護者であること』だ。
「──ルエ・ヒュマーニ王国の新国王が、正式に決まったようだな。これで西方エルフ国家に引き続き、魔国の傀儡国家がまた一つ増えてしまったわけだ」
騎士団長ミリスティン・セイクリッドの切り出したその言葉に、他の騎士たちの間へと重々しい静寂が落ちる。
そこは、旧皇城エインヘリャル。
かつて、伝説の帝国勇者であり騎士団長でもあった 〈シェスティン・セイクリッド〉を冷遇し死地に追いやったとして、当時の皇帝に反旗を翻した副騎士団長ヨヘンハイムらに制圧されたその場所は、その後の聖騎士たちの団結の場所として選ばれて、現在に渡って円卓会議の場として使われていた。
「団長、帝国政府は今後どのような方針を取るつもりなんでしょうか?」
「いったん、表立っての争いは確実に避ける方針のようだ」
ミリスティンは全体を見まわしつつ言う。
「幸いわれわれ帝国は魔国に対して直接的な宣戦布告をしていない。このまま時間を稼ぎつつ、今回の戦闘で得られた教訓を元に対魔国戦略の見直しと、他の人類国家たちとの連携を急ぐそうだ……あの魔国幹部、 <キウイ・アラヤ>の演説にそそのかされて、魔国の傘下に入る国が現れない内にな」
「キウイ・アラヤ……」
その名前に、騎士たちは再び口を閉ざした。
それは王国議事堂事変において、勇者アレスが『討ち取る』と決意していた者の名だ。
だが、その時点では帝国にとっては完全にノーマークの存在だった。
帝国騎士団を単身で圧倒したガン・ケンや、知恵者であるエメラルダなどの魔国幹部と比べたらまるで脅威になるとは思えなかったし、実際講和会議においてもさしたる活躍はなかった。
だというのに、
「単身で王都を堕とし、そして王国勇者アレスをも屠ったと思われる魔国幹部……今や目下、一番の要注意人物だ。この間に優先的に調査を進めねばなるまい」
他の騎士はみな、一様に沈黙を保ったまま頷く。
「調査にはどのような方法を?」
「魔国に潜入することは現状、ほとんど不可能に近い。やはり、まずは王国内部に潜ませている諜報員たちに地道に情報収集をしていってもらう他ないな」
「われわれ騎士団はどう動きます?」
「まずは受けたダメージの回復だ。魔国幹部ガン・ケンとの戦いにおいて空いた人員の穴を埋め、再び万全の態勢を整える必要がある」
「……マチェッドとピリカ、惜しい騎士たちを亡くしました……」
「ああ。あの歴戦の二人の実力に新任が追い付けるよう、どこかで実戦を積ませねばならないだろう。とはいえ絶対に『魔国との戦端を開く』ことだけは避けなければならない。みな、細心の注意を払うようにしてくれ」
ミリスティンが念押しをしていた折、コッコッコッと。
円卓の部屋へと向かってくるいくつもの急ぎ足の音が聞こえる。
「──いったいこれはどういうことなのだっ!? 帝国騎士団長!」
肩を怒らせ、整えられた長い髪を激しく左右に揺らして現れたのは、ルエ・ヒュマーニ王国第一王子のオルフェウスと、オルフェウスを補佐する王宮の宰相や内務大臣などの要人たちだった。
その手に持っていたのは本日の帝国新聞の朝刊。一面に書かれた記事の見出しには、
『国王ゼウス強制退位!
新国王はアポロ陛下に』
大きな文字でそう書かれていた。
「ここ数日まったく動きがなかったかと思えば、いつの間にこんなことにっ!? 王都陥落の際は父上の犠牲のうえ、この帝国において王国亡命政府を樹立する手はずだったろう!?」
「……殿下、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか!」
ミリスティンの諭す声も無視して、オルフェウスは地面へと新聞を叩きつけながら言う。
「この記事が報じるところによれば、正式に戴冠式が行われたらしい! これでは、私がこれから樹立する亡命政府の正統性が失われかねんのだぞッ!」
「ええ。全くの予想外でした。国王の警備にはわれわれ騎士団の息が掛かった精鋭たちを配置していたはずだったのですが……」
「なっ……何が予想外だッ! これではまるで役立たずではないか! 完全な不意打ちの決まった王国議事堂事変においても魔国幹部の一人も倒せず、ここでも手落ちとは! 帝国騎士団も堕ちたものだなッ!」
ひとしきり怒鳴り散らすと、オルフェウスは心を落ち着けるようにその少し乱れた髪へ櫛を入れつつ、
「まったく……困ったものだ。円卓会議だか何だか知らないが、こんなところに私を呼び出しているヒマなどないぞ! とにかく、今はわれわれも王国亡命政府の樹立を急がなければ!」
「今からですか?」
「当たり前だろう!? どこまで吞気に過ごす気だね、君たちは!」
櫛をミリスティンへと突きつけつつ、オルフェウスは言う。
「今のままでは王国現地で反攻部隊を組織するのも難しかろう、各国からの援助も見込めない。私が亡命政府の首長……新国王に就任したあかつきには、すぐに帝国と共和国にその正統性を担保してもらう必要がある! 私こそが、ルエ・ヒュマーニ王国の真の国王であると! そうすればまだ、各国もこちらを支持してくれるハズ──」
「いいえ。違うんですよ、オルフェウス殿下」
饒舌なオルフェウスの言葉を遮るミリスティンは、やれやれといった様子で肩をすくめる。
「尋ね方が間違っていましたね。私が聞きたかったのはつまり──『今さら亡命政府なんてものを樹立してどうするというのです?』ということなんですよ」
「……は?」
ポカンとするオルフェウス。
しかしそれに構わず、ミリスティンは言葉を続ける。
「考えてみてもください。すでに正統性の失われたあなたを後押しするメリットが、帝国にあるとお思いですか?」
「え……?」
「無いのですよ。元々、帝国にとって王国の亡命政府存在の意義など、王国を傘下に入れた魔国の戦力を内側から削ぐ以上のものはなかった。それもできなくなった今、あなたたちは魔国と帝国との正面衝突の火種にしかなり得ない」
「……待て、何を言っている……!?」
「ですから──」
いつの間にかオルフェウスたちの背後を取っていたのは、完全武装の騎士たち。
「──皆の者、殿下らを捕らえて地下牢へとぶち込んでおけ」
「「「はっ!」」」
騎士たちは一様にそう応じると、オルフェウスらの補佐の身柄を乱暴に確保していった。
「なっ……!? しょ、正気か騎士団長ッ!?」
腕を極められながら無理やりに歩かされ始めた、オルフェウスの補佐の宰相らも叫び始める。
「き、騎士団ふぜいがこんなこと……越権だ!」
「帝国政府関係者と会わせろ! おまえたちの独立機関としての特権も剥奪されるぞ!」
「こんな非人道的な行為が明るみに出れば国際社会に帝国の居場所は無くなる! それでもいいのかっ!?」
「──問題はありません。帝国政府ともすでに話し合いは済んでおりますので」
表情も変えることなく、ミリスティンは淡々と告げる。
「オルフェウス殿下、ならびに補佐のみなさま。あなたたちは、帝国の戦時規定により、王国からの重要亡命人物として <秘匿保護>されることになったのですよ」
「ひ、秘匿……保護……?」
「先ほども申し上げました通り、殿下たちは魔国や王国との火種。その存在が明るみになれば、王国や魔国からの刺客などによってその身が危険にさらされることになるでしょう……ですので、保護します。あなた方が『帝国にやってきていた』という事実を、あなた方ご自身の存在ごと秘匿することによって」
「なっ、なん、だと……っ!?」
そこへと至り、オルフェウスらの背筋にゾッとしたものが奔る。
それは、自らの辿る末路を悟ったことによるもの。
なにせ帝国にやってこなかったことになるとはつまり……良くて監禁、悪くて──
「ミッ、ミリスティン・セイクリッドッ! 貴様はわれわれを殺すつもりだなぁッ!?」
オルフェウスが素早く腰の拳銃を抜き、ミリスティンへと向けてタァンッ! と。
躊躇なく撃ち放った。
しかし、
「侮られたものですな。こんなものでは、せいぜいアザができるのがいいところです」
その弾丸をミリスティンは人差し指と親指でつまむようにして容易く受け止めると、言った。
「どれだけ近代武器が発展しようと、そして堕ちたと言われようとも……聖騎士の血族たるわれわれ騎士団が、素人に後れをとることなどあり得ないのですよ」
「……ッ! クソッ!」
ミリスティンは続けざまに発砲される弾丸を素手で弾きながら近づくと、オルフェウスの持つ拳銃のバレルをグニャリ、純粋な腕力で曲げてしまう。
「さて、それでは殿下。参りましょうか。このエインヘリャル城の地下へと」
「まっ、待てっ! 騎士団長、話し合おう!」
「いえ、もはやこれまで」
「悪かった! 先ほどの騎士団に対する無礼な発言は撤回する! 撃ったのも許してくれ、怖かったんだ! だ、だからもう一度、話をっ……!」
しかし、ミリスティンがそれに応じることはない。
グイッとオルフェウスの腕を捻り上げると、歩き出す。
古く、寂れて、灯りもない……かつてのこのヨヘンハイム帝国の前身であるエインヘリャル帝国の重鎮たちが、その一生涯を終えるまで閉じ込められ続けた、非常に歴史深い地下牢へと。
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次のエピソードは「第220話 シュワイゼン、因縁の果てに」です。
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