第218話 戴冠式:大いに衰退せよ、人類
王都に滞在して数日が経ち、戴冠式の当日。
やはりとは思ったが、王族に対する世論は厳しいものだった。
「依然として魔国の実質的な支配を迎合するか否かでは各新聞社で主張が分かれているようですが……しかし、王政に対してはどこの新聞社も『廃止すべきでは』という意見がほとんどです」
王宮、その最奥の玉座の間では今まさに儀式が執り行われている最中。
国王ゼウスからアポロが王冠を授かる中で、今朝の各社新聞を入念にチェック済みのミルフォビアがコソリと耳打ちをしてくる。
「念のため、魔国からの精鋭たちを王宮外周の警備にはつかせておりますが、すでに数名の王都民や元王国軍人たちがゼウスとアポロ様の暗殺へと乗り出していたようです」
「いつの時代もそういった者たちは湧くものだ。適切な対応さえできれば問題ない」
「では、戴冠式後、王宮前に集まった王国民に向けてのスピーチも予定通りに?」
「ああ。実行だ」
儀式を終え、王冠を頭へと載せたアポロが玉座の間を後にする。
その後ろすぐについて歩くのは、王国聖剣を携えた屈強な戦士・ヘラクリーズ。
「まあ現状、人類最強の勇者アレスを破った彼が『アポロ陛下』を守っているのだ。王国内に手出しできる者はいまい」
「そうですね。『王国内の敵』を想定する限りは安泰かと」
「うむ……」
国王ゼウスの降伏宣言後、依然として帝国や共和国といった国境を隣にする人類国家からのアクションは無いままだった。
それもそのはずで、戦争終結に関するとりまとめについてはアポロとトロイア伯爵、そしてエメラルダの三者のみで行われており、一切の情報が流出しないように慎重を期されていたからだ。
だからおそらくは今日、正式にアポロが王位を継承してどのようなアクションをとるかによって、各国はその対応を決めることになるだろう。
……あるいは今日この場で、何かを起こしてくる可能性もあり得なくはない。
だが、しかし。
「問題はないよ、ミルフォビアくん」
魔国は決して二度同じ轍を踏みはしない。
「──キウイ、連絡だよ」
アポロがスピーチへと赴く王宮内の道中、俺の横へとフワリと風を立てて現れたのはエルフのアネモネ。
「王都上空警備部隊のアギトから。視界は万事良好。敵影なしって」
「了解した」
「ローズの術式にも危険の予兆はナシ。スピーチで問題が起こる危険もなさそうだね」
「ふむ」
「キンセンカは予定通り王宮前広場であのドクロの魔国幹部と姿を隠してるけど、『早く帰りたいよぉ』って嘆いてるよ。恐いみたい」
「苦労を労ってやってくれ」
「うん。それじゃあ私はまた持ち場に戻るね。スピーチ後にまた」
「連絡感謝するよ、アネモネ」
アネモネは薄く微笑むと、引き寄せの聖術によってスイーっと飛んで行った。
「どうだね。ひとまず順調そうではないか? たとえもしどれだけ最悪の事態が起ころうとも、アポロ陛下とわれわれの身は守られるだろう」
「さすがアラヤ様です。万全の対応かと」
まあ、王都民の安全は一切保証できないがね。
「さて、いよいよメインイベントだ」
王宮の広いバルコニーへと出ると、そこからは王宮前広場が一望できる。
圧巻の光景だ。
その一面がこちらを見上げる人々の顔で埋め尽くされていた。
その表情は様々で、アポロ新国王陛下を歓迎するもの、王族という存在に拒否反応を示すもの、今後の魔国との関係に不安を覚えるものなど、混沌を極めている。
「──家族を返せェッ! おまえたちのせいで、俺の家族はァッ!」
王国民の海の中から、誰かがそう叫んだ。
それを皮切りにして人々が次々に大声で喚き始める。
「──私の旦那は議員だった! あの議事堂で、あなたたち王族が殺したのよ!」
「──オンブレにいたワシの息子はどうなった!? どこにもいない! あの子の体だけでも返してくれぇ!」
「──ちょっと待てよ、それをアポロ陛下に言ってどうする!? やったのは前国王だろ!」
「──知ったことか! 王族なんてみんな同じだ! 俺は認めない!」
喧噪は次第に過熱し、群衆はやがて王宮へと迫りくる。
元王国軍兵士たちによるバリケードすらも押し込んで、その拳を振り上げてアポロへと訴えかけていた。
しかし、
「──鎮まれェィッ!!!」
アポロの後ろから前に出たヘラクリーズが叫ぶと、その聖剣を抜いて天へと掲げた。
すると、青い光が落雷のようにその背後へと落ち、轟音。
唐突にそれに虚を突かれた群衆は呆然として静まり返った。
「──貴様らの中に、誰か一人でも前国王に戦いを挑んだ者がいるかッ!」
静寂の落ちる広場へと、ヘラクリーズのその低い怒声は拡声器を通さずとも広く響き渡る。
「アポロ陛下はご自身で戦場に赴き、そして前国王や王国軍と戦ってこの王位を勝ち取ったのだ。座して動かなかった者たちにこの場を邪魔立てされる筋合いはなしッ!」
「……」
大迫力の剣幕に、文句を連ねていた群衆も、アポロを支持していた群衆も、一様に息を吞むほかない。
「これより賜る陛下の御言葉を聴くも自由、聴かずに去るのも自由。だが、口を挟むことはこのヘラクリーズが一切許しはせんッ! わかったなッ!」
耳がキンとなるような余韻を残し、ヘラクリーズはアポロへと一礼して後ろへと下がる。
そして、アポロが前に出た。
『王国民よ、聴いてほしい。私はここに <最後の王>として言葉を残そうと思う』
最後の王──その語り出しに、聴衆からどよめきが起こる。
それはやはり王国はこれから魔国の支配下に入るのではという不安の発露だ。
……しかし、支配? いいや、それは違う。
「ここに誓おう。私の代でこの王政を完全に終わらせること、そして、一人一人の国民が国民のために行える政治体系──議会制民主主義国家の樹立への準備を推し進めることを」
聴衆はあぜんとした。
それもそうだろう。
きっと、これからの魔国との関係について語るものだろうと考えていた多くの人々にとって、それは寝耳に水の言葉だったはずだから。
それに続けてアポロが語るのは、王族らの勝手な振る舞いを謝罪する言葉、戦災者を労り最大限に保障していくという言葉、そしてこれからは王国の明るい未来のために尽力していくという言葉。
その全てが聴衆の欲していた言葉であり、そして懸念であった <魔国>というワードも一切出てこない。
緊張の和らいできた聴衆へとアポロは続けて、
『──王国民よ、これまで私たちの行く手を阻んでいた障害は全て撃破した。われわれは、われわれの道を勝ち取ったのだ。約束しよう、これからは全て上手くいくと』
鼓舞するように腕を振るって演説する。
王国が、その場に集まる王国民たちがあたかも困難に打ち克ったかのようなアポロの語り口に、聴衆たちの表情から次第に不安は消えていっていた。
それはまさしく、究極の衆愚政治。
……それでいいのだ。それでいい。
無知蒙昧であれ、王国民よ。
われわれ魔国はアポロと共に水面下で、君たちが暮らす国の土台を『コチラの都合がいいように』作り上げておくから、その上で仮初めの民主主義を謳歌するといい。
『最後に盟友から言葉をいただきたいと思う。私と共に今回の苦難を乗り越えてくれた魔国オゥグロンからの使者であり、今後もわれわれ王国の発展に力を貸してくださる心強い仲間──魔国幹部のキウイ・アラヤ様である』
予定通り紹介に預かったので、俺は前に出た。
拡声器の前に立つ。
「諸君らが今日この勝利に至るまで、多くの犠牲を払ったことには胸が痛む思いだ。しかしだ、これからの未来についてはアポロ陛下のおっしゃった通り、安心したまえよ。これからはわれわれ魔国は <同盟国>として、諸君らの安全を保障すると共に、その発展に寄与することを約束しよう」
事前に練習した通りの完璧な、特大のズマイルを披露する。
──ざわ……!
群衆のどよめきが波のように立ったかと思うと、潮が引くように人々は後ずさりした。
……フッ、やはりさすがに言葉通りそのままコロッと騙されてくれるほど、馬鹿ではないらしい。
だが、問題はない。
元より俺の狙いは王国民ではない。
「──私は断言する。諸君らはこれから大いに繁栄すると!」
良くも悪くも、注目が集まる中で俺は言葉を紡ぎ続ける。
「魔国オゥグロン、西方エルフ国家、そして王国の壁がなくなった今、われわれは必ずや大いなる発展を遂げるだろう。今一度断言する。『魔国と共に歩むことを選択した諸君ら』は、今日、正しき道への第一歩目を踏み出したのだと!」
……さて、どこかでこれを聴いてくれているだろうか、全人類国家たちよ。これは君たちに向けてのメッセージなのだ。
つまりは──選べ。
春のごとき温かな魔国の懐の中で繁栄を迎えるか。
あるいは極寒の風吹く魔国の外套に弾かれて衰退を迎えるか。
これはその二者択一を迫る宣言である。
「さあ、これから大いに繁栄しようじゃあないか、人類諸君──」
──魔国が築く箱庭の中で。
そこではきっと技術も文化も歴史も、その全てを魔国が裏で糸を引きコントロールする理想郷だ。
もっとも、人々はそれを人類国家の衰退と呼ぶのかもしれないが。
……まあなんにせよ、俺には関係ないことだ。
大いに技術を盛り立てようじゃあないか!
そして魔国を強化し俺もその恩恵に預かるのだ。
グフフフフフフッ!
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次のエピソードは「第219話 【Side:帝国】第一王子オルフェウスの処遇は」です。
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