第213話 送迎のメリッサ
ガチャン。
いつまでもホットラインで通信をしっ放しにしておくわけにもいかないので、俺は一度電話の受話器を置く。
……ちゃんとエメラルダやアギトたちにメッセージが伝わると嬉しいのだが。
まあやるべきことは済ませたし、後は果報を待つだけだ。
チラリ、と。
回復聖術を受けていたシュワイゼンの方を見る。
「……ふむ。一命は取り留めたようだな」
時間をかけ、止血口の異物を除去しつつ傷口が塞がれていっていた。
意識はまだ失っているようだったが、顔色はそう悪くない。
「アラヤ様っ!」
シュワイゼンの傍らで治療の様子を見守っていたエリィが、俺の元へと駆け寄ってくる。
「あの、本当にありがとうございます……! この御恩をどうお返しすればいいか」
「いいさ。むしろ──」
むしろ、楽しかった。
合法的に生きた人の体の内部を覗くという得難い経験をできたことに、感謝をしているのはコチラの方なのだ。
「? あの、アラヤ様? 『むしろ』とは?」
「……なんでもない。とにかく、君が気にすることではない、ということだ」
グッと口をつぐみ、俺はそう言うにとどめた。
医療従事者でもない一般人にそんな心の内を明かしたら、きっと変人扱いされてしまうだろう。
……それに、恩なら彼自身に返してもらった方が何かと都合は良さそうだしな。
今回の一件をシュワイゼンへの貸しにして、王国軍情報部の高級将校としてこれまで手に入れた情報を引き出し放題にできるのであれば、それはきっと金にも勝る価値があるだろう。
長らく不在にしていた魔国への良い手土産になるというものだ。
なんて考えていたところへと、
「──ここにいたか、キウイ」
参謀本部室の壁に空いた大穴から声がかかる。
振り返った先にいたのは、薄緑の衣を体にまとった少女の姿のエルフ。
「おお、早かったな、メリッサ」
「フン。自分で呼んでおいてよく言う」
西方エルフ国家の三賢者の一人、メリッサは気怠そうに俺の方へと歩んできて、
「ん? シュワイゼンじゃないか。なぜコイツが転がっているのだ」
「む、メリッサは彼のことを知っていたのかね?」
「ああ。オレのためにいろいろ働いてくれる気の良いヤツだったぞ」
「そうか。それはよかった」
やはり情報部なだけあって顔が広いらしい。
素晴らしいじゃないか、シュワイゼン。
生かして正解だった。
これから色々と根掘り葉掘りのし甲斐がありそうだ。
「で、キウイよ。オレはおまえをメンシュリッシュまで運べばいいのか?」
「うむ。いったん前線で指揮を執っている魔国幹部に話をつけ、それから魔王陛下に報告に行きたい」
「では、まずはエメラルダの元だな。神術で一気に飛ぶから掴まっていろ」
「いや、ちょっと待ってくれ。その前に」
俺はヘラクリーズを手招いた。
そしてメリッサの前へと立たせる。
「なんだソイツは? おまえの部下にそんな男、いたか?」
不審がるメリッサ。
一方のヘラクリーズも不思議そうに俺を見つめている。
「メリッサ、コチラ初代勇者のヘラクリーズだ。メリッサの与えた聖剣の力でゾンビ状態から生身の人として生き返った」
「……ハッ!?」
「ヘラクリーズ、コチラ賢者のメリッサだ。聖剣を作ったエルフだぞ」
「なんとっ!?」
どうやら両者、顔合わせは初らしい。
ヘラクリーズはたちまちにその膝を折って、メリッサの前に膝をつく。
「賢者殿、その節はわが祖国へと聖剣をお与えくださいまして、深く感謝申し上げます。おかげさまで、猛威を振るった邪知暴虐の狒狒王を北の地から撃退することが叶いました」
おそらくは四百年以上前の感謝を述べるヘラクリーズへと、メリッサは驚愕の表情のまま、
「初代勇者……ということはまさか、聖剣に込めていた自らの生命力を、自らで取り込んだというのか……!」
ガクリ、と。
そう言ってその場にくずおれた。
その視線が向いた先にあるのは、ヘラクリーズが手にする聖剣。
勇者アレスが振るっていた時に灯っていた青い光はもう、どこにも見当たらない。
「よ、四百年……四百年間、歴代の勇者たちに溜めさせておいた生命力が、スッカラカン、だとぉ……!?」
「ほうっ? なんだ? まるで全てを知っているかのような口ぶりではないかっ!」
やはりだ。
俺の見込み通りメリッサには心当たりがあるらしい。
さすが生命力についての第一人者なだけはある。
「さあさあっ、教えてくれたまえよっ! いったいどうしてヘラクリーズはよみがえったのだっ!?」
「……ソイツが、初代勇者のゾンビだったからだッ!」
メリッサは半ばヤケになったかのように、頭をガシガシとかきながら言う。
「生命力とは、すなわち魂だ。聖剣は、それを手にして戦ってきた勇者たちの魂を保持できる。そして、王国滅亡の危機の中でソコの初代勇者が渡り歩いてきた戦場は、数も質も、歴代の勇者らとは比較にならないほどのものだった……その聖剣には、ひときわ濃く初代勇者の魂が保存されていたんだよ」
「……その魂が、初代勇者の本人の体に流れ込んだことで屍者蘇生が果たされたと?」
「いいや、これは屍者蘇生などという奇跡ではない。聖剣に残っていた魂をそのまま本人の肉体へと移しただけの…… <魂の転移>だ」
メリッサは大きなため息を吐きながら、
「『水槽』を『箱』と『魚』に一度分けてから、再び魚を箱に戻してできあがった『水槽』を奇跡の産物とは言わないだろう?」
「フム……それはまあ、確かに」
それはそれで偉業だとは思うがね。
だが奇跡を名乗るのであれば、空の箱に魚を出現させるか、あるいは水槽そのものを無から創造するか……どちらかだろう。
「それに、私の使う神話級ダークヒールとも性質が異なるな。私のはドコからか魂を引っ張ってくるもののようだったし……莫大な生命力を使用する、という点では似通っていそうだったが」
「莫大な生命力は、ゾンビだった肉体を全盛期まで回復させることに使われたハズだ。位相が魔から聖に変わったのもそのせいだろう」
「ほう?」
位相と聖力・魔力は、それぞれ血液型と血液に例えられることがしばしばある。
血液型は一生変わることのないものだが、しかし、何らかの要因で血液を作る細胞に変化が起これば、血液型も変わるケースはある。
何らかの要因とは、例えば……骨髄移植。
……もしや、肉体へと生前の魂を移植した後に肉体を復活させると、位相が元に戻るという現象が起こるのだろうか?
それは知らなかったな。
実に興味深い。
「……チクショウめ。生命力はいずれ、オレが活用するつもりだったのにっ!」
メリッサは今にも地面を殴りつけそうなほど、硬く拳を握る。
「キウイの部下に初代勇者のゾンビがいるなど、誰が予測できるっ!?」
「ふむ……」
メリッサの悲しみの叫びを右から左へと聞き流しつつ、俺の脳内は独走するように回転を続けていた。
そして今の話を受けて、さらに、かねてからの疑問に対して一つの答えが導き出される。
……聖剣がその場に無い時点で、ヘラクリーズは脳機能の一部を自発的に回復させていたわけだが……いったいどのようにしてそれは行われたのか?
かつての俺は、それをまるで奇跡のような現象だと思った。
自発的な復活など、神のみぞなせる領域の業であることに間違いはないのだから。
──だが、違った。
ヘラクリーズことゾンビ・ソルジャーは、俺がその脳機能の回復を確認する前に、すでに聖剣の生命力に触れていたではないか。
それはさかのぼること数ヶ月前、エルデン奪還戦。
勇者アレスの撃ち放った青い光の斬撃……つまりは生命力を使用した攻撃をその身に受けることによって。
あの時点で、生命力の一部はゾンビ・ソルジャーへと戻っていたのだ。
……検証すべき奇跡となり得なかった点が少し残念だけど、でも納得だ。
愛する者のために自力で生き返ったというロマンティシズム的ミラクルは、やはり論理的ではないからね。
ああ、スッキリした。
「…………フゥ。人生って楽しいなぁ」
「全然楽しくないがっ!?」
一人呟く俺へと、メリッサは涙目で力強くそう叫んだ。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第214話 三賢者の一人:黒の賢者モナルダ」です。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
と思ったら
この画面の下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
次回は11/7更新予定です。
よろしくお願いいたします!




