第210話 彼は引導を渡す者
「──キウイ様、こうしてご挨拶できることを誠に光栄に存じます」
俺の前に現れて膝をついたのは、見慣れぬ青い瞳の大男。
精悍な顔つきをした戦士であり、その生まれながらのものであろう金の髪を、ライオンのたてがみのように雄々しく逆立てている。
……誰だ? いやしかし、待てよ?
その体にまとう黒い鎧はゾンビ・ソルジャーのもの。
いつも背負われているからわかる。
ということは、まさか……!?
「──初代王国勇者ヘラクリーズ、こうして復活を果たし、御身の前に参上いたしました」
「……!」
「王国宮廷魔術師のウィーザード……いえ、今のヤツの名はジャームでしたな。ジャームの手から私を解放して庇護していただいたこと、そして今日に至るまで屍者たる私を御身に仕えさせてくださったこと、感謝の念にたえません」
「……!!!」
「今後、いっそうの努力と働きでもって、とうてい返し切れぬこの御高恩に少しでも報いられるよう……あの、キウイ様?」
「……!!!!!」
「……シェスよ、どうすればいい? キウイ様が……」
「立ったまま、目と口を大きく開けて固まっていらっしゃいますね」
シェスが正面に立ち、その手で頬へと触れてくる。
その感触で、ハッと我に返った。
まばたきをする。
一回、二回。
目の前のゾンビ・ソルジャーはやはり、生前の初代王国勇者ヘラクリーズとして生き返っている。
夢じゃない。
「ヘラクリーズッッッ!」
「はっ、キウイ様、改めまして感謝を──」
「そーんなことはどうだっていいっ! ヘラクリーズ、君はいったいなんだって、どのようにして、ウッカリ生き返ってしまっているのだっ!?」
俺は大股で、膝をついていてなお大きなヘラクリーズの元へと寄ると、顔へ、肩へ、大胸筋へ、そして背中へと手のひらをペタペタとつける。
硬く、しかししっかりと弾力があり、血の通っている温かさもあった……つまり、生きている。
しかも、それだけじゃない。
「なんてことだ……聖の位相、だとっ!?」
「ハッ。どうやらそのようでして……」
「人間として生き返ったのか……!? つまりそれは、ヘラクリーズよ、完全なる屍者蘇生だぞ……!?」
すなわち、神の領域。
神話級の出来事に他ならない。
「む、胸が、震える……! お、おおお、教えてくれたまえ。いったい、どうやったのだね!? 」
「ハッ、その、キウイ様の言いつけ通り、どのようにして生き返ったのかを覚えていようとしたのですが、ゾンビの間の記憶は途切れ途切れで……」
「そ、そうか……シェスは? ウルクロウ殿はっ? その場にいたのかねっ?」
「はい。私も何が起こったのか目撃しておりました。ですので、ヘラクリーズの言葉を補完することは可能かと」
シェスは任せてくださいとばかりに胸に手を当て、そうして話し始める。
「ヘラクリーズは復活前、こう呟いておりました──『哀れ、勇者よ。われは汝に引導を渡す者』と」
* * *
~三十分前~
「──おのれっ、逃げるのかっ! キウイ・アラヤァァァッ!」
勇者アレスは空を仰ぎ吠える。
だが、王国軍本部七階の壁に開いた大穴へと目掛けて砲弾のように飛んでいくキウイは、地上を見向きもしなかった。
「逃がすかっ、逃がしてなるものかっ!」
シェスとの剣の打ち合いをかわすと、アレスは大きくシェスから距離をとり、高く跳躍しようとする。
しかし、
「オイオイ、ツレないじゃねェかッ! オレたちは眼中にナシってかァッ!?」
全快したウルクロウの鋭い爪が、ギャリギャリとアレスの鎧を削り、その体を吹き飛ばした。
その先にいたのは、ゾンビ・ソルジャー。
アポロをその背から降ろし、大剣を片手で振り上げて転がってくるアレスを待ち受けていた。
「ヴァァァァァ──オッ!!!」
全力で振り下ろされる大剣を強かにアレスの肩を打つ。
鎧が阻んで刃は通らないものの、その衝撃はその下の地面を割るほどだった。
しかし、
「この程度で……俺を止められるとでも……!?」
アレスはなおも立ち上がる。
その体に満ちる聖力はむしろ、減るどころかなお増していた。
「ッ!? どうなってやがるッ!」
「退きなさい、ゾンビ・ソルジャーッ!」
ウルクロウとシェスの叫びはしかし、間に合わない。
アレスの振るった聖剣、そこから放たれた青い光の斬撃は、ゾンビ・ソルジャーの胴体を斜め深くに袈裟斬りにしてアポロの足元まで転がした。
「負けない……負けるわけがない、なぜなら俺は──魔王を討つ運命を与えられた勇者ッ!」
「バカが、肩書き一つで負けなくなるってんなら、実力なんざこの世に必要ねェッ!」
高速の爪のウルクロウの攻撃と、変幻自在なシェスの剣技が同時にアレスへと襲いかかる。
アレスはそれら全てを防げたわけではない。
だが、奇跡的に、何もかもが致命傷からは免れ続けている。
そして、
「ハァ──ッ!」
アレスの繰り出した聖剣の一振り。
たったのその一撃が、正確にウルクロウとシェスの体に深い傷を作った。
「フハッ……フハハハハハッ! やはりそうだッ! 俺は負けんッ!」
高笑いするアレス。
「おまえらごとき雑兵に俺が負けることを、この天が許さないのだ……ッ!」
聖剣を真上にかざすアレス。
いつの間にかその全身からは、激しく沸き立つようにして、聖剣と同じ青い聖力がほとばしっていた。
その力は回復効果があるのか、これまでウルクロウたちが負わせた傷も次々と塞がっていく。
「──ウルクロウ様ッ、シェスさんッ!」
二人の頭上へと落ちる影。
それはその白い翼を大きく広げて舞う、スワンのもの。
スワンは二つの魔力のかたまり──【魔の言弾】を一直線に飛ばすと、ウルクロウとシェスの傷を癒した。
「助かったぜ、スワン」
「遅くなり申し訳ございません……状況はっ?」
「ご覧の通り……あの野郎、底なしの聖力だ」
舌打ちをするウルクロウ。
シェスもまた、こめかみに垂れた冷や汗を拭いつつ、
「それに超常的な天運も持っているようです。おそらくはあの莫大な聖力を宿した聖剣から力を得ているのでしょう。ひとまず、アレを手放させないことには──」
「無駄だ。全て無駄」
低く響く声で、アレスは言う。
「もはや俺に敵はいない。随一の武力も、随一の腕力も、随一の速さも、随一の剣技も……この俺には通用せん」
そして足を踏み出した。
そのたった一歩でアレスの体はウルクロウたちの目の前に。
「退け」
聖剣を地面に叩きつける。
それだけで稲妻のように奔った青い光が、ウルクロウを、シェスを、そしてスワンを弾き飛ばす。
「まずはおまえだ──死に損ない」
アレスの足が向かうのは、第二王子アポロ。
その前で深い傷を負い、膝をついているゾンビ・ソルジャーの元。
「──ヴァ……」
聖剣を振り上げるアレスの動きを、ゾンビ・ソルジャーは見上げる。
その瞳には、燃えるような青い輝きが宿っていた。
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次のエピソードは「第211話 聖剣に選ばた者」です。
次回は10/31更新予定です。
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