第199話 【Side:魔国】ウルクロウ到着
王都は突然沈み込んだ暗闇の中でいまだ息を呑むばかりだった。
それもそのはずだろう。
今は深夜一時を数分過ぎたところ。ほとんどの住民は眠りについており、わずかに騒ぐのは外で飲んだくれていた酔っ払いか、王都の見回りをおこなっていた警備の王国兵くらいなのだ。
そして、誰も騒ぎ立てないからこそ、異変は拡大していく。
王都内部と同じく真っ暗闇に沈む王都外周にて。
わずかに浮かび上がるランタンの灯りの下でおこなわれていたのは、人殺し。
魔族が人間を殺しているのではない。
人間の兵士が人間の兵士を殺しているのだ。
それも、アチコチで。
「……オイオイ、どうなってんだっつーの」
王都外周にある林へと身を潜めたウルクロウは、アゴをなでつつ低くつぶやいた。
「『警備兵の交代が来たところを全員まとめてサクッとぶっ殺して王都内に華麗に潜入する』っていうオレ様の最凶プランが台無し……いや、手を下すまでもなく終わっていくんだが。これをどう見るよ、引っ付き虫」
「スワンです。引っ付き虫じゃありません」
ぷくぅと頬を膨らませつつ応じるスワンは、今はウルクロウの背に乗りつつ、ウルクロウが見るその光景へと目を凝らす。
「仲間割れ、というわけではなさそうですね。あまりに一方的で、殺しに躊躇が見えません。裏切りに近いかと」
「だなぁ。それによ、殺してる側のヤツらの腕を見てみろよ」
「……! なにか、同じ腕章のようなものを付けていますねっ?」
「ああ。ありゃ証だろ? 同じ目的の仲間のよぉ。つまりこれは仕組まれてた謀ってワケだぜ……ああ、やってくれた、やってくれやがったなぁ……!」
言って、ウルクロウは押し殺した笑いで背を震わせる。
「ウルクロウ様? 『やってくれた』とは? いったい……?」
「決まってんだろ? オレたち魔国側がガツガツ攻勢をかけているところで、裏っ側からバッチシなタイミングでこんなことを仕掛けてくれやがるヤツなんざ、この王都には一人しかいねぇ!」
「……! まさかっ!」
「そう、アイツだ。間違いねぇ。キウイだ。キウイ・アラヤの暗躍だよ!」
頬まで裂けたその口いっぱいに笑みを広げるウルクロウ。
「ったく、キウイめ。王都生活をしっかり満喫してたみたいじゃねぇか。太い野郎だ」
「ドクター……! やっぱり無事で……!」
「当然よ。アイツが簡単におっ死ぬタマじゃねぇってことは、部下のおまえだってよく知ってることだろうが」
「はいっ!」
スワンは一つ深呼吸をすると、目尻に溜まった涙を指で拭い取り、ウルクロウの背へとギュッとしがみつく。
「ウルクロウ様っ、私はいつでも行けます!」
「ああ。それじゃ行くとするか……しかしどうすっかな。王都の連中をかたっぱしから血祭りに上げる予定だったんだが……」
「まずはこの騒ぎの中心にいるはずのドクターと合流しましょう! きっと何か狙いがあるはずでしょうからっ!」
「ま、そうすっか。深く考えるのは性に合わねぇぜ」
ウルクロウは姿勢を低くすると、風を切るようにして走り出した。
たんたんと王国兵を殺していくトロイア連合兵たちへと追い風を吹かせ、その間を目にも留まらぬ速さで通り抜けていく。
固く閉じられた外壁の門、ウルクロウはそんなものは潜らない。
地面を強く蹴って十メートル上の外壁へ足を着くと、でっぱりを手脚でしっかりととらえて駆け上っていく。
案の定、外壁上の警備兵たちも争っていて、誰もウルクロウたちへと注意を向けたりはしない。
何の障害もなく外壁を越え、着地した先で、
「なっ……オッ、オオカミッ!?」
血塗られた銃剣を手にして、息も絶え絶えといった様子で膝に手をつく王国兵の二人がようやく敵を認識した。
その足元で転がっているのは腕章を付けた兵士数人と付けていない兵士数人。この王都の内側でもまた、外の兵士たち同様の裏切りがあったのだろうと容易に想像がつく。
そしてこの二名の王国兵たちは、その争いに辛くも勝利した生き残りなのだろうということも。
だが、
「ざぁんね~~~ん、サバイバルの景品はオレでしたぁっ!!!」
無惨。
生き残りの王国兵二名の体は通りすがりのウルクロウの爪の一閃で、斜めに裂けた。
ウルクロウは姿勢を低く、再び闇に身を潜めると王都を駆け抜ける。
灯りを失ったその街道はどこまでも続く細い洞窟のようだった。
ウルクロウの目をもってしても、見通せる光景は限られる。
だが、ニオイは別だった。
「ンン?」
ウルクロウが足を止め、その長い鼻をヒクつかせる。
「どうしましたか、ウルクロウ様?」
「微弱だが、キウイのニオイがする……」
「えっ!? じゃあまさか、近くにドクターがっ!?」
「いや、これは……残り香だな。キウイの息づかいを感じねぇ」
「でも手掛かりには違いありません」
「……だな。行ってみっか」
* * *
【Side:エリィ】
「えっ……!?」
夜、唐突に店の灯りが消えた。
灯りといっても、外出禁止令の出されている今、喫茶店を開いて営業をしていたわけじゃないから、カウンターで密かに豆電球を点けていただけだったけれども。それでも、街灯の灯りが店の中にもわずかに差し込んできているから、それだけで十分明るかったのだ。
それが今は違う。
手元の写真すら見えないほどの暗闇が視界を覆い尽くしている。
「何っ、何が起こっているの……!?」
声に出して言う。反響する声を聞いて、自分が今も生きているということを確認するかのように。
実際、一瞬だけだけど、自分もまた死んだのかと思った。だってまるで突然、自分だけが観ている舞台劇の幕が「ここで終わり」とばかりに下ろされて、暗転した客席に一人で取り残されたかのようだったから。
エリィは片手で周囲に触れながら、外へと出る。
写真立ては置いていこうか悩んだけど持ったままだった。
だって突然空から爆弾が降ってくることなんて、きっともはやこの王都じゃめずらしくもないことだろうから、店がガレキに押し潰されてから後悔したってきっと遅い。
「真っ暗……」
何も見えなかった。
月もない。新月だった。
星々の明かりは月の代わりとばかりに普段以上にきらめいていたけれど、街灯の代わりにはなってくれそうにない。
突風が吹いた。
うっすらと、煤けた土の匂いがエリィの鼻をなでる。
次の瞬間、その目には星すらも映らなくなった。
「よぉ、姉ちゃん……ちょいと人についてを尋ねたいんだがよォ」
二本足で立った白銀の巨大なオオカミが、獰猛そうなその口を開いてエリィの目の前に立ちはだかっていた。
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次のエピソードは「第200話 【Side:魔国】私が戦ってやる」です。
次回は10/6更新予定です。
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