第13話 第一治療者発見
「──さて、入国できたくらいで浮かれている場合じゃなかったな」
ここは魔国内の首都である、"魔都デルモンド"。
その街の中央に位置する魔王城の中だった。
王国の北端の町から脱走し、はや五日。
俺たちは王国兵の追跡に遭うこともなく、すでに制圧されてしまっている魔国領エルデンを大きく迂回して魔国まで逃げ延びることができていた。
……これで亡命は成功か? いやいや、世の中そんなに甘くはない。
「"亡命者認定" を受けるまでが亡命だ。むしろ、ここからが本番だとも言える」
戦時下、王国の人間がなんの許可もなく魔国をうろつけるはずもない。
そんなわけで、俺はいま "魔王城" の客間にある赤いソファに座っていた。
「しかし、ここで待てと言われたものの……これが本当に客間なのか?」
ずいぶんと変わった造りである。
なにせ、この部屋は端の見えないほど広大な中庭の中心にポツンとあるのだ。
しかも四方に壁は無い。
そのため、周囲を見渡せば毒々しい彩りの花々が丸見えだ。
唯一、白い大理石の柱が客間の四方に立っており、それらに支えられたガラス張りの天井が雨避けにはなっているらしい。
今そのガラスの向こう側に映されているのは紫の邪悪な空。
「これで "晴天" 、しかも "昼" とはな」
はたしてこの天気で洗濯物は乾くのか?
お日様が少し恋しくなってきた。
王国とのギャップに舌を巻きつつ、俺は身だしなみ (といっても、よれた黒シャツの上から白衣を羽織っているだけなのだが)を確認する。
ガラにもなく少し緊張している。
……まあ、それも仕方あるまい。これから "魔王" の面前に出ようというのだから。
当然ではあるが、魔王の姿を俺は知らない。
おそらくアギトに勝るとも劣らぬ屈強な大男が出てくることだろう。
その姿に怯えてしまうなどという失態を犯さぬよう、今から気を引き締めておかなければ!
「……おや?」
いつの間にか、少し遠くでネコ (?)のぬいぐるみを抱え、ケバケバしい色をした巨大蝶々とたわむれる少女の姿があった。
もちろん、魔族の少女だ。
歳は六歳前後。
ピンク色の肌、紫の長い髪、水色の瞳。
頭からは二本のピンクの角が突き出していた。
「あっ」
つい観察をしていたら目が合ってしまった。
少女は呆然としたように口を開けていたかと思うと、パタパタ足を動かして客間まで駆けてきた。
「わたしね、アミルタ。あなたはだぁれ?」
「……私はキウイ・アラヤと申します」
少女が何者かは分からないが、魔王城の関係者であることは間違いないだろう。
子どもだからといって、粗相のないようにしなければ。
「ふぅん、それでね、あのね、この子は "ミョル" っていうの」
アミルタと名乗った少女は、その腕に大事そうに抱えていた、ところどころにツギハギのあるモフモフのネコっぽいぬいぐるみを俺の前へと掲げた。
……いや、違う。ぬいぐるみじゃない。眼球の光への反応も、呼吸もある。
「モンスターですかっ」
「そうだよ」
アミルタはミョルを抱え直す。
ミョルはほとんど無反応で、まるで本物のぬいぐるみのようだった。
……こんなモンスター、今まで見たことがない。魔国の固有種か……!?
ちょっと、いや正直いってかなり興味深い。
ネコが魔物化したようにも、ネコのゴーストが綿枕に憑りついて動いているようにも見える。
どういう身体構造だ?
それに、特に気になるのはそのお腹にポコリとついた "腫瘍" だ。
「アミルタさん、これはいったい?」
「あ、うん……」
アミルタはショボンとして、顔をうつむかせてしまう。
「ミョルはね、一ヶ月に一度、体のどこかに "悪いはれ物" ができちゃう病気なの。だからそのたびに "手術" してね、取らないといけないのよ」
なるほど、悪性腫瘍か。
ということは、ツギハギはどうやら外科手術によるものなのだろう。
患部切除のあとは傷口の再生のためのヒールを使ってはいけない (腫瘍が再生してしまう)以上、実糸で縫うという古典的手法を使う必要があるから仕方がないが……
……しかしそれにしたって、魔国ではずいぶんと "古い" 施術が採用されているようだな?
「次の手術もそろそろなの。手術後はね、ミョルが痛がってかわいそう……」
「ほほう、そうですか……」
「ねぇ、キウイさんは白衣を着てるしヒーラーさんなんだよね? ミョルのこの病気を治せない?」
そう聞かれて、「はい治せます」と簡単に言えはしない。
とはいえ、
「少し診させていただいても?」
「うんっ」
アミルタの手渡してくれたミョルの脇に手を差し込んで、俺はそっとその体を持ち上げた。
〔 みょ~~~ 〕
ミョルは不思議な声で鳴いた。
その瞬間、何とも言えない感覚が俺の体を突き抜けた。
……なんだ? これは?
ミョルから発せられる気配だ。
まるで、体の内側をのぞかれているような気持ちにさせられる。
しかし、それ以上は何も起こらない。
……嫌がっているわけじゃ、ないようだな?
俺はおそるおそる、しかし新種モンスターの診察という好奇心には抗えず、ミョルのその体へと自らの魔力を流し込んでいく。
〔 みょ、みょ、みょ 〕
「ほう、ほう……」
〔 みょ~い、みょ~い 〕
「なるほどな……!」
おもしろい。
実におもしろいっ!
時間にしておよそ5分。
俺はたっぷりとミョルの診察を満喫する。
……時間はかかってしまったが、何となくミョルのことが分かってきた。
これまで数多くのモンスターを診てきたから分かる。
このモンスターは一種の合成生物みたいなものだ。
そして悪性腫瘍は素材となったモンスター同士の特性が悪い方にかみ合っていることによって起こっているようだった。
「フ……興味深い」
俺は金儲けのためにこのダークヒーラーという道を選んだだけだが、しかし、これまでつちかってきた知識が新種のモンスターにも通用するというのは純粋にうれしく、そしておもしろい。
それに、ここで新たなノウハウが溜まれば、今後の仕事の幅も広がろうというものだ。
なんとも、有意義きわまりない。
……それでは、少し働いてしまおうかね。
俺は白衣の袖をまくり上げた。




