第129話 ブーメラン作戦
「──ギャハハハッ! 見たかよ、マロウのあの顔!」
森の中を高速で駆け抜けつつ、ウルクロウが大笑いをする。
「アイツ、絶対にオレたちに戦力を集中させるぜ」
「でしょうな。であればありがたい」
ウルクロウのたくましい背中へと載せられながら俺は相づちを打った。
俺の提案した作戦は万事、順調に進んでいるようだ。
──この作戦に名付けをするなら <ブーメラン作戦>といったところか。
ウルクロウに広く敵陣地を駆け回ってもらい、エルフ戦力をかく乱する。そうして時間を稼いでいる合間に、後方で陣地構築を進めるのだ。
マロウの意識も直接引くことができたため、構築中の陣地へと集中攻撃を受ける恐れもないだろう。
「キウイよぅ、おまえの方の魔力はまだ大丈夫なのかっ?」
茂みをかき分け走りながら、ウルクロウが問う。
「ここに来るまでの間にもだいぶ治してもらったぜ? まだ時間稼ぎはできそうかっ?」
「問題ありません。多少の余裕を残した状態で後方の陣地に帰れるように計算していますとも」
ぜんぜん余裕、とまではいかなくとも抜かりはない。
ただ、今回はかなり消耗が早いことは確かだ。
その原因は全て、アルビノエルフとの戦い。
大聖域への対処と何度も欠損を繰り返すウルクロウの治療を並行的にし続けたことで、すでに魔力の半分くらいは持っていかれている。
だが、
「今のわれわれは継戦ではなくヒット&アウェイ。攻め入る際にウルクロウ殿が瞬間的なダメージを負うことはあっても、続けて攻撃を食らい続けるわけではありませんから、それほど魔力は消耗していません」
「ハッ、そりゃあよかった」
「むしろウルクロウ殿が戦う際の遠心力のおかげで、私の腕の力の方が先に尽きそうです」
「ギャハハッ! そんときゃ赤ん坊のように抱っこしてやるよっ!」
「フッ、ご勘弁願いたいところですな」
再び豪快に笑うウルクロウに、俺も思わずクスリと笑みをこぼしてしまう。
軽口を叩ける程度には余裕があった。
だが、決して気を抜けはしない。
──ブワッ! と。
ウルクロウの背中の毛が逆立った。
「何か来る!」
ウルクロウが大きく横へと跳躍をする。
その直後、先ほどまで俺たちの走っていた場所へと、まるで雨かのように細かい光の粒子が降り注ぎ、そして炸裂して、暗い森の中を広く照らし出した。
「キウイ、全力でしがみつきなっ! また、ちっとばかし本気で走るぜ」
グゥンッ。
まるでぬかるんだ地面に沈み込むかのように、ウルクロウの姿勢が低くなる。
そして一気に正面の風を切り裂いた。
ひと駆けで十数メートルの距離をゼロにする爆速スプリント。まるで周りの木々が後ろへと流れていく錯覚が起こるほどの、ウルクロウの超速走行だ。
そんな中で、
「──獣ふぜいが、神を振り切れるとでも思ったか?」
その低い男の声が耳朶を打った。
直後、ザバンッ! と。
まるで地面から波を起こしたかのように大地が派手にめくれ上がった。
そして目に映る限り周囲一帯の木々、茂み、岩ごと俺たちを吹き飛ばす。
「あっ……」
あまりの衝撃に、俺の手はウルクロウの背中から離れてしまう。
フワリと。体が宙を舞う。
……ふむ、腐っても賢者というわけか。
一瞬の思考の中で、その結論に至る。
おそらく、先ほどの声の主はマロウ。どんな技を使ったのかは不明だが、ウルクロウへと追いついて側面から攻撃を仕掛けてきたのだ。
「着地は……苦手だな」
俺は空中で膝を腹につけるように折り畳み、両手で頭を押さえてアゴを引いた。
そして落下。
「ふぐっ!」
衝撃を殺すようなきれいな着地など俺にできるはずもないので、甘んじて体の側面から落ち、ゴロゴロゴロッ! と勢いのまま地面を転がった。
そして木の一つに背中からぶつかってようやく止まる。
「痛い……」
俺はよろめきつつも、なんとか起き上がった。
……フム。だがよかった。大きなケガはないようだ。
いっしょに吹き飛ばされた岩や木々に体を痛めつけられるもなかったし、下手に地面に足を着こうともしなかったため、骨を折ったりもしていない。
不幸中の幸いというやつだな。
「しかし、まさか賢者自ら追いかけてくるとは……さすがに予想外だ。ウルクロウ殿は無事か……?」
「それをおまえが気にする必要はない、ダークヒーラー」
背後から先ほどと同じ低い声。
振り返る。
「おまえはここであっけなく死ぬのだから」
そこで俺の目がとらえたのは、エルフの男──東の賢者マロウ。
その姿を見るのは初めてだが、間違いない。
細かな意匠の施された白い着物をまとっているのもそうだが、その男が手に持った黄金色に輝く <光の剣>は俺の知る聖術理論からは間違いなく逸脱した神の域に及ぶもの。
その刃は容赦なく俺の肩口から斜め下へと斬り下ろされそうになる。
その直前、ゾゾッ、と。
俺の足元に落ちる影がうごめいた。
その影は蛇がうねるように、一瞬にしてマロウの懐へと潜りこんだかと思うと、
──ガキンッ!
「なっ……!?」
驚きにその目を見開くマロウの体は後ろへ弾き飛ばされていた。
その代わりに俺の正面に現れ立っていたのは、一体のフードを被ったゾンビ。
俺の影の中に潜んでいたゾンビ・シーフが、マロウの首元をめがけて逆手に持ったナイフを思い切り振り抜いていたのだ。
「こっ、このっ、下等生物がぁっ!!!」
しかし、その攻撃を受けてなおマロウに致命傷はない。
アルビノエルフのときにもそうであったように、マロウ本体もまた当然のように物理攻撃への対策を講じていたらしい。
「いくたびもっ、穢れた手で神に触れようとするなどぉぉぉっ!!!」
ゾンビ・シーフの攻撃にのけ反った状態のまま、マロウはその手の光の剣を乱雑に振るう。
それはエネルギー体の斬撃となってシーフを袈裟斬りにした。たちまちにその大きな傷口から見たこともないほど大規模な <神の炎>が燃え盛り、体全体を飲み込もうとするが、しかし。
「実に興味深い。斬撃にも回復聖術をまとわせていたのか?」
直後、全力のダークヒールがゾンビ・シーフを包む。紫色の光が俺とゾンビ・シーフをつなぐ影を伝って流れ込み、赤い神の炎と拮抗していた。
「チッ、ダークヒールか……忌々しい!」
「うーむ、だが斬撃にヒールをまとわせる意味がわからない。つまり、神の炎の発生原因は必ずしもヒールに限定されないということか……?」
「何をブツブツと!」
「しかし君、神の炎の勢いが強すぎるよ。ダークヒールでの鎮火が追い付かないじゃないか」
驚くべきことに、神の炎から察せるその聖力量はかつて王国の聖女が使っていた真約書による特別なヒールの数倍以上。
先ほどの無造作な斬撃ですらそれだけの力が込められていたのだ。
「フンッ。下等生物の分際でわが炎を消そうなどとおこがましい」
魔力を絶えずゾンビ・シーフへと流し込んで神の炎を中和し続ける俺の前へと、再びマロウが立つ。その殺意に満ちた目で俺を見下しながら、
「よくもこの俺に二度も触れて、あまつさえ悪魔の雷を……!」
そして、その手に出現させた光の剣を振り上げて言う。
「穢れた手を押し付けたことを、深く後悔し、懺悔し、そして死──」
「オレの戦友を虐めてんじゃねぇぞ、ゴラァァァッ!!!」
「──んベッ!?!?!?」
ガゴン!
俺の正面へと真横から飛び込んできてその重たい音を響かせたのは、白銀の影。
体のアチコチに傷を作ったウルクロウが、マロウの顔面を足蹴にして横へと大きく吹き飛ばした。
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次のエピソードは「第130話 神さえもぶっち切る速度で」です。




