第124話 キウイとウルクロウ、利害の一致
アルビノエルフを依り代としたマロウはグルリと周囲を見渡して、
「<大聖域>」
そう言うやいなや、その足元から一瞬にして真っ白な光を広げ、数十メートルは離れた木々までをもすっぽりと包み込んでしまう。
聖域──それは王国においては位相が悪の者を弱体化させる神の領域とされるもの。やはり王国で使用されている聖術は当然のように東の賢者マロウも使えるらしい。
まあ不発だが。
「いないだと!? どういうことだ……!」
アルビノエルフの激昂の声が響く。
「まさか早々に逃げたのかっ? あの脳足りんの魔獣どもが……!?」
信じられない、とでも言いたげな口調だった。
それを聞いたウルクロウが俺の後ろで、グルルッと不機嫌そうに喉をうならせる。
「おいキウイ、ちょっとオレはアイツ噛み殺してこようと思うんだがなぁ」
「そんな、もったいない」
稀少種なのだから、もっと丁重に扱いたいところだ。
それにはマロウの憑依からあのアルビノエルフを解放してやらねばならない。
できる限り、生かしたまま。
しかし、やはりそれは困難な道のりなのだろう。
「直接あぶり出してくれるっ!」
そう叫んだアルビノエルフの背に、扇を広げるようにして現れたのは黄金に輝く聖術陣。あまりにも大きく、さすがの俺の目にもその形をとらえることができる。
「ゲッ。あれってもしかして……」
俺の隣、アネモネが引きつったような表情で口を開いた。
「私たちがマロウから授けられた <光の大雨>の術式の原型かも」
直後のことだった。
聖術陣から飛び出した無数の光の粒が、周囲に向けてスガガガガガッ! と次々に射出され始めた。
またたく間にアルビノエルフの広げた大聖域内にあった木々の全てが吹き飛ばされ更地になってしまう。
「……デタラメな威力だな」
「アレ、いちおう神術の <万物を貫く聖術>の応用聖術っぽいから」
アネモネがため息交じりに言う。
「私たちが使う <光の大雨>はね、マロウがそれをさらに私たち <凡俗エルフ>に渡してもいいか、と思えるまでに希釈されて弱められたものなんだよ」
「なぜ弱める必要がある?」
「そりゃ、自分だけが扱える聖術じゃなくなれば、特別感がなくなるからだよ」
「ふむ……」
とうてい理解できん話だ。
技術なんて、この戦時下では共有してこそだと思うのだが。
まあ、今はそんな疑問はどうでもいいか。
「あの威力を乱発されては、すぐにここまで到達されてしまうな」
ゆえに、あの依り代のことは放置して、すでに確保済みの退路をエッホエッホと走って逃げるべきである。
だが、
「惜しいな……」
チラリ。
どうしてもアルビノエルフの方をのぞいてしまう。
手を伸ばせば後少しで触れられるというところに稀少種がいるというのに、退散しなくてはならないなんて……。
「チッ、惜しいぜ……」
背後から舌打ちの音。
ウルクロウのものだった。
「顔を伸ばせば噛み付ける場所に、敵主力がいるってのによぉっ! 聖域が邪魔だ……!」
どうやら、俺と同じく後ろ髪を引かれる思いをしているらしい。
「なあよぅ、キウイ。あの聖域をどうにか突破する方法はないもんか」
「まあ、ないことはないですが」
「あんのかっ!?」
鼻先を突きつけんばかりの勢いで身を乗り出してくるウルクロウに、俺はうなずいて、
「聖域による体の不調とは、絶えず浴びせかけられる聖力で体の内側を攻撃されているようなものです。なら、それを私が絶えずに治し続ければいい」
つまりダークヒールによる <全身並行治療>。ちなみにけっこうキツい。治療対象者は一人でも、実質マルチタスクなのだ。
医学書を読みながら、ソレと関係のない論文をしたためつつ、頭の中では医院の帳簿をつけて金勘定をするようなものである。
俺はしばしばやっているのだが、コレもなかなか頭がこんがらがりそうになるものなのだよな。
だが、複雑なだけでできんこともない。
「うっし。じゃあよぅ、キウイ。オレの背中に乗れ。そんでアイツをぶっ殺しに行こう」
ウルクロウの発したその言葉に、しかし。
「ダメです、キウイ様! さすがに危険すぎます!」
押し止めたのはシェス。
「障害は聖域だけではありません! 見たでしょう、あの凄まじい威力の光の粒を!」
「オレがかわせば解決だろ?」
「とうていできるとは思えません」
一歩間違えれば魔国幹部への侮辱ともとれる発言だったが、しかし臆することなくシェスは断言する。
「聖術陣の発動から光の粒の射出までほとんど間はありませんでした。加えて、周囲三百六十度に死角もありません。逃れるならば空中以外にないでしょう」
「ならオレが飛び上がってかわせば……」
「次弾をかわせずに終わりです」
「……チッ」
ウルクロウは再びの舌打ち交じりに頭をかいた。
「じゃあもう逃げるしかないってか。腹が立つじゃねーか……!」
それを尻目に、シェスは俺へと向き直る。
「前線基地へと帰りましょう。キウイ様の撤退のご判断のおかげで、幸いわれわれの損傷はゼロです。マロウの依り代による奇襲を不発に終わらせただけでも十分な戦果かと」
「……うーむ」
「キウイ様?」
俺は思考をめぐらせていた。
シェスは言っていた。
逃げ場は『空中以外』にはないと。
空中ならば被弾は避けられるのか……
「なんかいけそうな気がしてきたな」
「……え、キウイ様???」
「真っ当な方法ではないが、攻略法は見つけた。あとはウルクロウ殿しだいだ」
ウルクロウが自分を指さして『オレか?』と首をすくめてくるので、俺はコクリとうなずき返す。
「ウルクロウ殿にとって、かなりの激痛を伴う作戦になると思うのですがそれでもやれますか?」
「当然やるぜ。死ぬ以外はカスリ傷だ」
魔国で最も生命力あふれる魔獣、ウルクロウはそう即答した。
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