第123話 早い再会
アネモネ、キンセンカ、ローズの <聖杖の位置特定の聖術>で正確に他エルフ集団との距離を取りつつ、俺たちは唯一エルフの密集していないルートを進む。
先頭を行くのはウルクロウ。
本人いわく『罠には鼻が利く』らしい。
「罠とは例えばなんでしょうか……落とし穴とかでしょうか」
俺の隣でヒソッとシェスが聞いてくる。
どうやら先ほどのウルクロウ、アネモネらとの話を聞いていろいろと考えていたらしい。
「私の時代には落とし穴、落石トラップ、まきびしなどを魔族やモンスターに対して仕掛けていましたね。逆に仕掛けられたりもしていましたが」
「モンスターも使ってきたのか?」
「ええ。落とし穴などは特に、どこでも仕掛けられますからね」
「そうか。その時はどうやって対処していたのだね?」
「落とし穴ならば対処は簡単です。水の上を走るときのように、落とし穴を踏んだ足が落ちる前に穴の上から逃げてしまえばいいのですから」
「……なるほど、参考にできそうにはないな」
まず常人に水の上は走れないのだから、仕方ない。
「それに、そう単純な罠を用意しているとも思えん。なにせ西方エルフ国家と王国は魔国を共通の敵に位置づけている。可能性として、王国の近代的な罠が西方エルフ国家へと提供されている可能性も視野に入れねばな」
「……あの地雷と呼ばれていたものですか?」
「ああ。もし地雷が設置されているのであれば、魔獣部隊にとってはかなりの脅威となるだろう。作戦全体を見直す必要もある」
以前にエルデン奪還戦で地雷を攻略できたのは、そこが見通しの利く平地であったのと、自在に操れる五百体ものゾンビの準備があったおかげだ。
深い森の中、しかも夜に、待ち受ける地雷とエルフの二つに警戒しながら進まなければならない、なんて事態に陥ってしまえば、もうそれはほとんど負け戦と同義だろう。
なにせ、そんな中ではまず生き延びることを第一に考えなければならなくなるのだから。
「──おい、キウイ。臭うぜ」
先頭を進んでいたウルクロウが、ピタリと立ち止まった。
その顔を右へ左へと忙しなく動かしつつ、
「企みのニオイがする」
「企みの?」
「なんだろうな、コイツは……火薬や毒のニオイはしねぇ。だが、なにか違和感がある」
「……その直感を信じましょう」
魔狼種ウルクロウの狩りにおける第六感は、物的証拠並みの信頼を置ける精確さがある。
先ほど大柄な魔河馬種のヒポポが『連携して作戦に取り組むには乏しい知性』であると話しはしていたものの、しかし対照的に単独での狩りや戦闘において魔狼種の右に出る種族はほとんどいないだろう。
「気にかかるのは何ですか?」
「ニオイそのものだ」
ウルクロウはスンッと鼻を一つ鳴らし、
「この辺りに掘り返された土のニオイがするのに、罠のニオイがしねぇんだよ」
「……ああ、なるほど。そういうことですか」
その違和感には、少し考えてから納得できた。
「仕掛ける罠がないのであれば、いったい何のために土は掘り返されたのか……それがわからないと」
「そうだ。不自然だぜ。いったい、なんのために……」
そう言いつつ辺りを探って、ピタリ。
ウルクロウは地面の一点を見つめて止まった。
そこは緑の苔の生えた、一見してただの地面。
「ああ、そうか、そういうことか……どうりでニオイだけじゃ気づかないわけだぜ……!」
そうしてザシュッ! と。
ウルクロウはその鋭い黒爪の生えた右腕を薙いで、その地面を切り飛ばす。
俺たちがあぜんとしている中で、ウルクロウだけは「やっぱりな」と得心したように、苔の生えた地面の下でうずくまっていた <小さなエルフ>を摘まみ上げていた。
「もともとエルフのニオイがプンプンしてる森の中、エルフが隠されてたって気づけるわけがねぇってワケだ。しかしよぉ、こりゃいったいどういう罠なんだ?」
「あぅっ!」
ウルクロウに乱暴に投げ捨てられたその小さなエルフは小さく悲鳴を上げて、ウルクロウを、そして俺たちを見やる。
しかし、
「……っ!」
攻撃も何もしてこない。
不思議そうな表情で俺たちを交互に見て、その小さな体を震わせているだけだった。
まあそれもそのはず。
何もできるハズがないのだ。
だって──そのエルフは聖杖を持っていない。
そしてなにより、
「小さなエルフ、とは適切ではないな。まだ <子ども>のエルフじゃないか……」
おそらく、基礎的な聖術もほとんど使えないであろう幼子なのだ。
それがなぜこんな戦場に?
親はいったいどこだ?
「世界樹の集落の子だね」
いつの間にか、俺の隣まで来ていたアネモネがそう言った。
「感情表現が極端に少ない。生まれてすぐに親から引き離されて育てられていたんだろう」
アネモネはそう言いつつ、白く光る聖杖を掲げて子どもが出てきた地面を照らした。
当然、そこに空いているのは穴。その中に、ウルクロウの一撃で上の隅がナナメに斬られた、子どもがちょうど座って入れるだろう竹編みの箱があった。
「生き埋めにされていたのか? 酷いことをする」
「使い捨ての道具として、私たちを待たされていたんだろうね」
「……ほう」
アネモネの灯りが照らし出したその箱の中に、一枚の木の板を半分に割ったような木片があった。その木片に刻まれていたのは……聖文。
それは聖書と同じ。単純なものであれば、幼子だったって聖力を込めるだけで聖術を発動することのできる便利ツールだ。
「やっぱり。マズいよ。コレは」
淡々とした口調で、アネモネは言う。
「あの木片は元は二つで一つのもの。片方に聖力を込めることで、もう片方が反応する仕組みになっているはずだ」
「なるほどな。そちらの木片を持っているのがマロウかそれに近しい者というわけか」
まさか <情報収集>を目的とした罠だとはな。
「ウルクロウ殿、逃げましょう。間もなくここにはマロウか、あるいは依り代が来るだろう」
「なんだよ、ホントに逃げんのか?」
「前回は不意打ちだったからこそ倒せたのだということはウルクロウ殿だって百も承知のはずですよ」
「フンッ……まあな。アイツは規格外だ」
ウルクロウは気に食わなそうに鼻を鳴らしたものの、
「ヤロウども、全速で撤退だ! 元来た道を戻れ!」
そう大声を出し、魔獣部隊を走らせた後に俺とアネモネの首根っこを捕まえて自らも駆け出した。
すると、それとほとんど同時。
頭上に響き始めるのは、空を引き裂くような音だった。
──ギィィィンッ!
空が白む。
白く輝く彗星にも似た <ナニカ>が、先ほどの罠があった位置へと落ちる。
地面に突き立ったそれが引き起こすは、災害。
地面がひっくり返るのではないかというほどの衝撃が俺たちの足を浮かせ、鼓膜を直接ブン殴られたかのような爆音が空気を震わせしたたかに肌を打つ。
「屈めっ!!!」
「ッ!?!?!?」
ウルクロウに頭を地面に押し付けられた。
激しい衝撃波と土煙が俺たちの頭上を走っていく。
そのナニカの落ちた中心点から円環に広がった衝撃波が、そのあまりの威力で周囲の地面を丸ごと吹き飛ばしているのだ。
「ウルクロウ殿のおかげで助かりました」
「気にすんな。キウイのおかげで、オレも退き際を間違えなかった」
俺たちは立ち上がりつつ、大樹の陰に身をひそめる。
距離はだいぶ稼げているので、見つかる心配は少ないだろう。
空から落ちてきたその <ナニカ>の落下地点からはおよそ五十メートルは離れていた。
「キウイ様、ご無事ですか?」
すぐさま、俺の元にはシェスとゾンビ・ソルジャーが駆けつけてくる。
どうやら二人も無事のようだ。
「ああ。スワンくんたちは?」
「みなさん、キウイ様よりも先に逃げておりましたので無事かと」
「ふむ、それはよかった」
さて。
それじゃあそろそろ災害の方に着目しようか。
俺は木々のすきまをのぞき込むようにして、 <ナニカ>が落ちてきた方へと目を向けた。
「……見えん」
「どうやら、 <ヤツ>が落下してきた中心点から半径およそ十メートルほどのクレーターができているようですね。すさまじい威力です」
おそらくは何かしらの聖術によって視界を確保しているらしいシェスがそう捕捉してくれる。
優秀な部下がいると大変助かるね。
「で、その <ヤツ>とは?」
「白いエルフです」
「白い?」
「ええ。全身が白いですね」
……ワクワク。
「それはもしや、自然界においてありえないくらいの白さかね?」
「はい。不自然なほどに真っ白ですね」
「だとすれば先天性のメラニン色素欠乏種……アルビノの可能性もある、かっ?」
だとすれば、非常にレアである。
じっくり観察したいものなのだが……
しかし。
「どこだ白衣の下等生物! まさか今の一撃では死んではいまい!?」
森に高く険しい声が響いた。
そのアルビノエルフが叫んだらしい。
……しかし、もしや <白衣の下等生物>とは俺のことか?
俺のことを認知しているのだとすれば、アルビノエルフはやはり東の賢者マロウの依り代なのだろう。
むむ、困った。
これだけ警戒されてしまっては観察するのは難しそうだ。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第124話 キウイとウルクロウ、利害の一致」です。




