第100話 あまりにも過剰戦力
「まっ、魔国幹部のキウイ・アラヤ……だとっ!?」
殺伐とした牢屋の中。怯えたように隅で縮こまってしまっていたティガーへと正体を明かすと、背後の壁に体を押し付けるようにして距離を取られてしまった。
「ウッ、ウソだろっ!? 聞いてねぇよ、そんなの……!」
「それはそうだろう。誰かに申告してからさらわれたわけではないからね」
魔国にはまだ写真がない。王国であれば、重役にもなれば写真の一枚も取られて新聞に使われたりで、政治に関心のない一般市民でもその顔を覚える機会になるものだが……魔国ではそうもいかない。
まあおかげで、魔国幹部になってもこうやって秘密裡に動くことができているわけだが。
「まあ、私が魔国幹部かどうかなんて関係ないだろう? 君はただ私の案内をしてくれていればいいのだから」
「……」
八大獄門番である激爪ティガーは結局、死か裏切りかの選択で裏切りを取ったのだ。
俺としてはありがたい。しらみつぶしに本部を巡る必要がないわけだから。
「さて、それではさっそく行こうか」
「ど、どこへ……?」
「とりあえずはシェス……私と共に縛られて共に運ばれてきた女性がいたろう? その子の元へと案内してほしい」
「あの女か」
ティガーはため息を吐いた。
そしてオドオドとした様子で、
「いちおう、念のために言っておくぞ?」
「なんだね?」
「そのシェスとかいう女は大層な美魔だった。そうだな?」
「ああ。そうだね」
「その女の拷問と粛清を担当しているヤツは、俺と同じ八大獄門番の " 凶鞭エクスタシオン " っていうイカレ女だ。ヤツは自分より若くて美人な女を見ると、トゲ付き鞭で残酷なまでにその肉体をグチャグチャにしようとする」
「ふむ。それで? 何が言いたいのだね」
「だ、だからよぉ、そのシェスって女の身の安全は、俺には保障できねぇ……もし手遅れでも、俺に八つ当たりしないでくれよ……?」
ティガーは言いつつ、俺を連れだって牢屋を出る。
その先で、
「──ああ、キウイ様。よかったです、無事に脱出できたのですね」
他の牢屋で捕まっていただろうハズのシェスと、偶然バッタリ鉢合わせになった。
「シェス、君も無事で何よりだ」
俺はゾンビ・シーフから聖剣を引き取るとシェスへと渡す。受け取ったその手は赤く染まっていた。
「ところでシェス、君が運び込まれた先には女の魔族がいたと思うのだがどうしたんだい?」
「はい。いましたね。何やらヒステリックに暴力を振るわれそうになったので、先んじて殺しました。手刀で」
スチャッと。手をピンと鋭く構えて見せてから、シェスはハッとする。
「申し訳ございませんっ、もしや生かしておいた方がよかったでしょうか……?」
「いや、安全第一だ。問題ない。ちなみにその女の魔族の種族名はわかるかね?」
「えっと……確か、モスキージョ種だったかと」
「ああ、蚊系の魔族だね。もう診たことがあるな。ならばなおさら問題ない」
俺自身の職業上、魔族殺しは最低限に抑えておきたいところではあるが、しかし無法者に対してまったくの無害であることは不可能だ。仕方ない時もある。
それに今日の俺は非番。なのでプライベートな都合を優先……ということにしておこう。
「行先変更だ、ティガー君」
「……ウソだろ、あのエクスタシオンが、素手で……?」
「ティガー君?」
「はっ、はいっ?」
「他の八大獄門番、あるいは組織幹部たちが集まっている場所へ案内してほしいのだが、できるかね?」
ティガーは腰を引けさせつつも、コクコクコクと小刻みに首を縦にした。
* * *
どうやらこの組織の本部とやらは、かなり大きな邸宅に設置されているらしい。
間取りはイワガネのいたセーフルームのあった建物とは違って縦にも横にも広く、中央には大きな中庭まであった。魔都の魔族たちの金を吸い上げて、ずいぶんと贅沢な暮らしをしているようだ。
「こっ、この建物の一番上にある " 陰の円卓 " に、幹部も八大獄門番も、みんな揃っているはずだ……です」
「みんな? みんなとは八大獄門番の残り六名と幹部もそのトップもすべてかね?」
「は、はい。今日は月に一度の幹部会議の予定だったので」
ほう、なんという偶然だろう。
研究所を襲撃したという偽情報を流すまでもなく、すでにこの本部へと集まってくれていたというわけか。
「それは好都合だ。よし、ではさっそくその陰の円卓とやらに──」
「いやいや、そうはさせないよ」
唐突に、知らない男の声が響き、俺の言葉をさえぎった。
思わず辺りを見渡したが、しかし誰もいない。
「キウイ様……正面です」
シェスが聖剣に手をかけつつ、正面横の壁をにらみつける。すると、壁がグニャリと歪み始める……いや、壁と同色をしている何かが動いたのだ。
人型の姿をしたそれは、二体。俺たちの行く手に立ちふさがった。
「ティガー、まさかおまえが裏切るとはな」
「カ、カメレオン兄弟……! なんでおまえらがここに……!」
カメレオン兄弟……なるほど、体の色を変えることのできる魔族種か。珍しい。
声を発するまでシェスの目を誤魔化した実力、それにティガーの驚愕ぶりを見るに、恐らくはこれから行くはずだった陰の円卓にいるはずの八大獄門番のメンバーなのだろう。
「なんでもなにもないだろう。われわれはコイツでつながっているのだから」
カメレオン兄弟の一魔が、ジャラリと。首元からぶら下げているものを取り出して見せつけてきた。それは八芒星の銀のネックレス。その八つの角にはそれぞれ古い魔族の古代数字のようなものが振られており、その内の一つが焦げたように黒く塗りつぶされていた。
「あっ……!」
ティガーが思い出したように大きな口を開けた。
そしてカメレオン兄弟と同じく首から下げていたらしい八芒星をシャツの内側から取り出して、
「そうか、エクスタシオンが死んだから……!」
「ああそうだ。" 七番 " が欠けたのがわかったのさ。まさか忘れていたとは言うまい」
「……!」
ティガーはおそるおそる俺を振り向いていた。小刻みに震えつつ、涙目で。
……ふむ、どうやら本気で忘れていたみたいだな?
俺はティガーの首から八芒星のネックレスを外して手に取って見た。
おお、よくできている。
文脈から察するに、コレには何かの魔術がかけられており、八大獄門番の誰かが死ぬと八芒星の角が塗りつぶされて、他のメンバーに報される仕組みになっているのだろう。
なるほど、それであれば異変に気付いて俺たちを待ち伏せていたということにも納得はできる。
「さて、大人しくしろよ、工作員ども。間違っても強硬手段なんて考えるんじゃない。おまえたちはすでに詰んでいる」
カメレオン兄弟はそろって同じような笑みを浮かべると、
「いま、研究所には八大獄門番No.1の男 " 魔槍トゥインコ "、それにNo.2の " 焦熱拳アッチース " が現場の調査のために出張って行ってる。この意味はわかるな?」
「……八芒星にこれ以上の異変があれば、その二魔はイワガネたちの裏切りを察して研究所の者たちを魔族質に取る可能性があるということか」
「その通り」
カメレオン兄弟は得意げな表情で、悠然と俺たちへと歩み寄ってくる。
「大人しく投降しろ。そしておまえたちのバックに誰がいるのかを吐け。そうすれば、エクスタシオンを倒した実力を買って組織に招いてやってもいい」
「いや、けっこう」
「なんだと……?」
「魔族質の心配はない。研究所の方は安泰だ」
俺は、ティガーのネックレスをカメレオン兄弟へと改めて見せつけてやる。
先ほど黒くなっていた角に加え、いま現在進行形で上の角二つが黒く塗りつぶされはじめているその八芒星を。
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次のエピソードは「第101話 【Side:研究所】三人の長命者たち」です。
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