元村の北の森と妖精を連れた勇者の話
残念ながらそれを鵜呑みにするほど性格は良くないし、こちらとしては出来る限りの調査を今日中にしたいのでこのまま引き下がれない。不死鳥騎士団の盾を左手に持ち、前に出して左前足に体重を乗せて構える。
「あら条件が御気に召さないのかしら?」
「いやそっちが来てギルドで説明してくれるなら良いけどそうもいかないだろう? となるとこの辺りがどうなってるのか調べて記録しないと依頼が達成出来ない。だからはいそうですかと引き下がれないんだよ」
「聞き分けの無い子ね……」
相手は身動き一つしていないが雰囲気が変わったのが分かる。そしてシシリーのさっきの言葉からして足を止めてるのは不味いと考え、横に浮遊していたシシリーを優しく掴んで斜め左へと飛び退く。
「あら何かが見えるのかしら」
「うちの相棒の助言だよ。魔力がこの辺りに充満していて、その発生源は貴女だと」
「……やはり貴方とは事を構えないのが得策かもしれないわ」
「どうしてそう思う?」
「妖精を連れてる成人の人間族ってのは怖いのよ普通。妖精は言わば夢幻の住人。現実に追われ死に向かい走り続ける、時間に限りある人間とは真逆の存在。本来であれば、そういう存在とは幼少期の同じ夢を見られる間に決別している筈だから」
「子供だって言いたいのか?」
「どちらかよ。子供かそれとも世界を揺るがす大物か。聞いた話だと二振りの聖剣を携え妖精を連れた伝説の勇者が居たらしいわ。ぼさぼさ頭のおっさんで暗めの色の軽鎧を着た……えーっと名前は何て言ったかしら。確か二文字だったのは間違いないんだけど」
「だからさっき顔を歪めたのか」
「剣を持ってない以外聞いた通りだったから、問答無用で成敗して来るかと思って警戒した訳よ」
どうやら暗闇の夜明けとは関係無いらしい。しかしそんな勇者が居たとして並べられると恐縮してしまうな。まだシルバーに上がったばかりで大した功績も無いのに……まぁそのお陰で要らぬ戦いを避けられたなら万々歳だ。その勇者とやらに感謝しないとな。
「協力してくれると思って良いのか?」
「今回に関しては協力しましょう。貴方は悪い人ではなさそうだし、こっちとしても状況を把握して貰って人間に介入して貰わない方が早く終わる。そこから先はまた今度ね」
こうして話は纏まり、彼女の案内で森を散策する。例の元不死鳥騎士団の砦跡地を見下ろせる山の麓近辺は今巨大蜘蛛の根城になっていて、そこから元村の間の範囲内で四種類の動物やモンスターが縄張り争いを繰り広げられているという。
狼の上位種で体も大きいウェグウルフ、虎より毛が逆立ち牙も長いノットウタイガー、虎と同じくらいの大きさのバリバジリクス、それらの屍から生まれたゾンビのようなゴーストロウ。其々を見て回ったが、最後のゴーストロウが引っ掛かる。
死霊使いの可能性を問うも分からないという。ゴーストロウの発生自体がそもそも解明されていないので、人間側は基本火葬だし他の生物も知能が高い種族は仲間が死んだ場合は必ず細かくして土に返すという。
「元の状態で生き返ってくれたら歓迎なんだけど、絶対にそんなことにはならないからね。そうなら良い思い出と共に眠って欲しい訳よ」
「確かにそうだな。今日は案内本当に有難う助かったよ」
「別に案内するくらいどうでもないわ。貴方なら薙ぎ倒して行けば問題無いだろうしね」
「貴方じゃなくてジンよジン!」
定位置で大人しくしていたシシリーが鎧の縁に掴まりながら抗議をしてくれて思い出す。
「そうだった……名乗るのを忘れていて申し訳ない。俺の名前はジン、シオスの町の冒険者だ。宜しく」
「あらご丁寧にどうも。私は巨大蜘蛛の個体上位種のアラクネよ、宜しくね」
アラクネに対して手を差し出すと、彼女は笑ってから手を握ってくれた。小屋の近くまで送って貰いアラクネとはそこで分かれる。小屋に挨拶しそのまま町へ戻り依頼の報告をすると、ダンドさんは報酬は直ぐに出せないので翌日にと言われ宿に戻る。
宿の食堂に赴くとサガとカノンが居たので食事を共にした。そして今日あった話をしてなるべく今はそちらに近付かないようにと伝える。二人は今町の中の依頼を主にしているようで、郵便の配達で城下町とここを行ったり来たりしているようだ。
今城下町では何が流行ってるとかこの道を通ると城に近いとか色々教えてくれて、あっちで活動する場合は二人に案内を頼むかもと言うと喜んだ。シシリーはカノンと御喋りをしたいというので、その間に風呂に行くことにする。
「うぃーっす」
風呂に行き体を洗ってから湯船に浸かっているとコウガが入って来た。コウガはあの後国営牧場の警備に付いていたが、マゲユウルフたちと静かな攻防戦を繰り広げ精神的に疲れたという。こちらの依頼の話をすると、深い溜息を吐いて自分も早くそう言う依頼を受けたいとぼやく。
暫く浸かってから風呂を出て体を拭き、着替える前にコウガは傷だらけの体に白いクリーム状の物を塗っていた。コウガは肌着の上に鎖帷子を着ていてその所為で傷ができやすいらしい。アイラさんに見て貰ったら経年劣化の所為でトゲトゲしているからだと言われ、修理に出したようだ。
「それって自分で作ってるのか?」
「ああ。自分で調合して自分で塗ってる。この仕事は生傷絶えないし他人の調合した薬なんてこれまで買えなかったからな。先代の首領が薬草の知識が豊富な人で色々教えて貰った御蔭だ」
「それ販売したら結構売れるんじゃないか?」
「どうだろうな……この国は戦が少ないから需要があるかどうか」
「傷薬は欲しいと思うぞ? 主婦の皆さんとか手があれるだろうし」
「なるほどそうなのか。なら考えてみるかな。お前が店を構えたら軒先を借りて売ろう」
「家賃は取るぞ?」
着替えて宿の食堂でエールを頂きながら、今町で何が流行っているかなど話し合った。カノンとシシリーは部屋に帰って寝てしまったが、サガが自分も話に加わりたいと言うので三人で会議をする。今はぎこちないが、元は仲間だった二人なのでいつか自然に喋れるようになれば良いなと思いながら夜は過ぎていく。
読んで下さって有難うございます。宜しければ感想や評価を頂ければ嬉しいです。




