巨大蜘蛛と不思議な場所
「ジン殿、この先は我々も未調査の領域です。私の個人的な意見ですが、この依頼は何か変です。どうか気を付けてください。命に危険があると感じたら戻ってくださいね。それは恥ではありません」
見送ってくれた兵士に無理をしないよう念を押された。彼らの様子からしてあの話が嘘だとは思えないが、本当だとすれば巨大蜘蛛を調査する場合必然的に他の野生動物とも接触、と言うか戦う羽目になる。
彼らが争っているのは子孫繁栄の為の縄張り争いだ。人に飼われているペットですらありそれを侵されると攻撃的になるのに、野生動物が大人しくしている訳が無い。
特に余所者が入ってきたせいで激化しているとなれば警戒心は増大し、相手の実力を推し量っている場合じゃない程ひっ迫し始めているというのをさっき襲撃を受けて感じた。
「シシリー、何かほんの少しでも魔力を感じたりしないか?」
「うーんほんの少し魔力を感じるかどうかって言われると、元々この星全体の微量だった魔術粒子が今は回復したから、私の様な存在が自由に動けるし更に大きな妖精も誕生しているわ。人間だと気付き辛いと思うけど、ジンの言うほんの少しの魔力は私たちにとって空気に等しい」
「となると魔法や魔術を使わないと分からないか」
「そうね。少なくとも今のところは妖精や魔法や魔術の感じはしない。最も狡猾に事前にそれを隠していたら分からないけど」
森を歩きながら周囲を警戒しつつ鎧の右側に戻っているシシリーに問うと、そう答えてくれた。暗闇の夜明けの存在をどうしても意識してしまうが、今のところそういう関連でないなら良かったと思っておこう。
小屋があった場所から暫く進んでいると、シシリーが立ち上がり鎧の縁に掴まりながら顔を少し出して前を見る。何かあったのだろうと思って歩く速度を緩めながら何が出て来ても対応出来るように気を張っておく。
「これは何……?」
更に進むと崖が現れ立ち止まる。それを見てシシリーに問われたが答えようが無かった。崖の一部の飛び出た部分が見ようによってはトラックの前の部分に見えるし、左側には人の歪んだ顔のように見える部分があったのだ。
崖に偶然出来た模様にしては違和感があり、シシリーもそれを感じて訊ねたのだろう。そう言えばこの辺りは確かこの世界で初めて降り立った場所なんじゃないか? アリーザさんにもこの近くであった気がする。
「ジン危ない!」
聞き終わる前に前方へ飛びながら後ろを向くと、白く細いものがさっきまで居た場所に刺さっているように見える。動物達のこちらを警戒する視線はずっと感じていたが、攻撃して来たのは例の狼モドキ以来だ。
「シシリー、相手は何処に居るか分かりそう?」
「……この辺りなのかここなのか分からないけど可笑しいわ。魔力が充満していて探れない」
充満している? まさか爆発を狙ってるんじゃないだろうな。こんなところで爆発なんて起こしたら森が一気に焼け野原になり兼ねないぞ。
「こんにちはお兄さん。ここに何か用かしら?」
「そっちこそここに何か用か?」
「問いに問いで答えるなんて失礼ね貴方。殺しちゃおうかしら」
ニュアンスウェーブを掛けたような肩まである金髪に高い鼻そして真っ赤な唇。スタイルに自信があるようで黒のボンテージを着こみ、ヒールが高いブーツを履いていた。
そこまでは人間ぽいが少し釣り上がった瞳の瞳孔が細く縦に伸びているのを見て別の者だと分かる。美人に化けた者は余裕の笑みを浮かべて腕を組み立っていた。あの白い物体はいつの間にか消えている。どうやって回収したんだろうか。
「気を付けてジン。この魔力の発生源はアイツよ」
「ジン……?」
再度鎧から出て針を腰から引き抜き構えるシシリー。その言葉に反応し前に居る女性は顔を歪めたが、まさかこんな界隈でも有名人になってるのかと思うと気が滅入るな。まだシルバーになったばかりなのに有名になり過ぎだろ。
「……ねぇジン。ここに何しに来たか教えてくれたら見逃してあげるわ」
「さっきは失礼したから一応答えよう。巨大蜘蛛の調査に来た」
「そうなのね。場合によっては退治するの?」
「個人的にはしないで済むに越したことはない。生息範囲等を調べ糸を採取して帰ろうかと思うが、襲ってくるなら戦う他無い」
「糸を勝手に取られるのは困るわ。私たちが得物を取る為に仕掛けているのだから」
彼女はそう言うと背中から蜘蛛の足を生やしたが、威嚇しているだけで戦うつもりはないようだ。ただもし彼女たちが人間を襲うなら脅威になるので退治しない訳にはいかない、そう考え彼女に問う。
「何の為にここに縄張りを張ろうとしている?」
「何の為って空いてたからよ。今この辺りが騒がしいのはその所為。元々この辺りを縄張りにしていたゴブリンが減ったのを見て潰しに掛かった。弱い種族はこの近くにある妙な廃墟の所為で近付かない。だから賑やかなのよここは」
「残ったのは廃墟に怯えないくらい強い種族だけだからこんな感じなのか」
「そうよ。分かったらそれを報告したら良いわ。少し経てばこのお祭り騒ぎも収まる。私たちは態々食べもしない者を襲う気はないけれど、襲ってくるなら容赦しない」
「人間を襲わないって言う保障は無いだろう?」
「悪いけど人間なんて土を食べた方がマシなレベルに不味いと言われている物を、私たちは好き好んで食べないから襲わないわよ。もし襲った巨大蜘蛛が居たらその時は教えて頂戴。襲われた以外の理由で殺したらソイツを処分するから」
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