対シンラ戦
「今!」
イグニさんの声に反応し、浮いていたアリーザさんに駆け寄って一か八か手を取り引っ張ってみると、抵抗なく簡単に引っ張れた。だが意識が無いので踏ん張れず倒れそうになったので受け止め、大きく後ろに飛び退いた。
「な、何だと!? 何故貴様が触れられる!?」
「ちぇいやぁ!」
イグニさんはシンラが視線をこちらに移した瞬間出来た隙を見逃さず、物凄い速さで剣を引き地面に着地すると紋様を避けシンラの胴を切り上げる。肩義手の右腕が発光しているようにみえるが、何か魔法の補助を受けているのかもしれない。
「流石悪玉の親分だけはある」
「糞ッ……貴様如きに!」
シンラの胴を捉えたものの、それはローブを切り裂いたのみで体を真っ二つには出来なかった。露になったのは鍛えに鍛え上げられた腹筋に刻まれていた悪魔の顔の様な紋様だ。シンラはそれを見せたくないのか素早く燃え盛る村の中へ飛び退き、他の部分を手繰り寄せて隠す。
それにしてもこれだけ色々動きがあってもフードが一切ズレず顔が一切見えないのは変だ。そうまでして顔を見せたくないというのは、顔を見れば何かが分かってしまうからなのだろうか。
「シンラ、準備が整ったのならさっさと掛かってくるが良い。まさか逃げまいな? 只の人間如きに尻尾をまいて逃げるなど、お前の名声も地に落ちよう」
イグニさんの挑発に筋肉が隆起し拳を握りしめたので応戦するかに見えたが
「精々吠えているが良い。必ず最後は私が勝つ」
大きく息を吐き出すと捨て台詞を吐きゆっくり上空へ浮き上がり始める。イグニさんはそれを逃がすまいと斬りかかるが、シンラも今度は不用意に受けず警戒して避るだけに留めた。シンラを飛ばさないよう近くの木を蹴り上から飛び掛かるイグニさんに対し、シンラは挑発のお返しとばかりにひらひらと避け更には手招きまでし始めた。
最初出会った時の印象から予想外の展開に弱くイラッとしやすい人物なのかと思っていたが、自分以外を見下しているのか大分沸点が低く挑発に乗せられやすい性質なのかもしれない。これを利用しない手はない。自分が持っている技で一番の大技である風神拳を叩き込むにしても確実に当てないと意味がなし、長距離は無理だろう。確実に挑発して受けざるを得ないように持って行かなくては。
「ジン! 風神拳を!」
後方からティーオ司祭の声が飛んで来た。シンラにも聞こえるにも拘らずそう叫んだと言う事は、風神拳を打てば確実にシンラにダメージを与えられるに違いない。抱えていたアリーザさんを地面に座らせてから木に寄りかからせ、倒れないのを確認してからイグニさんの攻撃に加わる。イグニさんの攻撃を避けたシンラに追い打ちをかけ更にイグニさんが隙を突く。
「即席の連携にしてはやるでは無いか。だが貴様がジンを大分気遣っているように見えるので十全では無いのが残念だよ私を倒せたかもしれないのになぁ?」
「シンラよ、そんなにジン殿に注視しているところからして怯えているのか?」
「……ああ恐ろしいとも。俄かには信じがたいが、あの風神拳をこの短期間にマスターしているとすればな。この村に来た時から監視はしていたが、特別な才を持っているような人間でも無いので捨て置いたが」
「お前は俺が何故ここに居たか知っているのか?」
「知らん。知っていたとすればそれなりに対処していたよ。まさかここに来て仇になるとはな」
「どうだ? 俺の風神拳が本物かどうか受けてみないか? シンラ程鍛えていて格闘のセンスがある人間が、初心者の俺の攻撃に耐えられないとも思えない」
「安い挑発だがコイツより品がある分マシだな。その言葉に免じて受けてやる。ゲンシ・ノガミが教師として優秀かどうか見てやろうではないか」
風神拳は凄い技だと勿論思っているが、シンラも同じ評価をしているとは。マスターしたなんて全く思っていないし、師匠のあの凄さには近付けてはいないがティーオ司祭が打てと言うなら何かあるのだろう。
それにシンラも挑発に乗って受けてくれると言ってくれたので、全身全霊で風神拳を打とうと気をし絞り出すように覆気し体を覆う。そして右手右足を引いて構え腰を落として左手をシンラに向けて突き出す。
目を瞑り下っ腹に集中し息を整え右拳に集中し
「風神拳!」
目を開きながら思い切り右足を前に出し、地面を踏みしめると同時に右拳を放つ。お風呂場の屋根に当たったのとは全く違う大きな突風が前へ向けて巻き起こり、シンラは顔の前に両腕を交差させて防ごうとしたが、そのまま吹き飛ばされて燃え盛る村の建物に突っ込んで行った。更にその建物も倒れて行き、村の反対側の入口まで建物は倒れ続ける。
あまりの威力に驚き地面へへたり込むも、全く体に力が入らなくて堪えられずに仰向けになってしまう。
「これが女風呂に突っ込んだ成果か」
「嫌な記憶を呼び起こさないでくださいよ」
暫くシンラを警戒していたイグニさんは剣を収めこちらに近付いて来て、微笑みながら俺の顔を覗き込み手を差し出した。少しだけ力が戻って来たので手を握り握手を交わす。そのまま手を引っ張ってくれたので起き上がったがまだ若干ふらふらする。
師匠はどうなんだろうか。一発放ったら今の俺みたいにふらふらになるのだろうか。偶然出来たとは言え本当に凄い技を教えて貰ったなぁ、と放った方向の荒れ具合を見て他人事のように感心してしまう。
「あれで死んだりはしないだろうが、かなり深手を負ったに違いない。逃げるのも恥と思わん奴だからもう来ないだろうがな! ガハハ!」
「カスが私を愚弄するな」
「イグニさん!」
イグニさんの腹部を長い爪に灰色の肌の手が貫いた。背後には白い髪に顔中紋様だらけ、瞳孔は開き白目の部分が赤く染まっている男が居た。
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