ベアトリスの兄
「誰か来たのか? って君はジン殿じゃないか。ルキナどうした」
背後から声がするが振り向けない。というのもこのお兄さんが殺気を向け続けているからだ。何をそこまで怒っているのか全く見当も付かないんだが、ベアトリスのお兄さんだと確認出来て先ずは何より。後ろに居る人物も俺を知っているとなると、町長とも通じている人なのだろうか。
「俺の大事な妹にちょっかいを出してるおっさんだから気が抜けないだけだ」
「おい、何て言い草だ。俺はベアトリスにちょっかいなんてこれっぽっちも出してないぞ!」
「フン、分かったもんじゃない。こないだ女湯に飛び込んだのがその証拠だ。胸に手を当てて聞いてみろ、これまで一度たりともベアトリスに対してやましい気持ちが無かったと言えるのか!? 我が妹ベアトリスは母と同じような美人だから分からんでも無いが、お前とは年が離れてる諦めろ」
「ルキナ……早口で言い過ぎて俺たちにはよく聞き取れない。もう少しゆっくり言わなければジン殿たちも意見しようがないと思うのだが」
良かった冷静に突っ込んでくれる人が相手に居て。ルキナと言うお兄さんの名前であろうものを呼び捨てにしているという事は、後ろに居るのはお兄さんにとって目上の人に違いない。これで少しは話が冷静に進むと良いんだけど。
「兎に角、だ。お前がベアトリスの周りをうろちょろしていられるのもこれまでだ。奴らを成敗したら次はお前の番になる」
「兎に角じゃないぞルキナ。ジン殿はベアトリスの面倒をしっかり見てくれてた人だし斬るんじゃなくてお礼を言う方が先だ」
「お礼!? 何故俺がコイツにお礼を言わねばならんのだ! 我が妹と一つ屋根の下で過ごし平日は共に甘味処に出向きニヤニヤしてるような奴は斬らねばならん」
「えぇ……」
とても激しておられるお兄さん。後ろの人もゲンナリした声で抗議をするが、意に介さずプンスカして治まらない。町長と相談し何かを探しているのは知っているし、その為に会いたくても会えないだろう。だが聞いた感じからしてこちらの生活を監視出来ているようだし、そんな暇があるなら手紙の一つも出してやれば良いのにと思わずには居られない。
「他人の生活を監視してる暇があるなら手紙ぐらい出してやれよ、お兄さん!」
「何だと貴様!」
つい口を衝いて出てしまった。お兄さんにはかなり刺さってしまったらしく、剣を振り上げて斬りかかろうとしてきた。距離を取ろうと横へ動こうとした瞬間、後ろに居た人がお兄さんの背後に回り込んで羽交い絞めにする。見るとお兄さんの右腕を抑えている手の先がフックみたいなものになっていて、それ以外はお兄さんと同じ格好をした人物だった。
「お二人とも、町長への連絡は?」
「盗賊を雇って知らせに行かせたはずだが」
盗賊を雇って町長に知らせに行くって中々ヤバい人だなこの人も。シスターはその盗賊は道端で斬られてたと伝えると残念無念と言って空を見上げた。今までこんな感じで人に騙されて来たんだろうなと思いながらも悪い人ではなさそうで安心する。
「取り合えず一旦町長と合流しましょう。詳細が分からないでは攻めようがありません」
「分かった。行くぞルキナ」
「くっ……! 仕方ない!」
促されて諦めたかと思いきや、羽交い絞めから解放されると斬りかかって来た。何だこのお兄さん危な過ぎるだろ。味方に後ろから刺されかねなくて震える。
「すまんなジン殿。私の盾の駄賃だと思って許してくれ」
「え、この盾の持ち主の方ですか!?」
「そうだ。ファウス・イグニと言う。改めて宜しく!」
「腕を斬られたって聞いてましたが生きていたとは」
「何とかこうして生きている」
イグニさんは右腕のフックを見せて笑った。何でも町に来て盾を売り、冒険者をしながら情報を集めていると、探している人物が居ると教えられた場所に出向いた。だがそこには誰も居らず背後から襲い掛かって来た自警団に腕を切り落とされたと言う。
「ティーオ司祭が居なかったら今頃死んでいたのは間違いない。だが私はまだ死ぬ訳にはいかんのだ」
「偶々紋様を探しに私たちも森に入っていたので運が良かったですね。自警団は私に知られてしまい運が悪かったでしょうが」
襲われているのを見たティーオ司祭が声を出しながら近付くと自警団は逃げ出し、直ぐにイグニさんの腕の治療をして一命を取り留めそれから事情を聞き町長にも紹介して協力関係になったそうだ。ただ大っぴらに知られる訳にはいかないので、イグニさんは死亡したというていにした言う。
「ジン殿も関わってしまった暗闇の夜明けの件だ。私は彼らが増長する切っ掛けを一つ与えてしまった人物でね。最早何をしても許されないだろうが、少しでも償う為にヨシズミ国まで来たのだ」
そう言う切り出して移動しながら話を始める。片田舎の天才剣士と煽てられた少年イグニは腕試しをするべく都会に出た。道場破りをしようと訪ねた最初の道場でいきなり敗北を喫する。その相手が後の不死鳥騎士団の団長であるフェリックスさんだったそうだ。
道場の息子として研鑽を積んだフェリックスさんは、町がモンスターの集団に襲われた際に冒険者が前に出て兵士が後ろでのんびりしている姿を見て”普段はいざ知らず、こんな時にも冒険者を盾にするなんて”と憤り門下生を引き連れて騎士団を結成。
騎士たちは近隣の手強いモンスターや盗賊団、山賊たちを倒して名と腕を上げ各国から依頼を受けて出向くまでになったと言う。イグニさんは副団長としてフェリックスさんを支えたが、もっと積極的に介入し不死鳥騎士団が存在する限り紛争を起こさせないくらい影響力を持つべきだと主張。
フェリックスさんは騎士団が恐怖の対象となるのを危惧し拒んだ。それに不満を持ったイグニさんに声を掛けて来たのが、道場があった国の大臣でありアリーザさんの父親のノマネクだと言う。ノマネクは国で権力闘争に明け暮れ、出来たての暗闇の夜明けを使い暗躍していた人物らしい。
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