異世界人、営生を終える
「なんで!? なんでなの!? 私は神様なのに! なんで勝てないの!? 可笑しいよ!」
何度目かの天壌無窮を発動した後で、アーテは叫び宙を浮きながら地団太を踏む格好をしていた。イエミアの生き写しのような尊大な態度や言葉遣いは鳴りを潜め、言葉も表情も感情が先に出て来ている。
「ジン頑張って! あの子を参ったって言わせるには、何度ズルしても無駄だって分からせないと駄目よ!」
シシリーのアドバイスを聞き頷き同意してから、辿り着いたらどうしたら良いか聞いてみた。彼女はこちらを見て腰に手を当て胸を張った後で
「そんなの一つしかないわ! ぎゅって抱きしめてあげて!」
そう言って抱きしめるポーズをする。気恥しいなぁと呟くと父親なのに気恥ずかしいとは何事か、と叱られてしまった。
―子どもなのにそんな顔しないで。
大先生に初めて声を掛けられ、その後抱きしめられた時のぬくもりを未だに覚えている。あの温かさがあったからこそ生きてこれた。
答えは記憶の中にしっかりあったんだなと感慨深くなるが、何十年経とうが捨てられたというのは辛い出来事であり、大先生たちを思い出すと一緒に出てしまう。
ここにくるまで振り返れなかったのも、そこが壁になっていたんだろうなと今さら気付く。おっさんになっても死んで異世界に来ても、学ぶべきこと新しく発見することは多い。
「大丈夫?」
襲い来る兵を斬りながら考えてしまい、上の空に見えたのかシシリーに心配かけたようで謝罪する。彼女はそうじゃなくてと言いかけてから、少し間があってから目を逸らし気にしないでと言われた。
言いたいことがあるなら気にせず言えば良いのにと思ったが、ニニギさんたちが襲い掛かって来たのでそちらに集中する。
「ジンよ、そろそろ別れの時が近いようだな。この戦いでは負けに負けたが、次はこうはいかないぞ!」
唯一自我を保っていたニニギさんは、こちらに斬られると笑顔でそう言い残し消えて行った。しっかり見送りたかったけど、彼を倒したということはアーテのすぐそばということになる。
技を出される前にと思い素早く跳躍するも、視界が歪み正確な位置を把握できなくなってしまった。
「なんでよ! 天壌無窮!」
伸ばした掌は払われまた時を戻される。どの攻撃よりもあの子に払われた手が痛いな、と思いながら再度走り出したが足元がふらつき躓いてしまった。
呼吸は乱れていないがやはり強敵との連戦に次ぐ連戦、精神も脳も限界に近いのだろう。視界も歪んだり収まったり繰り返している。
なんとか三鈷剣を杖代わりにして立ち上がり、大きく深呼吸してから歩き出すも前がよく見えず蛇行してしまう。
「いけ、お前たち! なぜあの悪魔を攻撃しない!?」
アーテの言葉を聞きつつシシリーに案内を頼むと、彼女は胸元から出て先導してくれた。目の前にいる兵たちの闘気が消え、なぜかアーテへの道を譲るように開けてくれる。
「私が呼び出した兵なのになんで言うことを聞かないの!? ソイツをやっつけてよ!」
泣き叫ぶアーテに対し兵たちは彼女を見ずに、こちらを見ながら胸に右手を当て消えていく。理由が分からないがこちらもそれに恥じぬよう、気合を振り絞り背筋を伸ばし歩いた。
歪む視界なので正確ではないかもしれないが、気付けばこの世界のあちらこちらに亀裂が溢れ、景色は夜明けを迎えようとしているように見える。
「あ、ああ……」
「ジン、アーテが!」
宙に浮いていたアーテがゆっくりと下りてくるのを感じた。これまで何度となく走った彼女までの距離なのに、とてつもなく遠く感じる。
異世界に降りてからの出来事が次々と浮かんでは消えていく。アリーザさんと出会いヨシズミ国で冒険者業を始め、師匠と出会い武術を学んだことなど、すべて昨日のことのように思えた。
「く、来るな……来るな!」
「ジン、アーテは目の前よ……」
「待たせてごめんよアーテ。お父さんやっと辿り着いた」
ゆっくりと左膝を付き怯える彼女を優しく抱きしめる。初めて抱きしめる我が子だが、想像以上に大きくしっかりしていて安心した。
シシリーもアーテの肩に立ち頭を撫でると大声で泣き始める。
―よくぞ辿り着いた、大地の守護者よ……お前の雄姿、我が心に深く刻まん
不動明王様の声が聞こえた次の瞬間視界が戻り、世界がガラガラと音を立てて崩れ始め
「あれ……!?」
「こ、ここは……ジン殿! アーテ!」
消えてしまった皆が蘇ってこちらへ向かい走ってくる。
―神を名乗る者が元の幼子に戻った今、それが消した者も戻るのが道理。
どうやら仲間たちの復活は、不動明王様からのご褒美のようだ。ゆっくりとアーテを抱きかかえて立ち上がり、アリーザさんが来るのを待つ。
―ジン、この世界をこのままにしては何れまた災いが起こる。これだけのものを破壊するには我が剣に焔を点すだけでは足らず、すべてを注ぎ込み竜を宿らせ俱利伽羅剣と無し、我が言葉を告げながら斬る他無い。
竜と聞いていつだったか見た夢を思い出す。あれはそのことだったのかと考えていると、そうだと不動明王様は教えてくれた。
―あれは最強の剣にして最大の技を放つもの。一度放てばそれが終わりとなる。
そうか、それが最後の仕事、皆がこの星で生活していくために講じる手段、最後の営生になるのかと呟くとアリーザさんが近付いて来る。
「ジン殿……」
「アリーザさん、この子の事を頼みます。どうか優しく強い子に育てて下さい」
「な、なにを言ってるんですか先生!」
アリーザさんが来る寸前でアーテは泣き疲れたのか寝てしまい、別れも言えずそのまま彼女に預けた。
怒るノーブルに対し笑いつつ篭手を外し今日で免許皆伝だ、と言って渡すとアーテに負けないくらい号泣しだす。
ベアトリスとルキナには不死鳥騎士団の盾を渡し、これまで親父さんとイグニさんの形見をありがとうと感謝を伝える。
「ジン、私も!」
一人ひとりと握手を交わし感謝の言葉を告げ、ゆっくり皆のところを離れていくとシシリーが追ってきた。
長い間共に居てくれたことに感謝しながらも、夢を叶えてやれなくて済まないと謝罪すると泣き出してしまう。
「シシリー、悪いがあの子のことを頼む。イエミアは倒したが本当に平気なのか、俺にはもう見届けてやれない。お祖母ちゃんとして俺の代わりに面倒を見てやってくれ」
「酷いわ、ジン」
「ごめんよ」
最後にシシリーを右手で包み頬に当て、そう言って離し背を向けて歩き出す。世界を星を歪ませるほどの空間を作り出し、神を名乗った娘の後始末をするには、気をすべて使っただけでは足りない。
皆が見えない場所まで来ると剣を両手で持ち、剣腹の中央を額に当てながら気を絞り出す。家族も無く恋人もいない冴えない平社員のおっさんサラリーマンが、異世界に来て家族を得て子供も出来、その上世界を救うなんて笑える。
「すべてやりきった……楽しかったし満足だ」
全身の血の気が引いて行くのを感じ、いよいよ最後かと思いつつ柄を見ると竜が宿っていた。自然と体が動き剣を掲げ、最後の一撃を振り下ろすべく構える。
―すべての諸金剛に礼拝する、怒れる憤怒尊よ、破砕せよ
「すべての諸金剛に礼拝する、怒れる憤怒尊よ、破砕せよ!」
不動明王様の言葉に続き発し、怒りや憎しみ、悲しみや後悔など何もなく、真っ新な気持ちで振り下ろし雲を突いた。剣が刺さった場所を起点とし雲にひびが入り崩壊が始まる。
世界は朝焼け色に染まりながら、ガラスが砕け散るように壊れていった。まさか最後の最後に美しいものを見ながら逝けるなんて、贅沢だなと思いながら意識は遠のいく。
向こうの世界でなに一つ成せなかった自分にとっては、本当に幸せな日々だった。
すべての人々に感謝し、娘の幸せを祈りながら目を閉じる。
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「アーテ! どこにいるのです!?」
「アーテちゃん! どこにいるの!? 怒らないから出ておいで!」
うっそうと生い茂る森の中、低い女性の声と甲高い女性の声が木霊し目を覚ました。どうやら体力が尽きて寝てしまったらしい。
見つからないようにゆっくりと体を起こし、中腰になりながら茂みの中を移動する。本当にツイてない。地上に降りてからこっち二足歩行で歩くのすら辛いのに、ああやって少し出かけたらすぐに追いかけられ、逃れるのに一苦労だった。
「匂いがしますね。近くに居るのは間違いない」
「なんか音が聞こえない? あっちの方!」
神の力もないのになぜ匂いと小さな音で分かるのか理解しがたい。失いはしたが欠片はあるし、魔法もエレミアに習っているのだから、多少は使えるのだ。
心配いらないから追って来るなと一度怒ったら、烈火の如く怒られる。実力を見せても溜息を吐かれ、どれだけ強くとも今は駄目だと言われた。
「六歳児の能力とは思えない」
「そりゃジンとアリーザの娘だもの。神様の力が無くても凄いのよ」
そう、忌々しいがこの世界を救った英雄であるジン・サガラの血を、私は引いている。アイツのせいで私は力を失いこんな目に遭っていた。
だからこそ一刻も早く見つけて文句を言い、顔面をしこたま殴ってやらなければ気が済まないのだ。誰も彼もが奴は死んだと言っているが、私は信じない。
アレが生きているのを私は感じているのだから、間違いなく生きているのだ。二人にも説明したが憐みの目を向けられたので、二度と話さないと決めている。
世界を壊した後で落下したのであれば、今直ぐ探して見つければ止めを刺せるかもしれない、そう考えるとにやけてしまった。
「見つけましたよアーテ……」
「さぁ御家に帰りましょうね?」
一瞬の隙を突かれたのか腕を掴まれ驚き見ると、母と祖母と言い張る妖精が不気味な笑顔をしている。心臓が飛び出しそうになるもなんとか逃れようと暴れたが、上へ放り投げられてしまった。
「暴れるんじゃありません! 帰ったら御説教です!」
「なんで!? さっき怒らないって言ったのに!」
「私は言ってません」
「ズルい!」
落下して母に抱き留められてしまい逃げられず、その上抗議したものの叶わず、怒られながら岐路に付かされる。
まぁ良い、私にはまだ時間が沢山あるのだ。ジン・サガラよりも若いのだから、必ずや自分の手で見つけ出し、制裁を加えなければならない。
それが私、アーテ・サガラの営生のスタートだ!
完
これまでのご愛読、誠にありがとうございました。




