同化のズレと隙間
「あらご両親ともに覚悟が出来た訳ね、それは結構。まぁこちらもお前たちを生かしておくつもりは無いから、全力で来てもらっても構わないからどうでも良いけど」
クロウに目覚めさせられたとはいえ、もはやこいつはこの星の悪そのものだ。大地の守護者として今度こそイエミアを確実に消滅させる。
気合いを入れ直し迷いも吹っ切れた今、返答をせず勢いのまま斬りかかっても良かったが、出来れば逃げられないように精神的な足かせをしたい。
イエミアは計画の全てを遂行し終えこちらに勝った気でいるし、アーテを人質に取っている時点で有利だ。
なにかこちらを絶対に殺すと思うような言葉は無いか、そう考えた時にヤスヒサ王の名を思い出す。元の世界でイエミアは過去の出来事から恨みを抱き、ヤスヒサ王を殺したが転生したこの世界では逆に殺されていた。
別の人間に魂を移し替え人生を全うしても憎しみは消えず、そこをクロウに利用され再度復活している。
間違いなくこれには反応するだろうと考え、彼女を見ながら
「お前こそそろそろまともに戦ったらどうだ? また逃げても良いが、ヤスヒサ王が逃げ回ったという話を聞いたことが無い。このままだと長生きして汚名をまき散らしただけで終わるが」
先ほどのお返しとばかりに抑揚をつけ演技するように話したところ、どうも上手くなかったらしく鼻で笑われて終わりだった。
少しでも心の楔として刺さってくれれば良いなと願いつつ、偽・火焔光背気を送り悪渾身の一太刀浴びせるべく飛び上がる。
「ワシを忘れてもらっては困る!」
あと少しと言うところで突然竜の首が横切り遮られた。急いで潜り抜けようとするも、別の顔が前を塞ぎ口を開きながらこちらを見る。
放水の直撃を防ぎたいが向こうの口の中には既に水が渦巻いており、穢れることのない白は間に合わない。少しでも軽減すべく腕を交差しながら気の防御壁を張って身構えた。
「それはこっちもだ!」
放たれる直前でライデンが来てくれ竜の顎を蹴り上げ難を逃れる。一撃目は逃れたものの、あっという間に残り七つの顔に囲まれてしまう。
近距離で八岐大蛇の技を出されたらダメージは計り知れない。どうあっても前に出てくるのであれば、ここは先ず八岐大蛇を倒すしかないかと方針を変え、焔を右手に握る剣と左拳に宿す。
「ジン・サガラ、コイツは私たちに任せてアーテ様を……救ってください!」
飛び掛かろうとしたところで突然竜の顔が傾き雲の方へと倒れていく。見ればテオドールが足を掴んで持ち上げており、驚くことにそのまま巨体を見事投げ捨てしまった。
ライデンと顔を見合い目を丸くしていたところに、声を詰まらせながらアーテの事を頼んでくる。彼の想いに応えるべく、頼む告げて八岐大蛇の首を掻い潜りイエミアへ向けて飛んだ。
「お涙頂戴ってやつかしらね。元の世界なら少しくらい感動もしたでしょうけど、神となった私にはなにも響かないわ」
「思い上がるな悪鬼羅刹が……どれだけ多くの人の光を奪えば気が済むんだ? お前だけは命に代えても必ず倒すと言ったはずだ。もう逃がしはしない……必ずヤスヒサ王始めお前に狂わされた人たちの前に送ってやる!」
「勇者様は言うことが違うねぇ……! さっきも言ったけど私の方こそもう逃がしたりはしない。ここで決着を付けようじゃないか、ジン・サガラ!」
イエミアが手をかざすと空間が歪み、頭上に装飾の凝った丸い枠に納められた鏡が出現した。決着を付けようと言ったのに武器では無いものを出してくる、その意味は分からないが時間を与えては駄目だ、ということはわかる。
「せっかちな男だ! 大人しくしていろ!」
「消えろ悪霊!」
体も自然に動いてくれ、鏡を掴む前にイエミアに斬りかかることに成功した。手をこちらに向けた瞬間、突然重しが圧し掛かったように体が重くなり動きが鈍くなるも、気合でそのまま突っ込んで剣を振るう。
一瞬だけしか効果が無いのかすぐに効果は消え、止まらず斬りかかり続ける。こちらの攻撃を避けるために鏡の位置から離れ出し、それが気になっているようで鏡に視線を向け続けていた。
「クソッ! 邪魔をするな!」
両手をこちらへ向け突き出し、先ほどより重い圧を掛けてくる。即無効化することは出来ず、一瞬動きが鈍ったこちらを見た後で、彼女は身を翻し背を向けて鏡を取りに移動する。
命の危険があるのを顧みないほど、あの鏡を取ることに固執するのかと驚きつつ
「竜牙拳!」
ならばと剣を一旦放り投げた後で両手首を合わせ竜牙拳を放った。気で出来た竜の頭部はイエミアを追い越し、鏡を口に入れるとそのまま遠くへ運んで行く。
―ジン、鏡はアリーザに任せてくれ! 僕から取るよう頼んだ!
ミカボシさんの声が聞こえたのでアリーザさんを見ると、既に走り出している。出現させたイエミアも諦めずに追跡をしようとしたが、それこそさせるものかと行く手を遮った。
「そこを退けジン・サガラ。たかが鏡くらい持たせてくれても良かろう? 女子の嗜みだ」
「退く訳ないだろうイエミア。たかが鏡くらい持たなくても良いだろう? 真剣勝負の邪魔だ」
会話中も突っ込み突破を図ろうとして来たものの、全力でその行く手を遮り続ける。鏡は恐らく神器で間違いないのだろうが違和感があった。
なぜなら三鈷剣の場合は相手に奪取されることは無く、常に傍にいてくれたし呼べば手元に来てくれる。
神になって自分で呼び出したものが手元に来ないのは妙だと思い、必死の形相で来る彼女に疑問をぶつけてみたが、うるさいと一喝されてしまう。
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