呉越同舟
「こちらも残念だイエミア。俺は今後お前のような奴を見掛けたら、話し掛けることにするよ」
面倒だが最後まで持ち上げようと心にもないことを言ったが、イエミアはそうと思っていないようで微笑みながら頷いた。シシリー助けてくれ俺はもう限界だ、そう心の中で嘆いたところで羂索が二回引っ張られる。
現在も説得中のようだが無事だと分かりほっとするも、ここからどうやって時間を稼ぐかが難題だ。話を続けようとすれば不自然になるので、また先ほどのように相手の攻撃を避けつつ焔を撒くしかないか。
「お前の辞世の句も聞けたところで私としては満足だ。そろそろこの羂索を抜いてくれないか? 付き合って話をするのも飽きた」
切り上げ戦闘を仕掛けようと動きかけたこちらをけん制するように、イエミアは右犬歯を指さしそう言った。元不動明王様と縁のあった家の娘だけあり、現在は神の眷属ともなれば見えるらしい。
心底驚いたが無表情のまま見つつ頭をフル回転させる。こちらはシシリーを送り込みアーテの説得に向かわせており、まだ引っ張ってという合図がない以上は引き抜く訳にはいかない。
飽きたという割にはせっかく新しい話題を振ってくれたのだから、出来るだけこのまま時間を稼ぎたいところだ。
話を続行したくなる返しは無いかと考えた時、ひとつ気になった点がありそれを出そうと思った。イエミアは羂索を飛ばしたことを承知で放置しただけでなく、今引き抜けといってきた理由だ。
彼女が余裕をもっていられることがあるとすれば、それは洗脳が完了したからだろうなと思ったので、それを返してみるもどうかなとはぐらかされる。
もったいぶるのが大好きなイエミアに対しては、もはや手の内がバレた以上食らいついた方が良いだろう、そう考えはぐらかしている部分に食らいついた。
「そんなに簡単に再洗脳できるとは思えないな」
「出来るね。お前のお陰でアマテラスは幼児退行のような精神状態になった。絶対に守ってくれる存在の中に帰ることで、あっさり成る」
「絶対に守ってくれる存在か……その点お前は信用がない気がするが」
「ここには私しかないからな」
余裕の笑みを浮かべるイエミアを見て、自分で言ってて悲しくないのだろうかと思い苦笑いする。しばらく何とも言えない空気が流れた後で、彼女は突然目を細めこちらを見て来た。
なにが気になっているのか分からず首を傾げると相手も首を傾げる。無言の時が流れたが少しするとイエミアは自分の胸元を指さした。
よくわからんのでもう一度首を傾げると無言で胸元を二度指してくる。なにがあったのか分からず困惑していると
「糞虫はどこへ行った?」
そう言ったので困惑が顔に出てしまった。羂索が中に入ったのが見えていただろうというも、それは見えたという。シシリーも一緒だったがというと向こうが今度は困惑した顔をする。
イエミアはここでも数回シシリーと会話していたはずなのに、あの時だけ見えなかった。ひょっとすると魔法を使い姿を消して入ったのだろうか。
答えを探していたところでイエミアから、相棒を私の中に放り込むとはお前は鬼畜だと言われる。たしかに中に入れば死ぬと言われていたのに、シシリーは今も健在だった。
試しに羂索を引っ張ってみると強めに引っ張り返され、まだ元気だというのも分かる。こちらの非道を突いてやったと得意げな顔をしていたイエミアも、徐々に真顔に戻っていく。
中に入ってすぐには死ななくとも、だいぶ時間が立っているのにシシリーは元気なままだ。こちらも想定外だろうが、あちらはもっと想定外だろう。
クロウはこの世界を創造した神であるが、その師匠であるミシュッドガルド先生も似たような存在であり、シシリーはそれを認識出来たからこそ、ここでもすべて見えて聞こえていたのではないだろうか。
恐らく先生の手伝いをする者として選ばれた際に、耐性も得たと思われる。中に入れば死ぬと言われた理由は知らないが、神と似た者と交流があり手伝いを頼まれた妖精は、この世界での規格外の存在であり、故に無効化出来たのかもしれない。
ここは一つ思っていることを口に出し、相手の混乱を煽ろうと考え口を開いた。
「俺思ったんだけどさ、シシリーは羂索と一緒に中に入ったけど、さっきから定期的に引っ張ってるから生きてるんだ。なんでだろうと思った時、そう言えばシシリーってミシュッドガルド先生と会ってたなぁって。それにここでもすべて見えていたし」
こちらの話を聞いているうちに、イエミアの顔はみるみる青ざめていく。振り返ればイエミアはここの維持などにすべての魔力を使っている、そんな感じの事を言っていたが、シシリーを見えず感知できなかったのはそれが誤算の元だろう。
シシリーの魔法と言えど、凄腕の魔法使いであるイエミアであれば、そんなものはあっさり見抜いていたはずだ。
「ば、ばかな……羂索は悪を捕えるものであり、今は対極の存在となったアマテラスを捕えるために、それを放ったのではないのか?」
「いやお前全部が悪じゃん。羂索をただ投げただけでは、お前を拘束するだけしかできないだろう?」
そう言われて納得した顔をしたあとで、慌てて口から垂れる羂索を掴むが、それは彼女が敵対した不動明王様の所持品だ。掴んだ手から煙が上がり焔が着火し始める。
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