未来へ繋ぐために
「アア……」
先ほどまで地べたに座っていた赤ん坊が起き上がり、こちらに近付いてきたようだ。もう望みは叶ったのだろうから、イエミアがこの子を消滅させたりはしないだろう。
せめて新しい世界では元気で楽しく暮らせるようにと祈る他無い、そう思っていたところ手が動き出し
口の中に放り込まれる。まだお腹が減っていたのかと思いつつ、自分を食べることで満足するならそれも良いだろう、と考えながら転がっていく。
やがて皆が囚われていた場所に到着したが、打ちひしがれてしまい起きる気力もない。
―よし、ここなら色々遮断されるから安全じゃろう。あの赤ん坊を守ろうとしたことが幸運を呼んだのじゃろう。
壁を見つめているとミシュッドガルド先生の声が聞こえ、胸元を見ると神の影響から大人しかったシシリーも元気を取り戻し、身に着けていたペンダントが光っていた。
図らずもイエミアの狙い通りになってしまい、この星が新たな神に支配されるので今のうちに逃げて欲しい、そう告げると笑われてしまう。
先生曰く、今はペンダントを通して通信しシシリーを介して見ているので、なにかあってもあまり影響はないという。万が一本当に新たなる神の支配に至りノガミの殲滅が行われれば、やっと人類は一方的に捕食される側から抜け出せたのに、また元の最底辺へと戻らざるを得ない。
クロウを倒すのは本来なら自分の役目とは思っていたものの、この地に居て新たなる神に取り込まれてしまっては、食い止める術を失う為アドバイスに徹していると教えてくれる。
新たなる神もイエミアも人間なのにというも、新たなる神は幼く教養も人としての経験もなく善悪の区別もない、補佐するイエミアは怨念に囚われており神が善に傾くことは難しく、ノガミ殲滅後に人を救うことはしないだろうと言われ納得した。
―ジンにも覚えがあろうが、過ぎたる力を得たものはその力に囚われる。ワシも力に覚醒した時にはそりゃあ酷いことをしたもんじゃ。今の行動を当時の人たちが見れば偽善者の化身と言われても仕方がない。
クロウもまた同じだという。生まれながらにして神から与えられた力を、己が欲の為だけに使い今もそれは変わっていない。実際はテオドールが指摘したように神というには程遠いのに、神などと名乗り続けるのは増長している証拠だとも先生は話す。
―神として作られた少女を救うも救わぬもお主次第。じゃがこのままイエミアの好きにさせておけば、恨み辛みなどの気持ちで命を奪い続けることを是とする者となり、あらゆる世界を含めた中でも最低最悪な神になりかねん。
たしかにこのままではイエミアの傀儡として良いように利用され、善悪も分からず罪だけを重ねてしまう。なんとかしなければとは思うものの、ここまで徹底的に出し抜かれ利用された自分が助けられるだろうか、という不安を抱いている。
皆をなるべく生かして返したいと思いながらも、まんまと新しい神によって生殺与奪権を握られてしまった。例え神の場所を見つけたとしても、また相手に出し抜かれさらに悪化してしまうのではないだろうか。
これ以上状況を悪化させないためにも今は大人しくしておき、力を蓄え後のチャンスを窺った方が良い気がする。
戦える味方はもう一人もいないので戦力が不足しているのもあるが、なによりイエミアたち相手に戦い抜ける自信が自分にはなかった。
心の中にいるもう一人の自分が弱気な考えに対し難色を示すも、今は最悪の展開を避けることを考えるべきだと説得を試みる。
逃げであることをわかっていながら自分を騙すため、必死に説いている哀れな姿を見たくない。分かっていながらも弱気に押されていた。
「ジン、助けに行こう? お父さんが子どもを助けなくて誰が助けてあげるの?」
ここはミシュッドガルド先生に頼もう、と自分の中で結論が出て口を開いた瞬間、シシリーの言葉が胸に刺さる。思えば自分は親に捨てられた人間だが、大先生たちに拾われ育てられたことでなんとか人として生きられた。
多くいる捨てられた子たちを全力で面倒見てくれた大先生たちに、恥ずかしい思いはさせまいと心の中で誓ってきたはずだ。
自分がさっきまで考えていたことは誓いを破るものでは無かったか、親に捨てられた自分が今度は子を捨てるのか、それは胸を張れることなのか。
心の中のもう一人の自分が真っ直ぐそう問いかけてくる。気付けば冷たくなっていた体全体に、熱いものが流れ出し涙腺をゆるませた。
「ああ、ああそうだなシシリー。俺は間違っていた弱気になっていた。誰かにされたことを危うく自分でもしそうになっていたよ」
―行くか? 神の領域へ。味方はシシリー以外誰もいなく、ワシもここから先は付いて行ってやれんが。
「私がいれば百人力よ!」
「シシリーありがとう、力を貸してくれ!」
今度こそ負けは許されない、本当に最後の戦いになるだろうが必ず勝つ。勝ってアリーザさんに娘を渡し未来につなげる。自分が多くの人たちと繋がり強大な力を得られたのも、他の人では敵わぬ相手と戦うために違いない。今こそ役目を果たす時が来たのだ。
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