諸刃の切り札
手の届く距離まで近付いたところで、楽しそうな表情を浮かべながら剣と刀を思い切り振り下ろす。悪意も殺意も無くただ遊んでいるだけというのが伝わってきた。
なんとか一瞬の隙を突いて口の中へ入りたいがそれを見越してか、開いた口の中には先ほどまで無かった光の格子が見える。
一見魔法のように見えたものの、気を広げてみると格子自体に気が発生しており、それはイエミアのものに違いなかった。
粒子になったということは魂状態なのだろうけど、体はどうしたのだろうか。答えはしないだろうとは思ったが、なにか少しでも情報が得られないかと一応質問してみる。
「そんなこと教える訳……まぁ良いわ、教えてあげる。私の体はもう最後のステージに置いて来たの。あなたがここを突破できると信じてのことだけど……無理そうかもねぇ」
赤ん坊の攻撃というかじゃれつきを避けつつ、イエミアからの返答を頭の中で反芻し考えた。最後のステージとは彼女たちが作り出した神がいる場所だろう。
動き回りながら確認したところ、この近くにそれらしい物もいびつな場所も見当たらず、感じ取ることも出来ずにいる。
最後のステージはひょっとするとこの赤ん坊を倒すか、中の皆を救い出すかした後で出てくるのかもしれない。前者はこちらとしては無理なので後者しかないし、それを見越して口に自ら格子となって現れたのだろう。
赤ん坊は倒せないが、イエミアにはすべての技を使えるし倒すことも可能だ。彼女もそれは承知しているはずなのに進入を防ぐためとはいえ、格子という形でこちらに分かるように存在を見せてきた。
切り札の赤ん坊に対する絶対の自信が窺えるだけでなく、かすって攻撃してしまえば加護を失うので、それを狙っているように思える。
ただでさえ攻撃を避けるだけでも厳しいのに、その隙を付きだけでなく確実にあの格子のみを攻撃しなければ終わり、という難題を突き付けられた。
さすがすべての事件の黒幕とも言うべき人物だと呟くと、胸をさすられたので見るとシシリーがこちらを見て微笑んでいる。
元々大して学も無くこの世界に来ても多くの人に助けられてきた。せっかく頼れる自称母親がいるのだから、困っている時は恥ずかしがらず助けてもらえば良い。
「私思うんだけどさ、あの子は一応赤ちゃんなわけでしょ? だったら思い切り動き回らせれば疲れて眠るんじゃないかな」
助言を求めたところ、顎に手を当て難しそうな顔をして考えた後でそう答えてくれる。思い切り動き回らせる案は名案だと思うが、お腹が空いて暴れないかと聞くとニヤリとして任せろという。
なにやら秘策があるらしいので彼女を信じ消耗を促すべく、これまではこれまでは受け身で避けるの身に留めていたものを止め、空中を移動したりして相手の体力消耗をより促してみる。
思い切り逃げすぎて距離が離れると泣きそうになったので、ある程度距離を保ったり気を遣いながら動き続けた。
あまりにも捕まらないからか得物を放り投げ、ぐずり寝転がると暴れ始める。どうしたものかと途方に暮れているところに、シシリーからあやすために近付こうと提案された。
イエミアの動きが気になるなと思いつつ、今は大人しくしているようなので素早く近付き、シシリーと共におでこを撫でたりしてあやしてみる。
「もらった!」
「ジン危ない!」
徐々にぐずりが収まり笑顔が出て来たところで、イエミアの声とシシリーの声が同時に聞こえ急いでその場を離れた。見れば赤ん坊の耳から光の粒子が伸びこちらの背後まで迫っており、なんとか間一髪攻撃を避けられホッとする。
「ンマァアアアアア!」
「な、何をする!?」
赤ん坊はあやしてくれたこちらが離れたことに怒って暴れ出し、完全に引っ込んでいなかったイエミアを掴むと暴れはじめた。光の粒子状態は魂が剥き出しと同じなので激痛らしく、叫びながら逃れようと彼女も暴れている。
これはチャンスではないかと思いギリギリまで近付き、口の中を見ると格子は完全に消えていた。あとはタイミングを見て一気に侵入するだけだと覚悟を決め、その機会を待つ。
「止まれ!」
掴まれたまま放そうとしない赤ん坊に業を煮やし、ついにイエミアは強制停止の手段に打って出る。再度瞳孔を開いて動きを止め、体全ての力も抜け寝そべった。幸い口も開いておりここがチャンスと見て素早く口へ目掛けて突っ込んだ。
「動け!」
「ジン戻って!」
あと一歩というところでまた声が同時に聞こえ、強引に体を捻り回転させ頭を飛び越える。動けと言われたことから赤ん坊は再度体を起こし辺りを見回し、こちらを見つけると笑顔を見せハイハイしながら向かってきた。
なんとか今の一瞬を物に出来ればと悔やんだものの、暴れ出せばイエミアでも手が付けられないという情報を得たので、欲をかかずにシシリーの助言してくれた時を待とうと思い直す。
彼女に感謝を述べた後で、再度空中を移動しながら赤ん坊の相手をする。機能を停止されられたところでエネルギーが補充される訳でもなく、疲れがリセットされる訳でも無いようで動きが鈍くなり始めた。
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