無邪気な切り札
攻撃的なイエミアがわざわざ防御技で手の内を明かしてくるという、真反対と思える行動の意味を考える。
鏡桜花はウィーゼルの技ではあるものの、村正に得物を変えてから見せた技だ。組織に在籍していた期間には見たことはないだろうし、つい最近見てすぐ真似られるような技ではない。
先ほどの技を出した際には同時に白刃偽獣も出していた。仮に吸収し技が使えるならイエミアの性格に合う上に、不意打ちにもなる攻撃技の方が出したいはずだ。
ウィーゼルのみならずノーブルを始め他にも攻撃に特化した人物がおり、吸収しているのだろうから技の選択肢があるだろうに、なぜこちらが攻撃してもいない状況で防御技を出したのだろうか。
目の前にいる赤ん坊はこちらを見て微笑んでいるが、隙だらけのこちらを攻撃して来ないのも気になった。ひょっとして攻撃出来ない可能性があるのか? と思ったものの、シンラたちは食べられてしまっている。
いや、食べたのはお腹が空いたからであって、敵意を持ち攻撃したのではないと仮定すると、この空白は納得出来る気がした。
被害が出ないなら放置したいところだが、目の前でこちらの仲間が食われたので倒さなければならない。食われたという言葉でひとつ疑問が浮かんでくる。あれがイエミアの作品だとするならば元は何だろう、という点だった。
もし仮に彼らの作った神と同じなら、母であるアリーザさんを食べたりはしないと思う。近くにアリーザさんが居ないとなれば、腹の中にいるのは間違いない。
考えられるとすればイエミアの遺伝子を組み込んだ子か、または遺伝子工学と魔法で作った赤ん坊っぽい何かか。
後者であるとすれば食べたのではなく、こちらの仲間を全て腹の中で捕獲しているだけでまだ生きているはずだ。
「イエミア、それはお前の赤ん坊か?」
「そうよ? 可愛いでしょ私の赤ちゃん」
楽しそうに語るイエミアの声を聞き、それは嘘ではないかと感じる。なぜなら神を作るのであれば、ノガミの炎を操れる自分の血を入れるだろう。ノガミの炎を操れなければ操れるノガミに倒される、というのをこちらは身をもって知っている。
対ノガミという点で万全を期すならば、持っておいた方が安全なのは彼女が一番知っているはずだ。ヤスヒサ王は神であるクロウを一度倒しており、神殺しにおいての実績もあった。
ノガミを捨ててでも、アリーザさんとこちらの遺伝子を組み込で神を作ったのに、いまさら自分の血を入れた子どもを作り乗っ取るだろうか。
実験をしてみるべく呪術法衣を呼び出し纏い近付こうとしたところ、こちらを見て怯えたような表情を見せる。暴れられては困るのですぐに法衣を脱ぎ空間へ放り投げしまった。
笑顔を見せながら手を振ると赤ん坊は機嫌が直ったのか笑い始める。油断した今がチャンスと思い他の皆を探すべく気を広げたものの、赤ん坊の巨大な気に阻まれ確かめられなかった。
「シシリー、あの赤ん坊の中に他の皆がいるか分かる方法はないかな」
胸元を見ると彼女は顎に手を当てて少し考えた後、手をぽんと叩きちょっと待っててと言って飛び出す。どこへ向かうのかと思ったら赤ん坊のところだったので、止めるよう叫んだが止まらず近付いてしまう。
攻撃の意思を持っていないとはいえイエミアがいる以上、シシリーが近付けば尻尾で叩いてくる可能性がある。こちらが心配していた通りに尻尾が動き出し接近を拒んだものの、上手い具合にそれらを潜り抜け赤ん坊の顔の前まで到達できた。
「僕ちゃん良い子ねぇ」
シシリーが赤ん坊のおでこを撫で始めると、徐々に笑顔になり手を叩き喜び始める。やがて口を大きく開き歓喜の声を上げた瞬間、彼女は素早く口の中へと進入した。
「おのれ余計な真似を!」
イエミアの声が聞こえると同時に、喜んでいたはずの赤ん坊は瞳孔が開き無表情になって動きが止まる。どうやら本物の赤ん坊ではなく、赤ん坊のようなものだと分かり少しだけ安心し、急いでシシリーを追うべくこちらも口の辺りへ移動した。
口を開けて入ろうとしたがびくともしない。これだけの力があればこそ土ごとかじったんだなと思いつつ、気を増幅させ出力を上げる。
「ジン!」
あともう少しというところで鼻の穴からシシリーが飛び出て来て、さらにその後を追うようににゅるりと光の粒子が出てきた。
「くそっ! まさかこの世界の妖精程度に後れを取るなど!」
どうやら鼻水はイエミアだったらしく、こちらを見ると急いで中に戻っていく。少し間があってから赤ん坊は瞳孔が元に戻り、こちらを見ると険しい顔をしたので急いで離れる。
胸元に戻ってきたシシリーの報告によれば、赤ん坊の腹の中は管が沢山出ており、それらにアリーザさんたちは拘束されていたという。
息はあり生命力も感じ取れるが弱っていると聞き、こうなったら強引にでも口の中へ入って皆を助けようと決意した。
「バレてしまったのは仕方がないにしても、どうやって口に入るのかしら? あなたにこの赤ん坊が攻撃できるの?」
そう言われて言葉に詰まる。赤ん坊が作りものだとしてもあれ自体に悪意は感じられない。悪意の無いものには不動明王様の焔は通じないので、別の方法を取る他無いが赤ん坊を攻撃すればこちらが悪となり、加護自体を失う恐れがあった。
「出来ないでしょう? 私も不動明王を知っているわ。これは誰でもない、あなたに対する最強の切り札なの」
赤ん坊は笑みを浮かべてこちらを見ると同時に、右手に村正を左手にファーストトゥーハンドソードを持ち、ゆっくりと立ち上がるとこちらへ向かって走り始める。
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