必殺技修得!
更に体を捻り落ちる先を見ると何と町まで来てしまった。その上この方向は不味いぞ! うちの宿のお風呂場、しかも女性専用の所に突っ込んでしまう! 傍からみたらラッキースケベかと思うんだろうが、そっから先を考えたら気まずくてやってられん!
「ぐぎぎ!」
歯を食いしばりさっき師匠がやっていた動作を一か八かで真似てみる。やるしかない! 自分の尊厳を護る為にも女湯になんて突っ込めるか! 失敗したら骨折程度で済むかどうか分からないが背に腹は代えられない!
「行くぞ! 風神拳!」
師匠と同じような動作、そして覆気の集約をし放つ。突き出した右拳から気と共に風が巻き起こり屋根にぶち当たる……が、上手く行ったのもそこまで。微風程度で減速したものの、厳しい鍛錬が終わったばかりで気力も体力もあっという間に限界を迎えてしまう。
「キャアアアアアア!」
屋根に突っ込み破壊しそのまま落下。複数の女性の悲鳴を湯舟の中で聞きながら、幸い裸を見たりは一切してないので意識を取り戻したら謝罪と賠償をキチンと行おう、そう考えながら意識を失った。
「起きた?」
目を開けるとそこは真っ白な天井で宿屋ではないのは分かる。俺の顔を覗き込んでいるのはベアトリスで異世界から元の世界に帰ったりもしていないようだ。どうやらまだこの世界で用があるらしい。ベアトリスと会話しようと体を起こそうとするも全く動かない。
「ジン殿、残念ながら一日は安静にしててください。貴方が幾ら頑強でも無理だ。普通の人なら全治一か月は硬いのに」
「まぁアタイたちの御蔭でもあるから感謝しなさい!」
いや君たちのお父さんの御蔭でこんな目に遭ってるんだけどね、と言いたいところだが口も動かせない。何でもかなり酷いダメージを負っていたらしいが、ティーオ司祭たちの教会まで運び魔法によって治癒をしてギリギリセーフだったらしい。何してんだあの人! 必殺技修得する前に死ぬところだったじゃないか!
「こんな時に更に残念な話をしなくてはならないのですが、私たちの憶測通り村と連絡が途絶えました。ですがそれは昨日からです。事態が悪化するにはまだ時間が掛かると思われます」
「良かったな! ジン。お前の鍛錬が無駄にならないぞ!」
全然良くない。鍛錬の成果は他で生かされるだろうし、平和になるなら今回の件では無駄になるのが一番良い。戦わないのが一番! と言いたいが瞼が自然と降りて来て体の力が抜けていく。翌朝までガッツリ眠り続けた結果、体も動かせ喋れるまでに回復し声を上げて喜ぶ。
どうやら寝ていたのは教会内の医療棟にある入院部屋だったようだ。ティーオ司祭とシスターの診察を受けオッケーが出たので一緒に教会に移動し朝食を頂く。
「いやぁ災難でしたなジン殿」
「本ッッ当にね。吹っ飛ばされるのはまだしも意識を失ってなかったら覗き魔として糾弾されるところだったんですけど!」
スープを一口頂いてからそう抗議すると、二人は視線を逸らす。何故だ……まさか!?
「我々も一応弁明はしたんですけどね」
「お父ちゃまもう帰っちゃったし」
いやいやいや可笑しいでしょ! 覗き魔が天井突き破って湯舟に落ちて気絶するとかギャグですら可笑しいって! 俺の抗議を他所に二人は食事を終えるまで視線を逸らし続けた。最悪だ……宗教は俺を救ってはくれなかったっ!
そのまま無言で朝食を終えてから、乾かしてくれていた装備一式を受け取り身に着ける。笑顔で手を振る司祭とシスターを睨み付けてから教会を後にした。だが足取りは重い。このまま町長のところに出頭した方が良いのだろうか……ベアトリス、そしてサガやカノンの前で逮捕される訳にはいかないからやはり自ら出頭した方が良いだろう。情状酌量もあるに違いない、何もしてないけど!
「す、すいません……」
覗く意図など皆無だったが状況は最悪だ。少しでも説明し事態を改善すべく自ら町長の家にいつもより時間が掛かったが到着する。門兵の人たちは慌てて中へ入って行った。恐らく凄い騒ぎになっただろうから、知らない訳が無いよな……肩を落としながらジッと待っていると、町長が慌ててこちらに来た。
暫く太陽は拝めないだろうなと覚悟を決めて両手を差し出す。町長と兵士の人はそれを見て首を傾げる。自ら罪状を口にせねばならないと思い、例の女湯の一件で来ましたと言うと爆笑された。何が可笑しいのだろうか、何も可笑しくない。
「いやぁすまんすまん。流石に下に窓が幾つもあるのに屋根を突き破って覗きをする意味が分からん。何より屋根には上り辛いように細工を施してあって屋根を這って移動と言うのも無理がある。それに気絶してたら覗き出来んしな。器物破損なら修繕すれば良いだけだし、お前の師であるゲンシ・ノガミ殿から事情は聴いている」
それを聞いて膝から崩れ落ちる。あんのアホ兄妹……からかいやがったな! いや何時もからかわれてる気がするからいつも通りか、って言ってる場合か! 抗議しに行くしかない!
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