シンラという天才
―やるもんじゃなあ、あの若いの。
身じろぎもせず目を座らせクロウはシンラを見ていたが、目にも止まらぬ速さで右フックを放った。
吹っ飛ばされたかと思いきや、シンラは左腕を立てて受け踏ん張りその場に留まっている。
クロウは右眉をぴくりと動かした次の瞬間、高速の左フックを放ったもののシンラはそれも受け止めてしまった。煽るように鼻で笑った彼に対し、クロウはキレたように左右のフックを繰り返しぶつけ始める。
本体ではなくとも最強に近いクロウの攻撃を、微動だにせず受け続けるシンラの防御力に恐怖した。何も知らずに対戦していたら、こちらは攻略法を見出せず圧倒され負けていたかもしれない。
―ジンよ、ありゃあ防御力以上に厄介じゃぞ? なにしろ気で相殺しておるでな。目を閉じてあの若いのの気を捉えてみなさい。
ミシュッドガルド先生に言われ目を閉じシンラの気を感じてみる。クロウの拳は間違いなくシンラの腕の側面に当たっているが、衝突する寸前で彼は強大な気を発していた。恐らくだが木の壁に見えていたのでそれを壊そうと殴ったものの、実はコンクリートの壁だったという状態になっている気がする。
さらに驚いたのは、クロウも違和感に気付き威力を上げているにもかかわらず、シンラはそれに合わせて気を変えて対応している点だ。魔法使いの天才であるシンラが気を扱えるだけでなく、あんなに上手く悟られずにコントロール出来るなんて、思ってもおらず困惑した。
―まぁこの世界の人間は器として作られる際に、気を発しコントロールしやすくなるようにしておるが、それより武器や魔法を使った方が早い故普及されておらぬ。ジンもゲンシが教えねば使えなかったはずじゃ。
誰かがシンラにそれを指導したと言うことかと思った瞬間、洗脳された師匠を思い出す。振り返れば司祭と対決した時の彼は、今ほどの強さでは無かったと思う。天才の癖に身を犠牲にし努力を惜しまないばかりか、自分が殺されかけた技を教えた相手に学び、それを習得し使いこなすとか驚愕する。
―あの若いのは惜しいことをしたのう。道さえ誤らねば異世界人として初の、康久の再来になれたかもしれぬのにな。
シンラならこれからそうなるかもしれませんよと言うも、先生はこちらの言葉に対して何も返してはくれなかった。
「死ね!」
何故なのか問おうとしたところでクロウの叫ぶ声に遮られる。見れば体の周りに光の粒子が現れ、両手を突き出すとシンラへ向けてそれらが飛んで行った。
急いで飛び上がり彼の前へ出て穢れることのない白を展開する。塵芥に帰るべしよりは弱いものの、連続してぶつかってくるため最終的な威力はあれと同じくらいに感じた。
「邪魔をするな!」
「甘く見たな」
先ほどのシンラを参考にぶつかる毎に気で補強してみたところ、一歩も動かず耐えきることに成功する。こちらの動きを見てクロウは怒鳴ったが、その間に彼の顎の下にシンラは移動していた。
視線を向けた時にはすでに遅く、次元断絶剣を顎に当て穴をあけるとそれだけにとどまらず、そこへシンラは風を流し込み始める。急いで手で払ったが余裕でシンラはそれを避けて距離を取った。
見ればクロウのお腹は徐々に膨れ地面から足が離れていき、シンラはそれに対してなんと風神拳の構えを取り放ったのだ。
「お前の専売特許でもあるまい? 司祭も打てるのだしな」
何を驚いているのか理解出来ないと言った感じで首をすくめた後で、クロウを追ってシンラは羽を動かし移動を始める。こっちが苦労して会得した技をあっさり身に着け放つなんて、驚かない方が可笑しいだろとボヤキながら後を追う。
「クソッ! ガキのような真似をしやがって!」
「子どもの方が賢いこともある。学びを得たな、デカブツ」
お腹の中の風を全て吐き出し、ラの国跡地近くの山の麓に着地したクロウは、シンラを見てそう怒りを露にした。対して彼は冷静反論しクロウを煽った結果、怒気を強め咆哮し始める。
急いでシシリーにも耳を塞ぐよう指示し、終わるのを待っているとこちらへ向かって突撃してきた。ヨシズミ国やシャイネンの人たちは平気だろうかと心配しつつ、シンラと二人でクロウの背後へ回り込む。
当然それで諦める訳もなく、こちらを掴まえようと手を伸ばし叫びながら動き回る。どっちが子どもだよと思いながらも逃げ回り、テオドールたちの作戦が始まるのを待った。
一向に掴まらないことに業を煮やし、今度は体を竜のように変化させて追いかけてくる。逃げ回るだけでも神経を使うのに耳を塞がざるを得ない状況は、こちらの体力だけでなく精神力も奪っていく。
「ウォオオオオオ! もらったぁ!」
長いこと避け続けていたが、体を地面に叩きつけ飛ばしてきた複数の切り株を避けそこない、蹴り飛ばすため動きを止めた瞬間を見逃さないはずはなかった。
「あぐっ!?」
口を大きく開け飲み込もうとして来たクロウの左頬に、大きなルビーがめり込み吹っ飛ばされる。急いで距離を取り飛んで来た方向を見るが、特に誰もおらずシンラを見たが首を傾げていた。
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