不具合修正という名の罠
「僕は君に頼んだはずだ……さっさとイエミアを確保してくれと。あまりにも悠長にやるのでいい加減待ちきれなくてね。時間も丁度良かったから体を借りることにするよ」
自分の口なのにクロウの声が出てそう言うと、屍竜の目の前で平手打ちをするように薙いだ瞬間、屍竜が左へ吹き飛んで行く。先ほどの魔法もそうだが、明らかに気などのこちらが持っていた技によるものではない。
自分の体なのに自分の記憶にない技を使っている。ウルが体を乗っ取られたのと同じように、自分も体を乗っ取られてしまったのは間違いないだろう。
ここまで修行を積み皆の力を借りて強くなってきたのに、一瞬でそれ以上の力を出されてしまい呆れる。
「乗っ取ったからというか、元々君の体は僕が作った入れ物だからね。前に君を調整した時についでに、なにかあった時使えるよういじらせてもらったんだ。それにしても強化したにもかかわらず人形相手に手こずるなんて、施術した僕からすれば冗談にしか思えないんだけどなぁ」
以前城の裏手の山の頂で修正すると言った時のことを思い出す。これまでのクロウの行動言動を考えれば、素直に受け入れるべきではなかったし深く考えるべきだった。
思い返せばクロウと戦った際にはミカボシという、ヤスヒサ王の亡くなった長男の体を乗っ取っている。
勝手に死んだ者の体のみ乗っ取れると思い込んでしまっていたが、ウルを乗っ取ったことを考えればそれは間違いであり、ちゃんと理解し警戒すべきだったと臍を嚙んだ。
元々テオドールやイエミアを引き込んだのはクロウであり、気に入らないから排除するためにこちらに味方し同行していた。
クロウからの協力の申し出を受けたのは、二人だけでなくシンラや洗脳されてしまった師匠、アリーザさんとその子のことなど、目の前の大きな難題に直面していた頃である。
魅力的だが誤れば劇薬となる者の提案を、どこか甘く見て受け入れたのではないかと思わずにはいられない。考えてみれば自分から出張ってくるクロウが、大人しく肩に座って事件が終わるまで待っている、そんな殊勝な人間ではないことはわかっていたはずだ。
元々こちらの体を乗っ取り好き勝手するのが目的で、油断させるためにウルを用意し乗り移り、ここまで一緒に来たと考えるのが妥当だろう。
こうなってくるとテオドールたちを排除する、ということすら嘘なのかもしれない。
「おいおい待ってくれよ。僕はテオやイエミアたちの味方ではないよ? それどころかこれからすぐに排除し君を目的の場所へ連れて行くんだから、感謝してくれないと困る。君が望むなら神もどきも僕が倒しても構わない。恐らく二行くらいで終わってしまうから、君はアリーザと共にその後の人生を謳歌してくれ。僕は用が済めば君とは関わらないからさ」
しゃべりながら屍竜を殴り蹴り尻尾を掴んでは地面へ叩きつける。まるで退屈な時間を潰すように、ペンを回すくらいの感じでいたぶっていた。
今やどちらが悪役なのか分からないし、近くで戦っていたウィーゼルたちも目を丸くしながら見ている。
このままでは仲間にも危害が及んでしまう可能性が捨てきれず、なんとかクロウの支配から自分の体を解放しようともがく。
「まぁ神様だから時間はあるんだけどさ、極力無駄なことに割きたくないんだよね。特に僕の目的はたかがイエミアを無力化して連れて行くだけなんだしさ。そんなのは五秒もあれば出来るんだよ?」
ボールでも蹴とばす感じでクロウは屍竜を蹴る。こちらからすれば穏やかに寿命を終えたイエミアを、クロウが目的のために叩き起こしたのであれば、協力するつもりはさらさらない。
「そんなことはどうでも良いじゃないか。イエミアは君の愛する妻を人質にし、さらに遺伝子工学の知識を利用して勝手に子供まで作り利用した。これだけの罪を犯した彼女を許すのかい?」
アリーザさんを人質に取ることすら、クロウの作戦だとすれば……いや、作戦で間違いないだろう。彼を倒した瞬間からどころか最初に接触した時から、ずっと掌の上で踊らせられていたに違いない。
自分自身の慢心を恥じながらも、この状況をどうにか出来ないかと力を入れ体を動かす。びくともしないが諦める訳にはいかない。
戦いは必ず勝負がつき誰かが死ぬとしても、それは互いの全力を出し合った結果であり、誰かにお任せしてつけてもらうものではないはずだ。
クニウスや大先生に託された未来に泥を塗るわけにはいかない。勝負がつくのであれば自分の手でつける、そのためにここまで来たのだから譲れるわけがなかった。
「あまり余計なことを考えたり抵抗しない方が良い。君は身内だがそれ以外は虫けらにも等しい。機嫌が悪くなれば君の体を使い八つ当たりしかねない」
クロウはこちらの抵抗にイラついたのか、屍竜の尻尾を掴むと皆が戦っている地点の近くへ放り投げる。
身内だからといって必ずしも仲がいい訳でも無ければ、互いを思いやるわけではない。自分が人生で得た唯一の心理を忘れていた。
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