霧深き森
「なぜだ……何故出てこない! どういうことだ!」
外殻装着をして能力が上がっているのだろうが、元々剣士ではないテオドールの太刀筋は鋭さが無い。補助機能でもあるのかそれなりではあるものの、クニウスに鍛えてもらったこちらからすればとても捌き易く感じる。
なるべく皆から離れないよう周囲を回りながら移動していたところ、突然彼は辺りを見回しながら誰かに問いかけた。こちらをここまで引き込んでおいて、何の策もありませんでしたはないだろう。
テオドールの問いかけた言葉を考えれば、ここで誰かが出てくるはずだったと分かる。なにかがあって不発なのだろうが、今の彼にとってそれは不信を増大させることにしかならない。
イエミアが見ていて助ける気があるなら、どんな小さな戦力でも味方を差し向けてくるはずだ。
「クソッ! クソッ!」
結局しばらく待ったが何もなく、ついにテオドールはうろたえ手数は減り迷いから太刀筋は乱れた。元々弱くはないが前線を張るタイプではなく、下がってトラップを仕掛けるタイプだ。いくら外殻装着を得たからといって急に変わりはしない。
タイプ違いな仕事をしている上に、心理的ダメージが蓄積して行けば戦闘が困難になるのは必定である。これまで対戦した経験からして彼は変則的な戦いが多いため、混乱しているように見えるのはこちらを罠に嵌めるための演技、という可能性もあり得ないとは言い切れない。
なによりイエミアがこれまで相棒として来た男をここで斬り捨てるか、と考えると疑念が拭えなかった。
―正解を知るためにも、テオドールを一度返してみてはどうだろうか。
迷うこちらを見透かしたようにクロウが提案してくる。思念はテオドールも受けている可能性があるので、逃がすとか同情するような言い方ではこちらに敵意が向いてしまう。
クロウが考えてまで思念を飛ばし提案してくれたのだから、無下には出来ないので改めて前向きに考えてみた。
敵の中に不信感に苛まれたテオドールを戻すのは、演技でなければ確実に効果があるのは間違いないだろうが、テオドールを倒せば敵の戦力ダウンになるのも間違いない。
戦力全体で見ればこちらが数の上では不利であり、向こうは神をそのままぶつける手を残していた。テオドール一人を倒したところでその手を潰すことは出来ないし、仮に混乱に失敗しても少しの時間を稼げる。
稼いだ時間で相手の数を減らし、五分くらいまでに出来るよう動こう。自分の中で結論に達したが、あからさまに逃げろというのはこちらにも悪影響なので
「戻ってイエミアに確認して来い」
鍔迫り合いに持ち込みそう耳打ちし、力任せに弾いた後で思い切り蹴り飛ばす。イエミアに聞いたところで本当のことなど答えないのは分かってる。得た時間は貴重だ、考えた通りここは一気に進んで数を減らそう。
「ジン、さっきまで居た山の方角に何かいるわ」
皆に提案するべく合流しようと歩き出したところで、シシリーがそう告げてきた。直ぐに気を前へ大きく広げてみるとたしかに大きな気を四つ感じる。
強引に前へ進もうかと考えたものの、挟撃されてはチャンスどころかピンチになってしまう。せっかくのチャンスなのにと悔しさが溢れたが堪えて頭を切り替え、シシリーに感謝し皆に合流した後でその気の存在を伝えて後退した。
「終わったか? ジン・サガラ」
「……え? シグマリンとガイラじゃないか!」
「私たちもいるわよ」
気を感じた場所に到着すると驚くべき光景が広がっていて、一瞬思考が停止する。なんと暗闇の夜明けのシグマリンとガイラ、鍛冶屋のアイラさんにアイザックさんがおり、森の中でテーブルを囲みお茶を飲んでいたのだ。
状況を理解出来ずうろたえているとアイザックさんが咳払いをした。アイラさんが風邪かと聞くと違うわとアイザックさんが突っ込む。状況を説明した方が良いんじゃないのかと促してくれ、こちらも同意を示すべく大きく首を縦に振る。
「簡単な話だ。私たちはシンラには忠誠を誓う用意があるが、連中に忠誠を誓うつもりは無い」
シグマリンの言葉にガイラも大きく頷く。さっき終わったかとこちらを見て聞いていたが、ひょっとしてテオドールの助太刀は二人だったのかと聞いたところ、そうだと答えた。
アイラさんたちはとたずねるとガイラたちを何とかしに来たという。お茶をしていたのはなぜかと追加で質問してみたが、暇だからと言われずっこけそうになる。
「イエミアたちの戦いに参加しない代わりに、お前たちにも協力はしない。但しお前たちが攻撃をしてくるというなら話は別だがな。アイラたちは私たちには攻撃をしないというので、友好の証として茶を出してやったまでのこと」
シグマリンの言葉にアイラさんは頷く。たしか敵視しあっていたはずなのに、こんな呑気にお茶が出来るとは思っておらず、考えを整理するのに時間がかかってしまった。
深呼吸して自分を落ち着かせた後で、シグマリンたちはこれからどうするのかと問うと、誓いを立てたのだから邪魔にならないよう戦場から離れるという。
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