テオドールとイエミアの溝
「やはり失策だった……ジン・サガラを孤立させる前にクロウを取り除くべきだったんだ……!」
テオドールは苛立ちを紛らわせるためか、左手のナイフを小さく振り地面を斬りつけ続けていた。どうやら発言からして孤立させる策には賛成だったものの、順番に不満があったらしい。
振り返れば暴走しているような態度は見せていたが、組織の行動や方針に対しては従順従だったように見える。可笑しいは可笑しいが根は真面目なんだろう……いや、真面目が故に蘇らせたい人の件で可笑しくなったんだろうな、と思った。
これまでは不満を漏らすことなど無かったのに、独り言のように呟き苛立ちを表す。テオドールの態度の変化に違和感を感じずにはいられない。彼らの生み出した神は子どもで、その面倒を見ているのはテオドールとイエミアだ。
イエミアは育児経験があるだろうけど、テオドールは昔の人だから育児経験がほぼ無いと思われる。医者として優秀であったとしても育児に関してそうでないなら、そこには大きな溝が生まれるのは想像に難くない。
彼にも息子や娘はいただろうが仕事ばかりだっただろうし、今育てているのは仕事で必要だからと勝手に作った他人の子だ。身勝手で自業自得というのは一旦置いておくとして、愛情も思い入れもない育児は余計辛いかっただろう。
仕事をしながら育児をするだけでも偉業なのに、どちらも上手くいかず方針が相手とズレれ始めれば、これまで感じたことのない凄まじいストレスを感じているはずだ。
こちらを孤立させようと出てきて対峙した時の、あのキレっぷりは演技のつもりだったのだろうけど、彼の防衛本能からくるストレス発散だったんだなと理解する。
テオドールの願いを叶える相棒とも言えるイエミアとの溝が、こんなところで露呈してくるなんて思ってもみなかったが、これはこちらにとってはありがたい展開だった。
彼が切り替えようとした時に、その辺りのところを少し突いてみようと考える。ほころびは取り繕わなければ広がる一方であり、それは致命傷となるというのをついさっき彼らのお陰で理解出来た。
「まぁ良い。結果が同じであればどうでも良いことだ」
「テオドールは最終局面でも前に出てきてこちらと対峙しているが、こんな時にもイエミアは後からのんびり出てくるんだな」
「……なにが言いたい?」
こういう時は笑うなりして誤魔化す男が、こちらに意図を聞いて来るなんて確実に食いついたのは間違いない。ここは煽るのではなく理解を示しつつ、遠回しにイエミアを攻めてみるか。
「いやぁ目的を果たすための同志なのに、危険な役目を一人に背負わせるのは酷いなと思ってさ。危険なだけでなく、そうして手の内まで一つこんなところで明かしたのに、まだそっちは誰も来ない。育児で使えないからこの扱いなのか?」
「黙れ……黙れ黙れ! もはやそんな口車にはのらんぞ! 私は新たな神の使命と力を得てここにいる! お前たちに勝てばついに願いが叶うのだ!」
「テオドール、お前なら俺が今どれくらいの強さなのか分かっているはずだろう? それはイエミアもその新たな神とやらもわかっているはずなのに、お前は今も一人。本当に自分と共に勝つ気があるのかと、前なら即疑ったと思うが」
「うるさい死ね!」
皆に下がるよう言って飛び掛かってくるテオドールの斬撃を受ける。表情は分からないが荒々しい攻撃に動揺が見て取れた。奇策を旨としているのに、今の攻撃は直線的で力押しなっているのがその証拠である。
―テオドール、外殻装着は身に着けるのは誰でも出来るということは、医者の君なら理解しているはずだね? イエミアもそれを承知しているのか?
「黙れ!」
どういうことなのかと斬り払いながらクロウに思念を飛ばすと、外殻装着とは遺伝子の中に形態変化の核を植え付け、装着する時と脱着する時に遺伝子を変えると返してきた。さっぱり分からないので黙って戦っているこちらに対し、要するに一度死ぬに等しいと言われ急所が縮む。
―無いところから無理やり殻を出し身に着けるんだ。リスク無しで能力を高められるわけがないだろう?
チートの一種かと問いかけると現段階ではそうだねと答える。思念はテオドールにも届いているようで、攻撃がさらに荒くなっていく。彼に外殻装着を与えた相手は、危険性などを伝えずに供与したらしい。
ひょっとして変身後の苛立ちは、彼だけが外殻装着をしてイエミアはしていないのではないだろうか。
「イエミアも外殻装着をしているのか?」
「アアアアアアア!」
彼らが作り出した神は、そもそもイエミアが前の世界で研究を行っていたからこそ、誕生したのは間違いない。研究者であり専門家でもあるイエミアが、外殻装着の危険性を理解していない、というのは有り得ないと医者の彼なら理解できるはずだ。
―育児って大変だね……少し会うだけなら誰でも良い顔できるが、そうでないなら大変さの方が多い。そんな現場で使えないなら、捨て駒にされても仕方ない。
クロウの煽りに対しテオドールは答えずに、ひときわ大きな雄たけびを上げた。普段ならざまぁ見ろとしか思わないが、彼が面倒を見ていたのはこちらの子どもであり、若干人ごとに思えない。
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