未来への手紙を託す
クロウの言葉に頷きながらベットから出て、バスケットのシシリーへと近づく。長い間睡眠に時間を割いていたけど、もう良いのかいと聞くともう十分だという。
彼女曰く、知り合いに協力を頼んだが中々承知してくれず、こんなに時間がかかったとバスケットの端にもたれ掛かり、疲れた顔をながら言った。
協力を依頼してくれたことには感謝するも、なにかとんでもない条件を提示されたのではないかと考え、協力する代わりに何を要求されたのかたずねる。
「条件? 何もないわ、何も……」
意味ありげに視線を逸らすシシリーに対し、視線の方へ移動し笑顔を向ける。命を差し出す代わりに協力してもらうとかなら、いくら戦力が欲しくともそんなものは必要無い。
心残りは数あれど同率一位で彼女の夢を叶えてやれなかった件があるので、最後の戦いの後もこの世界にいてもらいたいのだ。
長い間一緒に旅をしてくれた相棒の一人であるシシリーの夢、手作りの手芸品の御店を出すという夢を叶えてやれなかった。
討伐や稽古を優先してしまったこちらのわがままのせいで、夢を諦めさせたくはない。恐らく一緒に夢を叶えてはあげられないので、叶えてくれる相手にその夢を託す。
直ぐには無理でもきっと大きくなれば、お願いの一つくらいは聞いてくれるはずだ。
「わ、わかったわよ、言うわよ」
考えながらもシシリーを笑顔で見つめていると、ようやく根負けしたのか教えてくれる。どうやらウルことクロウの協力を得て、妖精王の元へ夢を利用し赴いていたようだ。
協力を頼んだものの断られ続け頭に来た彼女は、妖精王に対し勝負を仕掛けたらしい。即興演劇で自分が勝ったらジンに協力して欲しい、と。
手芸勝負かと思いきや即興演劇という聞きなれない言葉に驚く。聞けば誰かが出したお題に対し、その場で演劇にしていくものだそうだ。
シシリーは元々演劇をしていたのかと聞いたところ、妖精は基本いたずらと劇が大好きだという。妖精王は自信があったらしく、彼女の挑戦を二つ返事で受けた。
紆余曲折を経てなんとか観客の妖精たちの支持を得、勝利し協力を取り付けたと話す。どんな協力をしてくれるのかと問うもそれは今後のお楽しみらしい。
シシリーならきっと良い協力を取り付けてくれたに違いないと考え、追及を止めて勝利してくれたことへの感謝を示した後で、命でも取られたらどうしようかと心配したと伝える。
彼女は即座に否定し、ジンと御店を出す目標を達成するまでは死んでも死にきれない、そう鼻息荒く答えた。本心は隠しそうだねと頷きながら答えつつ辺りを見回し書けるものを探した。
机が窓の傍にありそこには筆と墨、それと便箋に封筒があるのを発見する。便箋に後事を託す旨を書き記し封筒に納めて小さく折りたたみ、シシリーに戦いが終わったら開けるようにと言って渡した。
今見ては駄目なのかと言われたので、ここに居ない人宛だから駄目だよと答える。彼女は視線を上に向け少し考えてから手を叩き、笑顔で了解了解と言いながら新作だという自分専用のリュックへ、荷物を出してから入れ込んだ。
きっとアリーザさんに渡すものだろうと思ったんだろうけど、開けて読めば分かるように書いたので訂正しない。
―僕たちは出来る限りの事をする。君が諦めないでほしい。
クロウにそう言われたしかにそうだと同意した。利用され苦しめられ続けた彼女くらいは救われる世界で会って欲しい、そう願っている。身支度を整えてから部屋の外へ三人で出てみたところ、どうやらここは御城の兵舎だったようだ。
こちらが出て来たのを見て、警備していた兵士が驚き外へ駆けたした。しばらくしてから陛下とベア伯爵が来て無事を喜んでくれる。
心配させて申し訳ないなと思い謝罪したところ、こちらこそ無理させ通しですまないと謝罪されてしまった。陛下にそう言われるとさらに申し訳なくなってしまう。
無理は勝手にしたしその原因はこちらにある、そう伝えても良かったが互い謝り続けることになりそうだったので、話題を変えるべく出陣の話をする。
陛下に体は良いのかと問われたが、真面目に説明するよりも今は少し面白く答えた方が良いかと思い、生まれて初めてくらい気持ちの良い眠りと目覚めでしたと答えた。
こちらの答えを聞き陛下とベア伯爵は呆気にとられたあとで笑う。二人が笑ってくれてほっとしながらともに笑い、終えた後で申し訳ないがジンにすべてを任せると言われる。
相手が相手だけに必ず勝てるとは言えないので、自分の全てを出して勝利をもぎ取りに行きますと答えた。
「先生!」
陛下たちの後ろからノーブルの声が飛び込んでくる。予想以上に早く帰って来たなと思いながら、陛下たちと共に声のする方へ向かう。
「これは凄いな」
ベア伯爵が驚きの声を上げたがなんのことだか分からず、首をひねっていると二人は脇へ寄ってくれた。扉が先にありそこにはノーブルを先頭にして多くの人の姿が見える。
どうしたのかと聞くとついに最後の戦いへ赴くと聞き、皆激励をしたいと言って押しかけて来たという。
相手に情報が洩れたらどうしようとか考えないのかと思ったが、言ってしまったものは仕方ないし皆の前で叱りたくはないので、あとで話そうと考えながら皆に近付く。
集まってくれたのは稽古をした教え子や兵士たち、それに荷受け場の親方など町の人たちだった。この人たちと会うのも最後かもしれないと考え、一人ひとりと握手を交わし感謝の言葉を告げる。
すべて終わるまで夜近くまでかかってしまい、教会へ戻って夕食を取ることにした。
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