私たちの故郷で生まれた英雄
彼の言葉を聞き、そう言えば師匠に風神拳を教えてもらった時は森に籠ったな、と今さら気付いた。人目に触れるところでせざるを得なかったとは言え、不味いことをしたと反省する。
過去を悔いても仕方ないので、混ざった者たちにも自分から見た感想を告げて回った。襲撃が始まれば彼らはそちらへ向かったが気になってしまい、結局追わずにはいられなくなり後について行くことにする。
今回襲撃してきたのは二メートル以上の背丈で一つ目、角を一つ生やしこん棒を持ったモンスターが、小型を引き連れて来ていた。数的には相手の方が少し上回っており、兵士たちは盾を構え相手の攻撃を受けてから斬りつけようとするも、その間に別の相手が攻撃を仕掛けてきて攻撃が出来ずにいる。
これは不味い展開だなと察し、せめて同数になるまでフォローしようかと思い駆けだしたところ
「まぁそこで見ていろ」
手で止めベア伯爵がそう告げ斧を手に巨大な一つ目へ襲い掛かった。こん棒と斧が勢い良くぶつかり火花を散らす。さすが獣族だけあってあのモンスターのパワーにも引けを取らない。
小型たちは自分たちのリーダーが足止めされたのに驚き、救援に向かおうとしたところを兵士に倒される。さすが同じ面子で長年戦い慣れた兵士たちだけあって、連携が取れていて攻撃も守りも動きが鮮やかだった。
自分たちの隙を突かれ数を減らされた小型たちは、リーダーを助けることを諦め兵士たちとの戦いに専念する。リーダーをベア伯爵が足止めしていることは効果的で、どうしても小型たちの注意はそちらに向いてしまうらしく、徐々に数を減らしていった。
「追撃不要! 後片付けをしたら稽古に戻るぞ!」
小型の数が減り数的有利がなくなり、形勢の振りを悟った巨大な一つ目はベア伯爵の隙を突き、一目散に敗走する。真っ先に追撃するかと思いきやベア伯爵は追う兵士を止め、稽古に戻るべく小型たちの遺骸を近くにあった荷車に乗せた。
兵士たちもそれに従い後片付けを始め、遺骸を森の中で穴を掘り埋めた後で教会へ戻る。彼らに付いて行きながら皆素晴らしい働きだったと讃えたところ、結局我々はこのくらいしか出来ませんと苦笑いしながら返された。
兵士として国民を守る立場でありながら、冒険者の助けに甘んじ果ては国防から遠ざけられる。国を想うからこそ兵士となり、危険な仕事にも身を置いて来た者からすれば、襲撃の後始末や避難誘導だけで良いというのは堪えるなと思った。
英雄と言われる男が女性の募集を募り稽古を付け始めたと聞けば、黙っていられるはずもないだろう。多くの優秀な人材を英雄は教え子としてもっているし、きっと女性たちも強くなると考えても可笑しくはない。
自らの思慮の浅さを反省したが、今言葉に出して詫びることは失礼になる。申し訳ないと思うのであれば他にやるべきことがあるはずだと考え
「えー、今日から皆さんの中に兵士の方たちも混ざりますが、気にせず一緒に一からやっていきましょう」
教会に戻ると皆に手を止めてもらってそう告げた。自分たちに教わるようなことがあるのか分からないけど、彼らが望むならそれを叶えることでお詫びの一つとしようと思う。こうしてまた新たな体制がスタートし毎日が忙しく過ぎていく。
「だいぶ良い雰囲気になっているでござるな」
皆の稽古を見ている時にマテウスさんがこちらに顔を出してくれる。考えればマテウスさんが行き来しているのだから、兵士としてなら彼に学んだ方が良いのではないかと気付く。
改めて相談してみたところ、それは出来ないし出来たとしてもこうはならない、と笑いながら言われた。国と国との問題かと問いかけるも、それもあるかもしれないがそうではないという。
「ジン・サガラはヨシズミ国で生まれた世界の英雄でござる。今まで遥か雲の上にいた人物が直接言葉を交わし教えてくれる、それに勝る効果と成果を拙者は知らない」
そんなに大層な存在では無いですよと慌てて答えたが、謙遜もし過ぎると嫌味だと言われる。言いたくはないが自分はもう最前線では戦えない、皆の背中を見ることしか出来ないという立場では、自分もヨシズミ国の兵士と同じだと付け加えた。
「ジン殿が思うよりも遥かに、ジン・サガラという人物は遠い存在でござる。サラティ様が居なくなりゲンシ師匠が居なくなった今、皆がジン・サガラがこの不穏な空気を吹き飛ばしてくれると信じている。そんな自分の国で生まれた英雄に指導してもらえる、こんなに素晴らしい機会を拙者は与えられない。彼らの士気の高さは我が軍にも勝る」
指をさした先に居る兵士たちは汗を流しながら得物を振るっている。元々勇ましかった気がしますけどというも、思ったよりも目が悪いでござるなと言われてしまった。
以前ならどこか卑屈であったヨシズミ国の兵士たちは、ここ数週間で見違えるようになったという。さらには町の人たちも被災してまだ日も浅いのに、とても元気で良い顔をしているとマテウスさんは語る。
「遠い英雄はお飾りとしては良いのかもしれぬが、生きて近くにいる英雄は人々に大きな希望を与える。これも以前の話でござるが、ジン殿を見る皆の目が本当に変わった。触れてはいけない邪魔してはいけない存在から、自分たちの英雄であると信じている存在になっている」
マテウスさんの言葉を聞き、頭の中で不動明王様の”大地の守護者”という言葉が過ぎった。人知れず守るだけでなく、皆に見えるところで守り希望の灯を点すのも、守護者として必要なのかもしれない。
蓮の池の前で問われた、一人で戦う気なのかという問いの答えに、今やっと少しだけ答えられる気がする。
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